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第一章

12 護衛一日目の夜 ご学友の同窓会

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 普段、大勢を迎えるようには出来ていないザイの控えである。筆頭が持ってきた敷物を床に広げて座ることになった。

 皇帝はすぐに胡座をかき、寛いだ様子を見せた。しかし、床に座るということに慣れていないザイの友人たちは、目を白黒させていた。

 椅子に掛けず飲み食いすることは、戦慣れしている者ならともかく、育ちの良い彼らにはそうないことである。

 正式な会食の作法なら完璧な彼らは、この場ではどうすれば皇帝に対して失礼にならないのか分からなくて、戸惑っている。

 ザイはそんな彼らに「陛下はお気になさらないから」と声を掛け、好きな姿勢で座っていいんだよ、と安心させてやった。車座にして、席次はザイが適当に決めた。

 筆頭が酒を注いでまわり、つまみを渡す。
 すみませんがあとは適当に、と酒瓶を置いていく。

 皆に一通りのものが行き渡ると、皇帝が口を開いた。

「皆、急なことですまない。内々にしたく、このような粗末な形になってしまった。決してそなたらを軽んじているわけではない。すまないが、どうかこの度は堪えてほしい」

 皇帝の突然の謝罪に驚いた官吏たちは、「とんでもないことでございます」と頭を下げる。皇帝はもう一度すまぬと謝り、続けた。

「皆、顔を上げてくれ。このような仕儀だから、不敬は一切咎めぬ。楽にせよ。
 侍従の控えは特殊で、宮のうち、北の宮にあっても、結界で他と遮断されている。何を話しても外に漏れることはないので、安心するがよい。
 そなたらもここに呼ばれたこと、ここで見聞きし話したことは、他言無用に」

 皆、おずおずと頷く。

「今日集まってもらったのは、他でもない。そなたらは幼少の頃、王妃の遊び相手として宮に上がっていた。王妃が帝国にいた頃の話が聞きたい」

 ああ成る程、と皆一様に頷く。
 なぜ自分が呼ばれたかに思い当たって、とりあえずは安心したようだ。

「当時、私は宮にはいなかったのでな、私は王妃のことを一つも知らぬ。年寄りどもは淑やかな姫であったとしか申さぬが」

 皇帝はそこで一同を見渡して言う。

「それだけでは伝わらぬこともあろう」

 皇帝の言葉に、官吏たちは目を彷徨わせる。

 ザイにはわかる。それぞれ姫のやらかしたことを思い出しているのが手に取るように分かる。少なくとも皆一度は姫に吹っ飛ばされているのだ。

「子どもであったそなたらの見た『姫』が、どんなご様子だったか、私に教えて欲しい」

 皇帝はそこで言葉を切って、もう一度皆を見渡す。

「あの王妃が淑やかなら、俺だって超お淑やかだろ?」

 ここに集められた者は、官吏として優秀な部類に入る。だから、表情を隠すのも巧みであるはずなのだが、今は動揺を露わにしている。

 一同は急に砕けた皇帝の口調に驚き、次いで「もう何かやったの姫⁉︎」と問いたげな視線をザイにやる。

 ザイは曖昧に微笑んでおいた。

 しかし、そのザイの卒のない笑顔も、次の皇帝の言葉に引きつることになる。

「ついでにザイコイツの恥ずかしい話があったら聞かせろ」

 むしろ、そっちに重きを置いてもいい。

 皇帝が後ろに控えたザイを親指を立てて指し示して言うのに、ザイは慌てる。

「私の話は必要ないでしょう⁉︎」
「別に必要ねえけど、女がキラッキラした目でお前を見てる時、『コイツ今でこそモテてるけど、小さい時あんなバカなことやってたんだぜ?』みたいなことを内心思いたい」
「お思いにならなくてよろしいです!」

 よりによってそんな理由ですかとザイが脱力する横で、侍従筆頭が言う。

「そういう話なら、私も伺ってみたいですね」
「君まで何言ってるの⁉︎」

 突然話に入ってきた侍従筆頭に、ザイが青ざめる。

「だろー? つか、そもそもコイツなんであんなにモテるんだよ。すぐ、ぴーぴー泣くくせに」

 すでに手酌で酒をあおっている皇帝に引きずられるように、ザイの友人達も杯に口をつけ始めた。

「素直だからでしょうか? ザイはびっくりするほど子どもっぽいところもありますしね、そういうところがご婦人方にはウケがよろしいような」

 ザイは主人と直上の評価に、ガックリうなだれる。

「コイツ昔っからぴーぴー泣いてたか?」

 皇帝に話を振られた一人が「お答えしないわけにはいかないし」と言った風に口を開く。

「確かに、よく、泣いてはおられましたね」
「例えば?」
「例えば、鬼ごっこで負けた時など」

 最初は一生懸命我慢しているのだが、それをちょっとからかわれると、ボロボロと涙をこぼすのだと言う。

「まあ、からかっていたのは自分ですが」

と、その官吏はすまなさそうに笑う。

「あんまり我慢しているものですから、つい」

 両手で服を握りしめ涙をこぼすまいと頑張る様子に、かわいそうとは思いながらも、慰めてやる術を持たない幼い子ども達である。気まずい空気をどうしてよいか分からなくて、ついからかってしまうのだ。それを発端に、取っ組み合いの喧嘩になることもしばしば。

「とにかく負けず嫌いであられたように存じます」
「何だ、今と対して変わってねえ」

 皇帝が屈託無く笑うと、そこから場は解れ、夜が更けるまで宴会となった。
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