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第一章
16 王子の行く先と護衛二日目
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「海挟んで浮気って何するんですかね」
「知るかよ。つーか当の本人の反応がこれかよ」
昨晩のことを聞かされたザイの様子に、皇帝はこのボンボンめと脱力する。
「あの親バカ二人、よその王子さま本気で殺りかけたぞ。普段宮に寄り付きもしねえお前の母親が転移の術者引き受けるとか言う時点でおかしいと思えよ俺も、ってな」
お前の父親は父親で結界内で言いたい放題するし、ああもう疲れた。
そう言って執務室の机に懐く皇帝に、ザイは済まなく思う。母が来たのか。それは恐ろしいことになったに違いない。
侍従筆頭を見れば、こちらもぐったりとしている。壁と同化しかねない静かさで皇帝の後ろに控えている。
ザイの心配そうな視線に
「結界術師として心折られましたが、私の本分は侍従ですから大丈夫ですよ」
と虚ろに言う筆頭は、何だかいつもにはない影を背負っている。
後で詫びも兼ねて彼に何か差し入れをしよう、とザイは思った。
昨夜のことは昨夜の事として、この後再び王妃の護衛に入る予定のザイは、差し当たっての状況を確認する。
「それで王子は今どちらに?」
答えたのは皇帝であった。
「帝国に来た動機が動機だけに、王妃に近づけるわけにはいかない。だから宮には置けないが、牢にぶち込むわけにもいかない。一度抜け出しているのだから公館の警備は当てにならぬ。だが、帝国が同盟国の公館を見張る訳にもいかない。だからあのアホは今は宰相邸にいる」
「え……」
「『かつての戦友である我が息子を驚かそうと、わざわざ非公式にお訪ね下さった同盟国の王子様』を宰相自ら宰相邸で丁重にもてなしているはずだ。それで押し通すつもりだが宜しいか? と、お前の親父が王国大使を真夜中の宮に呼びつけて承諾させたぞ」
「さようですか……」
「だいぶ気が立っていたが、関税の引下げの検討だの色々を持ち帰らせて溜飲を下げたようだ」
「……さようですか……」
父さん、ブチ切れつつも抜け目ない。あるいは、少しは頭が冷えたのだろう。ザイはやや考えた後に言う。
「父ですから私のこともあるでしょうが、宰相は、どちらかと言えば王妃に対する侮辱に腹を立てているのだと思います」
「そうなのか?」
「おそらく。実は……」
そう言って、ザイは先日宰相の書斎でした話を皇帝に申し上げる。
「なるほど『傾城』か。あの王妃なら物理的に城傾けそうだが」
そっちじゃね? という皇帝に、ザイはそれはないでしょう、と一応否定しておく。
「今朝早く、私の出していた使いが帰ってきたのですが、第四王子が王妃に付きまとっている、という話を持って帰ってきまして」
「……きまして?」
「『傾城』の出どころの一つは間違いなく第四王子だと」
「それ、お前の親父には言ったか?」
「いえ。ただ、父もあちらに色々送り込んでいるようですから、知れるのも時間の問題かと」
皇帝はすぐに宰相を宮に呼び出した。
そして、あんなんでも他所の王子様だから、斬るのも始末するのも沈めるのも埋めるのも処分するのもナシ、と再度釘を刺しまくった。
※
王妃の滞在は予定通りならこの日が最後である。様々な儀式や行事をこなしたあと、もう一度屋上庭園が見たいという王妃をザイは案内していた。
昨日と同じく晴天に恵まれ、屋上庭園の花々は明るい日差しと穏やかな風に気持ちよさそうに揺れている。
王国の女官らはやはり口がきけぬ者であった。驚いてみせるザイに王妃が言う。
「王妃としての私のことをあれこれ詮索する者が、いないわけではないのです。私を守るための、国王様のご配慮ですわ」
「左様でございましたか」
ザイがみるのに、王国の女官たちは軽く礼をした。
「国王様は本当に王妃様を大事にしておられるのですね」
「ええ、それはもう」
クスクスと笑う王妃に憂いは見えない。その時、帝国出身の女官が一人顔を曇らせたのをザイは目の端に捉えた。
「ねえ、ザイ」
パシリ、と王妃の扇が鳴る。
それを合図に、女官らが一斉に下がる。
王妃に声色を変えて、否、本来の声で話しかけられたと気付いたザイは、無言で王妃に向き直る。
「お父様が病でお隠れになったというのは、本当ですか?」
子供の頃、ザイを助けに水の中に飛び込んできた姫と同じ真剣な目が、ザイを見据えてきた。
「知るかよ。つーか当の本人の反応がこれかよ」
昨晩のことを聞かされたザイの様子に、皇帝はこのボンボンめと脱力する。
「あの親バカ二人、よその王子さま本気で殺りかけたぞ。普段宮に寄り付きもしねえお前の母親が転移の術者引き受けるとか言う時点でおかしいと思えよ俺も、ってな」
お前の父親は父親で結界内で言いたい放題するし、ああもう疲れた。
そう言って執務室の机に懐く皇帝に、ザイは済まなく思う。母が来たのか。それは恐ろしいことになったに違いない。
侍従筆頭を見れば、こちらもぐったりとしている。壁と同化しかねない静かさで皇帝の後ろに控えている。
ザイの心配そうな視線に
「結界術師として心折られましたが、私の本分は侍従ですから大丈夫ですよ」
と虚ろに言う筆頭は、何だかいつもにはない影を背負っている。
後で詫びも兼ねて彼に何か差し入れをしよう、とザイは思った。
昨夜のことは昨夜の事として、この後再び王妃の護衛に入る予定のザイは、差し当たっての状況を確認する。
「それで王子は今どちらに?」
答えたのは皇帝であった。
「帝国に来た動機が動機だけに、王妃に近づけるわけにはいかない。だから宮には置けないが、牢にぶち込むわけにもいかない。一度抜け出しているのだから公館の警備は当てにならぬ。だが、帝国が同盟国の公館を見張る訳にもいかない。だからあのアホは今は宰相邸にいる」
「え……」
「『かつての戦友である我が息子を驚かそうと、わざわざ非公式にお訪ね下さった同盟国の王子様』を宰相自ら宰相邸で丁重にもてなしているはずだ。それで押し通すつもりだが宜しいか? と、お前の親父が王国大使を真夜中の宮に呼びつけて承諾させたぞ」
「さようですか……」
「だいぶ気が立っていたが、関税の引下げの検討だの色々を持ち帰らせて溜飲を下げたようだ」
「……さようですか……」
父さん、ブチ切れつつも抜け目ない。あるいは、少しは頭が冷えたのだろう。ザイはやや考えた後に言う。
「父ですから私のこともあるでしょうが、宰相は、どちらかと言えば王妃に対する侮辱に腹を立てているのだと思います」
「そうなのか?」
「おそらく。実は……」
そう言って、ザイは先日宰相の書斎でした話を皇帝に申し上げる。
「なるほど『傾城』か。あの王妃なら物理的に城傾けそうだが」
そっちじゃね? という皇帝に、ザイはそれはないでしょう、と一応否定しておく。
「今朝早く、私の出していた使いが帰ってきたのですが、第四王子が王妃に付きまとっている、という話を持って帰ってきまして」
「……きまして?」
「『傾城』の出どころの一つは間違いなく第四王子だと」
「それ、お前の親父には言ったか?」
「いえ。ただ、父もあちらに色々送り込んでいるようですから、知れるのも時間の問題かと」
皇帝はすぐに宰相を宮に呼び出した。
そして、あんなんでも他所の王子様だから、斬るのも始末するのも沈めるのも埋めるのも処分するのもナシ、と再度釘を刺しまくった。
※
王妃の滞在は予定通りならこの日が最後である。様々な儀式や行事をこなしたあと、もう一度屋上庭園が見たいという王妃をザイは案内していた。
昨日と同じく晴天に恵まれ、屋上庭園の花々は明るい日差しと穏やかな風に気持ちよさそうに揺れている。
王国の女官らはやはり口がきけぬ者であった。驚いてみせるザイに王妃が言う。
「王妃としての私のことをあれこれ詮索する者が、いないわけではないのです。私を守るための、国王様のご配慮ですわ」
「左様でございましたか」
ザイがみるのに、王国の女官たちは軽く礼をした。
「国王様は本当に王妃様を大事にしておられるのですね」
「ええ、それはもう」
クスクスと笑う王妃に憂いは見えない。その時、帝国出身の女官が一人顔を曇らせたのをザイは目の端に捉えた。
「ねえ、ザイ」
パシリ、と王妃の扇が鳴る。
それを合図に、女官らが一斉に下がる。
王妃に声色を変えて、否、本来の声で話しかけられたと気付いたザイは、無言で王妃に向き直る。
「お父様が病でお隠れになったというのは、本当ですか?」
子供の頃、ザイを助けに水の中に飛び込んできた姫と同じ真剣な目が、ザイを見据えてきた。
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