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第一章
17 護衛二日目 侍従
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この目を前に、自分はうまくやりおおせるだろうか?
ザイは答えた。
「はい。夜中に体調を崩され、そのままと伺いました」
「ええ、わたくしもそう伺いました」
嘘ではない。たしかに、先帝は夜中に体調を崩し、そのまま亡くなった。朝方侍従に発見され、侍医によって死亡が確認された。
「では、カイル様はなぜ?」
「長年の主人をなくした心労が、古傷に障ったのではと伺いました」
「詳しくはわからないのね」
「はい。御前で倒れそのまま」
「あなたはその時どちらに?」
「御前に。私も、母までもが駆け付け対処に当たりましたが、力及ばず」
「そう」
これも嘘では、ない。
先帝の崩御の後、戦が終わると、カイルは宮を辞し、皇帝のお召し以外では人と交わろうとしなかった。
皇帝のお召しに参じたある日、御前で突然倒れ、宮でそのまま亡くなった。
王妃はザイをしばらく見つめていたが、ふいと視線を逸らした。そうして庭園の花々に目をやる。
そしてくすりと笑った。それからため息をついてまた笑う。そして言う。
「ザイ、今のあなた、カイル様とそっくりな顔をしているわ」
本当に笑ってしまうわ、という王妃の前で、ザイも少し笑った。
やはり、この目には敵わない。それでも、ザイはカイルを思い浮かべて、懸命に侍従として振る舞う。
そうしなければ、カイルが死んだ意味がない。そう思わなければ、ザイは王妃の前から逃げ出していただろう。
「わかりました。あなたをいじめるのはやめておきます。カイル様がいらっしゃったら、わたくし叱られていますね」
「カイルさんが?」
ザイは思わず聞き返す。
「ええ、わたくしカイル様によく叱られておりましてよ。わたくしもカイル様の弟子ですもの」
初めて聞く話に、ザイは驚く。
「え⁉︎」
「まあ、ご存知なかったの?」
「存じませんでした……」
カイルが姫を叱っているところを思い出そうとするが、全く思い出せない。本気で驚いているのが分かったのだろう、いたずらに成功した子供のように王妃が笑う。
「でも、そうですね、お父様以外の方がいらっしゃる時は、絶対に叱られることはありませんでしたから。知らないのは当然かもしれません」
なるほど。いくら先帝の侍従とは言え、ザイを叱るような調子では人前で皇女は叱れないだろう。
「わたくしも子供でしたから、その場で叱られないのをいいことに調子に乗っては、後でお父様同席のもとカイル様に叱られていました。
最初はきつい調子で叱られておりましたけれど、わたくしには効果がなかったのでしょうね。ある時から叱り方が変わったの。
私の申し上げたいことはお分かりでしょうか、とおっしゃって、あとはずっと微笑まれたまま。あれは本当に怖かったわ」
「ああ、あれは怒鳴り付けられるより怖いですね」
ザイも何回かやられたことがある。人を威圧する笑顔というものを、ザイはカイルから学んだ。
「そうでしょう? あの頃宮に上がっていた子達は、一度はあれに晒されていたはずね」
いわゆる良家の子女ばかりではあったが、所詮は少年たちの集団+姫である。それなりの悪さは一通りやって、カイルにまとめて叱られたことも多かった。
「姫だけ注意で終わっていたのは、子供心に羨ましかったのですが、あとでお一人で叱られていたのですね」
ザイがそう言うと、王妃のおしゃべりがまた始まった。カイルの思い出を、思うがままに話し始めた。
ザイはそれに飽きることなく相槌を打った。とにかく、それに集中した。少しでも気を許したら頽れそうだ。
先帝侍従カイルの名は、今ではこの宮では禁忌に近いものとなってしまった。
宮を死で穢した者と、カイルを厭う声がある。御前で倒れるという、あまりにも不自然な死が憶測を呼ぶ。
ついには、誰もが恐れて口を閉ざす。
宮の多くの者がカイルに関わるものを見ないようにし、まるでカイルなんて侍従は宮に居なかったかのように振る舞う。それがザイには耐えられなかった。
なのにいま、目の前で好きなだけカイルの名を口にし、 楽しそうに思い出を語る人がいる。
ザイは喉の奥が酷く焼けるのを感じた。身を投げ出して思うままに泣ければ、どんなにいいだろう。
カイルにもこんなことがあっただろうか? カイルならこんな時どうしただろうか? 答えは決まっている。
ただ静かにそこに。
ザイは侍従装束の袖をそっと引いて、カイルがしていたように柔らかに身を正す。そして王妃の話に聞き入った。
ザイは答えた。
「はい。夜中に体調を崩され、そのままと伺いました」
「ええ、わたくしもそう伺いました」
嘘ではない。たしかに、先帝は夜中に体調を崩し、そのまま亡くなった。朝方侍従に発見され、侍医によって死亡が確認された。
「では、カイル様はなぜ?」
「長年の主人をなくした心労が、古傷に障ったのではと伺いました」
「詳しくはわからないのね」
「はい。御前で倒れそのまま」
「あなたはその時どちらに?」
「御前に。私も、母までもが駆け付け対処に当たりましたが、力及ばず」
「そう」
これも嘘では、ない。
先帝の崩御の後、戦が終わると、カイルは宮を辞し、皇帝のお召し以外では人と交わろうとしなかった。
皇帝のお召しに参じたある日、御前で突然倒れ、宮でそのまま亡くなった。
王妃はザイをしばらく見つめていたが、ふいと視線を逸らした。そうして庭園の花々に目をやる。
そしてくすりと笑った。それからため息をついてまた笑う。そして言う。
「ザイ、今のあなた、カイル様とそっくりな顔をしているわ」
本当に笑ってしまうわ、という王妃の前で、ザイも少し笑った。
やはり、この目には敵わない。それでも、ザイはカイルを思い浮かべて、懸命に侍従として振る舞う。
そうしなければ、カイルが死んだ意味がない。そう思わなければ、ザイは王妃の前から逃げ出していただろう。
「わかりました。あなたをいじめるのはやめておきます。カイル様がいらっしゃったら、わたくし叱られていますね」
「カイルさんが?」
ザイは思わず聞き返す。
「ええ、わたくしカイル様によく叱られておりましてよ。わたくしもカイル様の弟子ですもの」
初めて聞く話に、ザイは驚く。
「え⁉︎」
「まあ、ご存知なかったの?」
「存じませんでした……」
カイルが姫を叱っているところを思い出そうとするが、全く思い出せない。本気で驚いているのが分かったのだろう、いたずらに成功した子供のように王妃が笑う。
「でも、そうですね、お父様以外の方がいらっしゃる時は、絶対に叱られることはありませんでしたから。知らないのは当然かもしれません」
なるほど。いくら先帝の侍従とは言え、ザイを叱るような調子では人前で皇女は叱れないだろう。
「わたくしも子供でしたから、その場で叱られないのをいいことに調子に乗っては、後でお父様同席のもとカイル様に叱られていました。
最初はきつい調子で叱られておりましたけれど、わたくしには効果がなかったのでしょうね。ある時から叱り方が変わったの。
私の申し上げたいことはお分かりでしょうか、とおっしゃって、あとはずっと微笑まれたまま。あれは本当に怖かったわ」
「ああ、あれは怒鳴り付けられるより怖いですね」
ザイも何回かやられたことがある。人を威圧する笑顔というものを、ザイはカイルから学んだ。
「そうでしょう? あの頃宮に上がっていた子達は、一度はあれに晒されていたはずね」
いわゆる良家の子女ばかりではあったが、所詮は少年たちの集団+姫である。それなりの悪さは一通りやって、カイルにまとめて叱られたことも多かった。
「姫だけ注意で終わっていたのは、子供心に羨ましかったのですが、あとでお一人で叱られていたのですね」
ザイがそう言うと、王妃のおしゃべりがまた始まった。カイルの思い出を、思うがままに話し始めた。
ザイはそれに飽きることなく相槌を打った。とにかく、それに集中した。少しでも気を許したら頽れそうだ。
先帝侍従カイルの名は、今ではこの宮では禁忌に近いものとなってしまった。
宮を死で穢した者と、カイルを厭う声がある。御前で倒れるという、あまりにも不自然な死が憶測を呼ぶ。
ついには、誰もが恐れて口を閉ざす。
宮の多くの者がカイルに関わるものを見ないようにし、まるでカイルなんて侍従は宮に居なかったかのように振る舞う。それがザイには耐えられなかった。
なのにいま、目の前で好きなだけカイルの名を口にし、 楽しそうに思い出を語る人がいる。
ザイは喉の奥が酷く焼けるのを感じた。身を投げ出して思うままに泣ければ、どんなにいいだろう。
カイルにもこんなことがあっただろうか? カイルならこんな時どうしただろうか? 答えは決まっている。
ただ静かにそこに。
ザイは侍従装束の袖をそっと引いて、カイルがしていたように柔らかに身を正す。そして王妃の話に聞き入った。
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