16 / 119
第一章
12 護衛一日目の夜 ご学友の同窓会
しおりを挟む
普段、大勢を迎えるようには出来ていないザイの控えである。筆頭が持ってきた敷物を床に広げて座ることになった。
皇帝はすぐに胡座をかき、寛いだ様子を見せた。しかし、床に座るということに慣れていないザイの友人たちは、目を白黒させていた。
椅子に掛けず飲み食いすることは、戦慣れしている者ならともかく、育ちの良い彼らにはそうないことである。
正式な会食の作法なら完璧な彼らは、この場ではどうすれば皇帝に対して失礼にならないのか分からなくて、戸惑っている。
ザイはそんな彼らに「陛下はお気になさらないから」と声を掛け、好きな姿勢で座っていいんだよ、と安心させてやった。車座にして、席次はザイが適当に決めた。
筆頭が酒を注いでまわり、つまみを渡す。
すみませんがあとは適当に、と酒瓶を置いていく。
皆に一通りのものが行き渡ると、皇帝が口を開いた。
「皆、急なことですまない。内々にしたく、このような粗末な形になってしまった。決してそなたらを軽んじているわけではない。すまないが、どうかこの度は堪えてほしい」
皇帝の突然の謝罪に驚いた官吏たちは、「とんでもないことでございます」と頭を下げる。皇帝はもう一度すまぬと謝り、続けた。
「皆、顔を上げてくれ。このような仕儀だから、不敬は一切咎めぬ。楽にせよ。
侍従の控えは特殊で、宮のうち、北の宮にあっても、結界で他と遮断されている。何を話しても外に漏れることはないので、安心するがよい。
そなたらもここに呼ばれたこと、ここで見聞きし話したことは、他言無用に」
皆、おずおずと頷く。
「今日集まってもらったのは、他でもない。そなたらは幼少の頃、王妃の遊び相手として宮に上がっていた。王妃が帝国にいた頃の話が聞きたい」
ああ成る程、と皆一様に頷く。
なぜ自分が呼ばれたかに思い当たって、とりあえずは安心したようだ。
「当時、私は宮にはいなかったのでな、私は王妃のことを一つも知らぬ。年寄りどもは淑やかな姫であったとしか申さぬが」
皇帝はそこで一同を見渡して言う。
「それだけでは伝わらぬこともあろう」
皇帝の言葉に、官吏たちは目を彷徨わせる。
ザイにはわかる。それぞれ姫のやらかしたことを思い出しているのが手に取るように分かる。少なくとも皆一度は姫に吹っ飛ばされているのだ。
「子どもであったそなたらの見た『姫』が、どんなご様子だったか、私に教えて欲しい」
皇帝はそこで言葉を切って、もう一度皆を見渡す。
「あの王妃が淑やかなら、俺だって超お淑やかだろ?」
ここに集められた者は、官吏として優秀な部類に入る。だから、表情を隠すのも巧みであるはずなのだが、今は動揺を露わにしている。
一同は急に砕けた皇帝の口調に驚き、次いで「もう何かやったの姫⁉︎」と問いたげな視線をザイにやる。
ザイは曖昧に微笑んでおいた。
しかし、そのザイの卒のない笑顔も、次の皇帝の言葉に引きつることになる。
「ついでにザイの恥ずかしい話があったら聞かせろ」
むしろ、そっちに重きを置いてもいい。
皇帝が後ろに控えたザイを親指を立てて指し示して言うのに、ザイは慌てる。
「私の話は必要ないでしょう⁉︎」
「別に必要ねえけど、女がキラッキラした目でお前を見てる時、『コイツ今でこそモテてるけど、小さい時あんなバカなことやってたんだぜ?』みたいなことを内心思いたい」
「お思いにならなくてよろしいです!」
よりによってそんな理由ですかとザイが脱力する横で、侍従筆頭が言う。
「そういう話なら、私も伺ってみたいですね」
「君まで何言ってるの⁉︎」
突然話に入ってきた侍従筆頭に、ザイが青ざめる。
「だろー? つか、そもそもコイツなんであんなにモテるんだよ。すぐ、ぴーぴー泣くくせに」
すでに手酌で酒をあおっている皇帝に引きずられるように、ザイの友人達も杯に口をつけ始めた。
「素直だからでしょうか? ザイはびっくりするほど子どもっぽいところもありますしね、そういうところがご婦人方にはウケがよろしいような」
ザイは主人と直上の評価に、ガックリうなだれる。
「コイツ昔っからぴーぴー泣いてたか?」
皇帝に話を振られた一人が「お答えしないわけにはいかないし」と言った風に口を開く。
「確かに、よく、泣いてはおられましたね」
「例えば?」
「例えば、鬼ごっこで負けた時など」
最初は一生懸命我慢しているのだが、それをちょっとからかわれると、ボロボロと涙をこぼすのだと言う。
「まあ、からかっていたのは自分ですが」
と、その官吏はすまなさそうに笑う。
「あんまり我慢しているものですから、つい」
両手で服を握りしめ涙をこぼすまいと頑張る様子に、かわいそうとは思いながらも、慰めてやる術を持たない幼い子ども達である。気まずい空気をどうしてよいか分からなくて、ついからかってしまうのだ。それを発端に、取っ組み合いの喧嘩になることもしばしば。
「とにかく負けず嫌いであられたように存じます」
「何だ、今と対して変わってねえ」
皇帝が屈託無く笑うと、そこから場は解れ、夜が更けるまで宴会となった。
皇帝はすぐに胡座をかき、寛いだ様子を見せた。しかし、床に座るということに慣れていないザイの友人たちは、目を白黒させていた。
椅子に掛けず飲み食いすることは、戦慣れしている者ならともかく、育ちの良い彼らにはそうないことである。
正式な会食の作法なら完璧な彼らは、この場ではどうすれば皇帝に対して失礼にならないのか分からなくて、戸惑っている。
ザイはそんな彼らに「陛下はお気になさらないから」と声を掛け、好きな姿勢で座っていいんだよ、と安心させてやった。車座にして、席次はザイが適当に決めた。
筆頭が酒を注いでまわり、つまみを渡す。
すみませんがあとは適当に、と酒瓶を置いていく。
皆に一通りのものが行き渡ると、皇帝が口を開いた。
「皆、急なことですまない。内々にしたく、このような粗末な形になってしまった。決してそなたらを軽んじているわけではない。すまないが、どうかこの度は堪えてほしい」
皇帝の突然の謝罪に驚いた官吏たちは、「とんでもないことでございます」と頭を下げる。皇帝はもう一度すまぬと謝り、続けた。
「皆、顔を上げてくれ。このような仕儀だから、不敬は一切咎めぬ。楽にせよ。
侍従の控えは特殊で、宮のうち、北の宮にあっても、結界で他と遮断されている。何を話しても外に漏れることはないので、安心するがよい。
そなたらもここに呼ばれたこと、ここで見聞きし話したことは、他言無用に」
皆、おずおずと頷く。
「今日集まってもらったのは、他でもない。そなたらは幼少の頃、王妃の遊び相手として宮に上がっていた。王妃が帝国にいた頃の話が聞きたい」
ああ成る程、と皆一様に頷く。
なぜ自分が呼ばれたかに思い当たって、とりあえずは安心したようだ。
「当時、私は宮にはいなかったのでな、私は王妃のことを一つも知らぬ。年寄りどもは淑やかな姫であったとしか申さぬが」
皇帝はそこで一同を見渡して言う。
「それだけでは伝わらぬこともあろう」
皇帝の言葉に、官吏たちは目を彷徨わせる。
ザイにはわかる。それぞれ姫のやらかしたことを思い出しているのが手に取るように分かる。少なくとも皆一度は姫に吹っ飛ばされているのだ。
「子どもであったそなたらの見た『姫』が、どんなご様子だったか、私に教えて欲しい」
皇帝はそこで言葉を切って、もう一度皆を見渡す。
「あの王妃が淑やかなら、俺だって超お淑やかだろ?」
ここに集められた者は、官吏として優秀な部類に入る。だから、表情を隠すのも巧みであるはずなのだが、今は動揺を露わにしている。
一同は急に砕けた皇帝の口調に驚き、次いで「もう何かやったの姫⁉︎」と問いたげな視線をザイにやる。
ザイは曖昧に微笑んでおいた。
しかし、そのザイの卒のない笑顔も、次の皇帝の言葉に引きつることになる。
「ついでにザイの恥ずかしい話があったら聞かせろ」
むしろ、そっちに重きを置いてもいい。
皇帝が後ろに控えたザイを親指を立てて指し示して言うのに、ザイは慌てる。
「私の話は必要ないでしょう⁉︎」
「別に必要ねえけど、女がキラッキラした目でお前を見てる時、『コイツ今でこそモテてるけど、小さい時あんなバカなことやってたんだぜ?』みたいなことを内心思いたい」
「お思いにならなくてよろしいです!」
よりによってそんな理由ですかとザイが脱力する横で、侍従筆頭が言う。
「そういう話なら、私も伺ってみたいですね」
「君まで何言ってるの⁉︎」
突然話に入ってきた侍従筆頭に、ザイが青ざめる。
「だろー? つか、そもそもコイツなんであんなにモテるんだよ。すぐ、ぴーぴー泣くくせに」
すでに手酌で酒をあおっている皇帝に引きずられるように、ザイの友人達も杯に口をつけ始めた。
「素直だからでしょうか? ザイはびっくりするほど子どもっぽいところもありますしね、そういうところがご婦人方にはウケがよろしいような」
ザイは主人と直上の評価に、ガックリうなだれる。
「コイツ昔っからぴーぴー泣いてたか?」
皇帝に話を振られた一人が「お答えしないわけにはいかないし」と言った風に口を開く。
「確かに、よく、泣いてはおられましたね」
「例えば?」
「例えば、鬼ごっこで負けた時など」
最初は一生懸命我慢しているのだが、それをちょっとからかわれると、ボロボロと涙をこぼすのだと言う。
「まあ、からかっていたのは自分ですが」
と、その官吏はすまなさそうに笑う。
「あんまり我慢しているものですから、つい」
両手で服を握りしめ涙をこぼすまいと頑張る様子に、かわいそうとは思いながらも、慰めてやる術を持たない幼い子ども達である。気まずい空気をどうしてよいか分からなくて、ついからかってしまうのだ。それを発端に、取っ組み合いの喧嘩になることもしばしば。
「とにかく負けず嫌いであられたように存じます」
「何だ、今と対して変わってねえ」
皇帝が屈託無く笑うと、そこから場は解れ、夜が更けるまで宴会となった。
0
お気に入りに追加
144
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
宰相さんちの犬はちょっと大きい
すみよし
恋愛
最近親しくなった同僚が言いました。
「僕んち、遊びに来る?」
犬飼っててねー、と言うのを聞いて、行くって言いかけて、ふと思い出しました。
──君ん家って、天下の宰相邸、ですよね?
同僚の家に犬を見に行ったら、砂を吐きそうになった話。
宰相さんちの犬たちはちょっと大きくてちょっと変わっている普通の犬だそうです。
※
はじめまして、すみよしといいます。
よろしくお願いします。
※
以下はそれぞれ独立した話として読めますが、よかったら合わせてお楽しみください。
・「宰相さんちの犬はちょっと大きい─契約編─」
:若い頃の宰相夫人シファと、シロたちの契約の話。「元皇女が出戻りしたら…」の生前のカイルもチラッと出ます。
・【本編】「元皇女が出戻りしたら、僕が婚約者候補になるそうです」
:ザイが主人公。侍従筆頭になったトランや、宰相夫妻も出ます。
※
カクヨム投稿は削除しました(2024/06)
【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。
airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。
どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。
2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。
ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。
あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて…
あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる