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第一章
22 護衛二日目の夜 聞き上手の最終決定を止める役
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「お前が」
王子がそう言ったきり宰相邸の客間には沈黙が流れている。もう何かの耐久戦かと思うくらいには長い沈黙である。
もとより家では寡黙な宰相と、口数の少ない夫人である。もしかしたら耐えているのは自分だけかもしれない。ザイは居心地の悪さをひたすら宥めながら控えている。
今頃は皇帝が王妃に話をしている頃だが、大丈夫だろうか、とザイは心配になる。しかし、今は目の前のことだ。
宰相邸に着くなり着替えろと宰相に言われ、息子として王子の御前に出た。ただし、陛下に宰相邸へ使いにやられたのだから、侍従として振舞わなければならない。
息子の顔をして侍従の仕事をするのは、なかなか慣れないなあと思いながらザイは王子を伺う。
そこそこ整った顔にそこそこ鍛えられた体。王子様としてはそこそこなのに、戦場ではまったく役に立たなかった。
どんな弱卒もどんな下手な司令官も使いこなしてしまわれる陛下が本気で切れるほど。
陛下が切れたのは僕が無茶したのもあったから、とばっちりと言えるかもしれないけど。
それでも各国を渡り歩いて放蕩できるだけの心得はあるのが不思議だ。
第四王子を支援するものが、各国にいるのだろうか? 本当は、隠しているだけで能力があるのだろうか? 第四王子とは言え継承権はあるわけで、下手に優秀だったら第二王子辺りに消されそうだし。
ザイが様々に考えをめぐらしていると、ようやく第四王子が口を開いた。随分と恨みがましげな顔でザイを見て言う。
「お前があの時私を助けたばかりに、私は国を出そびれた」
なるほど。あれは亡命狙いだったか。
納得したザイは自分の行動がそこまで悪く無かったことにホッとする。
助けておいて良かった。あの戦況で王子が敵に奔っていたら、戦線総崩れになってたかもしれない。
でも、それ同盟国の宰相の目の前で言っちゃダメなやつ。
「殿下はそんな危険を冒してまでなぜお国を出ようと思われたのですか?」
早速宰相が聞くのに勢い込んで王子が答える。
「それは宰相、先にも話した通り、私には、あの国に居場所がないからだ」
「まあ……」
それに宰相夫人が痛ましげに吐息する。
わー、このご夫妻怖い。
昨日からの丁重なおもてなしで王子を完全に囲い込んだらしい。僕はもう宮に戻っていいんじゃないかな?
そう思うザイも、とりあえずは気の毒そうな顔をしながらじっと王子を観察する。
ポツリポツリと王国での自分の立場について続く第四王子の愚痴を宰相夫妻は親身に聞いてやりながら、自分たちの集めた情報と擦り合わせし、さらに王国の内情を聞き出していく。
ザイは侍従として見習おう、と思った。
そうして王妃の話になる。
「王妃はまだ若いではないか。あの花そのまま萎びれさせるのは惜しい。他の者に触れさせるのは許せない」
あ、だめだ。やっぱり残念王子だった。脱力したザイは宰相を伺う。
変わらず無表情な宰相である。
しかし、父さんが腹を立てているのが息子としては物凄くわかります。でも今僕は侍従だから気にいたしません。
ザイはそう自分に言い聞かせ、王子の観察に努める。
「しかし愚息が王妃のお相手と言うのは、何故そう思われたのですか」
うん、それは僕も聞きたい。そう考えるザイを夫人がチラリと見やる。
その視線が息子としてはものすごく痛いと言いますか気になりますが、今僕は侍従だから(略)と、ザイは王子に集中する。
「兄上がそう申された。代が変われば、父上の後宮を全て貰い受けることになるが、何人か譲ってやっても良いという話になった時だ。
私が王妃を、というと、王妃は神子だ。父上が亡くなれば、そのままお一人で過ごされるか、神子を降り、帝国へお戻りになるだろう。そうなれば、結婚するのは勇名轟く帝国の侍従殿だ。今のままではお前など足元に及ばぬ、もっと精進しろ、と。
私はそれが悔しくて」
「それは……。どなたがそのようなことを?」
「ああ、第二王子の兄上だ。第三王子も笑っていて。だ、だが、それは兄上たちが私を思ってのことなのだ。わ、私がもっとしっかりするべきなのだ」
「左様でございましたか」
宰相と侍従の目が合う。王太子の代を飛ばしたその話の意味するところは第二王子の野心。
第四王子は、それから第二王子が末弟の自分をいかに気にかけてくれているかを語ったが、ザイには、それを語る第四王子自身が兄王子を信じている風には思えなかった。
「なるほど、お疲れでしょう。我が家にいる間だけでも、ごゆるりとお過ごしください」
「なにかございましたら、すぐにでもお呼びくださいまし。お休みなさいませ」
「失礼いたします」
こうして宰相夫妻とその息子は、客間をでた。そのまま父の書斎に移動する。
「疲れた」
「ええ」
夫妻はげっそりしている。昨日から王子の話を聞き続けて、かなり嫌な思いをしたらしい。それぞれ椅子にかけて休んでいたが、おもむろに宰相が言う。
「吊るすか」
「ええ」
目を据わらせる宰相夫妻に、ザイは己が役目を思い出した。
王子がそう言ったきり宰相邸の客間には沈黙が流れている。もう何かの耐久戦かと思うくらいには長い沈黙である。
もとより家では寡黙な宰相と、口数の少ない夫人である。もしかしたら耐えているのは自分だけかもしれない。ザイは居心地の悪さをひたすら宥めながら控えている。
今頃は皇帝が王妃に話をしている頃だが、大丈夫だろうか、とザイは心配になる。しかし、今は目の前のことだ。
宰相邸に着くなり着替えろと宰相に言われ、息子として王子の御前に出た。ただし、陛下に宰相邸へ使いにやられたのだから、侍従として振舞わなければならない。
息子の顔をして侍従の仕事をするのは、なかなか慣れないなあと思いながらザイは王子を伺う。
そこそこ整った顔にそこそこ鍛えられた体。王子様としてはそこそこなのに、戦場ではまったく役に立たなかった。
どんな弱卒もどんな下手な司令官も使いこなしてしまわれる陛下が本気で切れるほど。
陛下が切れたのは僕が無茶したのもあったから、とばっちりと言えるかもしれないけど。
それでも各国を渡り歩いて放蕩できるだけの心得はあるのが不思議だ。
第四王子を支援するものが、各国にいるのだろうか? 本当は、隠しているだけで能力があるのだろうか? 第四王子とは言え継承権はあるわけで、下手に優秀だったら第二王子辺りに消されそうだし。
ザイが様々に考えをめぐらしていると、ようやく第四王子が口を開いた。随分と恨みがましげな顔でザイを見て言う。
「お前があの時私を助けたばかりに、私は国を出そびれた」
なるほど。あれは亡命狙いだったか。
納得したザイは自分の行動がそこまで悪く無かったことにホッとする。
助けておいて良かった。あの戦況で王子が敵に奔っていたら、戦線総崩れになってたかもしれない。
でも、それ同盟国の宰相の目の前で言っちゃダメなやつ。
「殿下はそんな危険を冒してまでなぜお国を出ようと思われたのですか?」
早速宰相が聞くのに勢い込んで王子が答える。
「それは宰相、先にも話した通り、私には、あの国に居場所がないからだ」
「まあ……」
それに宰相夫人が痛ましげに吐息する。
わー、このご夫妻怖い。
昨日からの丁重なおもてなしで王子を完全に囲い込んだらしい。僕はもう宮に戻っていいんじゃないかな?
そう思うザイも、とりあえずは気の毒そうな顔をしながらじっと王子を観察する。
ポツリポツリと王国での自分の立場について続く第四王子の愚痴を宰相夫妻は親身に聞いてやりながら、自分たちの集めた情報と擦り合わせし、さらに王国の内情を聞き出していく。
ザイは侍従として見習おう、と思った。
そうして王妃の話になる。
「王妃はまだ若いではないか。あの花そのまま萎びれさせるのは惜しい。他の者に触れさせるのは許せない」
あ、だめだ。やっぱり残念王子だった。脱力したザイは宰相を伺う。
変わらず無表情な宰相である。
しかし、父さんが腹を立てているのが息子としては物凄くわかります。でも今僕は侍従だから気にいたしません。
ザイはそう自分に言い聞かせ、王子の観察に努める。
「しかし愚息が王妃のお相手と言うのは、何故そう思われたのですか」
うん、それは僕も聞きたい。そう考えるザイを夫人がチラリと見やる。
その視線が息子としてはものすごく痛いと言いますか気になりますが、今僕は侍従だから(略)と、ザイは王子に集中する。
「兄上がそう申された。代が変われば、父上の後宮を全て貰い受けることになるが、何人か譲ってやっても良いという話になった時だ。
私が王妃を、というと、王妃は神子だ。父上が亡くなれば、そのままお一人で過ごされるか、神子を降り、帝国へお戻りになるだろう。そうなれば、結婚するのは勇名轟く帝国の侍従殿だ。今のままではお前など足元に及ばぬ、もっと精進しろ、と。
私はそれが悔しくて」
「それは……。どなたがそのようなことを?」
「ああ、第二王子の兄上だ。第三王子も笑っていて。だ、だが、それは兄上たちが私を思ってのことなのだ。わ、私がもっとしっかりするべきなのだ」
「左様でございましたか」
宰相と侍従の目が合う。王太子の代を飛ばしたその話の意味するところは第二王子の野心。
第四王子は、それから第二王子が末弟の自分をいかに気にかけてくれているかを語ったが、ザイには、それを語る第四王子自身が兄王子を信じている風には思えなかった。
「なるほど、お疲れでしょう。我が家にいる間だけでも、ごゆるりとお過ごしください」
「なにかございましたら、すぐにでもお呼びくださいまし。お休みなさいませ」
「失礼いたします」
こうして宰相夫妻とその息子は、客間をでた。そのまま父の書斎に移動する。
「疲れた」
「ええ」
夫妻はげっそりしている。昨日から王子の話を聞き続けて、かなり嫌な思いをしたらしい。それぞれ椅子にかけて休んでいたが、おもむろに宰相が言う。
「吊るすか」
「ええ」
目を据わらせる宰相夫妻に、ザイは己が役目を思い出した。
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