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第一章
11 護衛一日目 考えないように考えて疲れた後に呑み会
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儀式は滞りなく終わった。
幼い頃別れた切り、父の死に目にも会えなかった王妃が、父の廟の前に佇んでいる。
彼女が何を思っているか、誰にも分からない。
弔いの儀式ゆえ薄衣を被った王妃の表情は、ザイの位置からは伺えなかった。
これより後、ザイは王妃に付くことになっている。皇帝とザイは、王妃がこちらへ意識を向けるのを待った。
王妃が顔を上げる。涙の跡がないことに、ザイはホッとする。同時に、少し不安にもなる。
王妃は、先帝の死をどう受け止めているのだろうか?
「まあ、お待たせしてしまいました」
皇帝が見ているのに気付き、王妃が慌てたようにやって来る。
「いや、申し訳ない。もう少しあなたと先の陛下のお時間をとることが出来れば良いのだが」
皇帝が言うのに、王妃が困ったように微笑む。
「いいえ、十分でございます。陛下のお優しいお言葉、ありがたく存じます」
そう言って、王妃が優雅な礼をとる。
「埋め合わせにはならぬが、先の陛下にゆかりの者らを。滞在中なにかあれば、この者らに」
そう言って、陛下が何人かの女官とザイを王妃に引き合わせる。
「お心遣い感謝いたします」
そして、ザイは王妃につくことになった。
※
護衛、と言っても宮の中である。王妃が命を狙われていたとしても、宮の中なら危険はない。
ザイの仕事は、専ら王妃の話し相手であった。否、聞き役であった。
「それで、その竜の鱗はとても美しいのです。海の貝の内側、七色に光っているところがありますでしょう?その緑の色だけを集めてきたかのような、美しい色ですの」
「では、きらきらしていると言うのとも、また違うのですね」
「ええ、そうですの。淡く、けれど、やはり光っているのですわ。陸にあってあのような淡い輝きを持つ生き物は、他におりません」
「なるほど、それは見てみたいものです」
延々と続く竜の話を聞くザイを王国の女官らが気遣わしげに見るが、ザイは慣れたものである。なにせ昔は毎日これに付き合っていたのだから。
といっても、子どもの頃は、姫が話す分だけザイも同じくらい話していた。
「みんな知らないだろけど、宮の西側の窓から見ると、この池には夜に月が映るんだよ」とか、「宮の中庭は雑草だらけだけど、夕焼けの日は金色になるんだよ」とか。
他の子供達と一緒に、自分はこんな綺麗なものを見た、美しいものを見たと、たわいないことを競い合うように話していた。それは随分と騒がしいもので、そして、ザイにとって楽しいものだった。
今は流石にそれはできない。ただひたすら相槌を打っている。
そうして、王妃の話に何種類の竜が何処に現れたか整理していたザイは思う。
──うん、やっぱり竜出過ぎ。
「それにしても、本当に大きくなられましたねザイ様は」
竜からいきなり自分の話になって、ザイは慌てて意識を目の前の王妃に戻す。
「お父様より高くなるなんて」
「恐れ入ります」
王妃の口から先の陛下の話が出て内心どきりとする。
「カイル様と同じくらいになられたのかしら」
「はい。結局追い抜くことは、できませんでしたが」
ザイは今自分がうまく微笑むことができているだろうか、と思う。
「そう、それは残念ですね」
「はい」
王妃が意味するのが、背を追い抜けなかったことか、追い抜く前にカイルが逝ってしまったことか。
どちらであるのかを、ザイは考えないことにした。
こうして一日目の護衛は終わった。
ザイは迎賓館に王妃を送り、宮の内に賜っている自分の控えに戻る。
疲れた。
ザイが寝台に倒れ込んだと同時に、外の扉が叩かれた。その有無を言わせぬ叩き方に嫌々ながら扉を開けると、皇帝がいた。
「よう」
「よう、じゃございません。報告ならこの後、執務室で皆とお聞きになるご予定では?」
「まあ、あれだ、ちょっと趣向を変えて?」
そう言って皇帝がプラプラと酒瓶をぶら下げて見せるのに、ザイは嫌な予感しかしない。
皇帝の後ろを見れば、大きな敷物と荷物を抱えた侍従筆頭と、なぜかザイの古くからの友人達がいる。友人達は皆それぞれ杯を持たされていた。
「どうぞ」
突然の密かな召集を受け、誰に呼ばれたかも知らず来てみたら、官吏の立ち入りが禁じられている北の宮に引き入れられ、皇帝主催の「呑み会」に強制参加、ハイ杯をどうぞ、と言ったところだろうか。
日々誠実に職務に励む官吏である彼らにはまず起こり得ない現実が、今、起こっている。
タスケテと目でザイに訴える友人たちが気の毒になり、ザイは皇帝を招き入れた。
幼い頃別れた切り、父の死に目にも会えなかった王妃が、父の廟の前に佇んでいる。
彼女が何を思っているか、誰にも分からない。
弔いの儀式ゆえ薄衣を被った王妃の表情は、ザイの位置からは伺えなかった。
これより後、ザイは王妃に付くことになっている。皇帝とザイは、王妃がこちらへ意識を向けるのを待った。
王妃が顔を上げる。涙の跡がないことに、ザイはホッとする。同時に、少し不安にもなる。
王妃は、先帝の死をどう受け止めているのだろうか?
「まあ、お待たせしてしまいました」
皇帝が見ているのに気付き、王妃が慌てたようにやって来る。
「いや、申し訳ない。もう少しあなたと先の陛下のお時間をとることが出来れば良いのだが」
皇帝が言うのに、王妃が困ったように微笑む。
「いいえ、十分でございます。陛下のお優しいお言葉、ありがたく存じます」
そう言って、王妃が優雅な礼をとる。
「埋め合わせにはならぬが、先の陛下にゆかりの者らを。滞在中なにかあれば、この者らに」
そう言って、陛下が何人かの女官とザイを王妃に引き合わせる。
「お心遣い感謝いたします」
そして、ザイは王妃につくことになった。
※
護衛、と言っても宮の中である。王妃が命を狙われていたとしても、宮の中なら危険はない。
ザイの仕事は、専ら王妃の話し相手であった。否、聞き役であった。
「それで、その竜の鱗はとても美しいのです。海の貝の内側、七色に光っているところがありますでしょう?その緑の色だけを集めてきたかのような、美しい色ですの」
「では、きらきらしていると言うのとも、また違うのですね」
「ええ、そうですの。淡く、けれど、やはり光っているのですわ。陸にあってあのような淡い輝きを持つ生き物は、他におりません」
「なるほど、それは見てみたいものです」
延々と続く竜の話を聞くザイを王国の女官らが気遣わしげに見るが、ザイは慣れたものである。なにせ昔は毎日これに付き合っていたのだから。
といっても、子どもの頃は、姫が話す分だけザイも同じくらい話していた。
「みんな知らないだろけど、宮の西側の窓から見ると、この池には夜に月が映るんだよ」とか、「宮の中庭は雑草だらけだけど、夕焼けの日は金色になるんだよ」とか。
他の子供達と一緒に、自分はこんな綺麗なものを見た、美しいものを見たと、たわいないことを競い合うように話していた。それは随分と騒がしいもので、そして、ザイにとって楽しいものだった。
今は流石にそれはできない。ただひたすら相槌を打っている。
そうして、王妃の話に何種類の竜が何処に現れたか整理していたザイは思う。
──うん、やっぱり竜出過ぎ。
「それにしても、本当に大きくなられましたねザイ様は」
竜からいきなり自分の話になって、ザイは慌てて意識を目の前の王妃に戻す。
「お父様より高くなるなんて」
「恐れ入ります」
王妃の口から先の陛下の話が出て内心どきりとする。
「カイル様と同じくらいになられたのかしら」
「はい。結局追い抜くことは、できませんでしたが」
ザイは今自分がうまく微笑むことができているだろうか、と思う。
「そう、それは残念ですね」
「はい」
王妃が意味するのが、背を追い抜けなかったことか、追い抜く前にカイルが逝ってしまったことか。
どちらであるのかを、ザイは考えないことにした。
こうして一日目の護衛は終わった。
ザイは迎賓館に王妃を送り、宮の内に賜っている自分の控えに戻る。
疲れた。
ザイが寝台に倒れ込んだと同時に、外の扉が叩かれた。その有無を言わせぬ叩き方に嫌々ながら扉を開けると、皇帝がいた。
「よう」
「よう、じゃございません。報告ならこの後、執務室で皆とお聞きになるご予定では?」
「まあ、あれだ、ちょっと趣向を変えて?」
そう言って皇帝がプラプラと酒瓶をぶら下げて見せるのに、ザイは嫌な予感しかしない。
皇帝の後ろを見れば、大きな敷物と荷物を抱えた侍従筆頭と、なぜかザイの古くからの友人達がいる。友人達は皆それぞれ杯を持たされていた。
「どうぞ」
突然の密かな召集を受け、誰に呼ばれたかも知らず来てみたら、官吏の立ち入りが禁じられている北の宮に引き入れられ、皇帝主催の「呑み会」に強制参加、ハイ杯をどうぞ、と言ったところだろうか。
日々誠実に職務に励む官吏である彼らにはまず起こり得ない現実が、今、起こっている。
タスケテと目でザイに訴える友人たちが気の毒になり、ザイは皇帝を招き入れた。
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