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第一章

14 夜更けですが斬るには遅くはないかと

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 すでに執務室で待っていた宰相が、現れた皇帝に一礼する。

「夜分に申し訳ございません」

 言葉とは裏腹に全く申し訳なさそうでない顔の宰相に、皇帝が椅子に掛けながら言う。

「明日に差し障りのない時間には返したつもりだが?」

 皇帝に挨拶を無視されたことを無視して、宰相が答える。

「それでよろしいかと。しかし、参ったのはそのことではございません」

 おそらく皇帝が集めた者らの顔ぶれは伝えられており、問題なしと判断していたのだろう。皇帝を待ちかねていたらしい宰相は、強引に自分の言いたい話に繋げる。

「王宮に第四王子がいらっしゃらないそうで」

「またか。どうせ、その辺ほっつき歩いてるんだろあのドラ息子」

「王妃の行列に紛れて出国なされたのでは、という噂が王宮内で流れ始めているようです。帝国の手引きでかどわかされたとも」

「はあ⁉︎」

 声をあげた皇帝はもとより、侍従筆頭も目を剥く。王太子や第二王子ならまだしも、第四王子なぞ連れ出して何になる。その人となりの愚かさは、帝国にも届いている。

「紛れ込んだか拐かされたか知らんが、第四王子が帝国へというのは確かか?」

「確か、と申しますか、それを確かめたく。先ほど我が邸に侵入を試みた者がありましたので捕らえさせましたところ、中肉中背の若い男で」

「……おい」

「名や所属を尋ねても、何も答えぬと申しております。私は彼の方については、遠目に拝し奉ったことしかございません。
 万が一王子であった場合に備えて宮での尋問の許可を。また、人目をひいては困りますので、内々に転移の陣の使用許可を頂きたく」

「許可だ許可! とっとと転移させろ!」

 言いながら、皇帝は立ち上がる。すでに足は転移の間へと向かっている。皇帝のその荒々しい足音を「御静かに」と宥めて、宰相が言う。

「あいにく夜分ゆえ、いつもの者がおりません。転移中の護送を行う術者は、私の妻でもよろしいでしょうか?」

「非常時だ、構うか! 別に魔導師を呼び出す手間も惜しい。こちら側の術者は俺がやる!」

 この時、腹を立てていた皇帝は、宰相が転移の術者に自分の妻をあてた理由に気づかなかった。

 ※

 筆頭侍従が、念のため転移の間全体に防音結界を張る。人目につくのを嫌い、尋問もここで行うことにしたのだ。

 皇帝が転移の陣に力を込めると、床に壁に紋様が浮かぶ。すると、次の瞬間には、陣の中央に宰相の奥方、その足元に、何か塊が現れた。

 塊と見えたのは、鎖でぐるぐる巻きにされている若い男であった。宰相夫人は一方の手で男を戒めた鎖を引き、もう一方の手で皇帝に恭順を示す穂先を外した槍を持ち、その男を完全に封じている。

 その容赦のなさ、男を見下ろす夫人の凍てつくような視線に、さしもの皇帝も一瞬たじろぐ。穂先があろうとなかろうとそう変わらないな、と皇帝は思う。

「夫人、久しいな。ご苦労である」
「お言葉、もったいのうございます」

 皇帝の労いに夫人がゆるゆると返す礼は、さすがは昔、北の宮一の女官と謳われた洗練された見事な所作であるのに、足元に目を回した男を転がしているせいで、どうにも違和感がある。

 アンタの嫁怖ぇな、と皇帝はチラリと宰相を見るが、宰相は素知らぬ風で「お改めを」と皇帝を促す。夫人が槍と戒めの鎖を床に置き、男から離れて下がる。代わって男を改めた皇帝が言う。

「間違いねえな、クソバカ第四王子だ。戦場でザイが無理して助けたからよく覚えている」
「そのようなことがございましたか」

 初耳だったらしい宰相は、少し驚いたようだ。皇帝は思い出すのも忌々しげに言う。場合によっては帝国内では失策と言われかねない状況だったから、報告に上げさせなかったんだ、と。

「俺はあんな阿呆は放っておけと言ったんだが、味方だからと。
 王国の王族は殺生はせぬものなのだと。それで戦場に来て指揮だけやるのだが、それが酷いものでな。
 お陰でザイは一時敵陣に取り残された。その後こっちでちょろっと陽動出してやったら、ほぼ、自力で帰ってきたけどな。他にもこの王子ときたらしょうもなくて、俺はコイツを切った方がよっぽど味方に利すると思ったぞ」

「まあ。では、今からでもお斬りあそばされますか? すぐさまに転移を」

「お待ちなさい」

 息子が危ない目にあったと聞き、おっとりと即抹殺を勧める妻を、宰相は制して言う。

「この度のことを全てお話し頂いてからに」

 抹殺自体は宰相も止めないらしい。

 戦場のドサクサの中ならまだしも、平時の帝都で殺されてはかなわぬと、皇帝自らが第四王子を叩き起こして問いただす。

 かつて、戦場で「足手まといになる奴は、斬るぞ」と皇帝に凄まれたことを、王子は覚えていたようだ。皇帝に聞かれるがままに、第四王子はするすると吐いた。
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