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第一章

10 お支度

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 翌日の午後、ザイは、宮の控えで侍従見習いに手伝われながら、儀式用の装束を身につけていた。

 用意された正装の一式の中に、カイルが使っていたものがいくつかあるのに気付いたザイは、どうしてだろうと不思議に思い、すぐにそんな自分を嗤う。

 どうしても何も、カイルが宮を辞す際に自分が譲り受けたではないか。

 いつもより厚い袖に手を通す。
 
 久しぶりの侍従の正装に、重い、とザイは呟いた。心のうちがにじみ出た自分の声にしまったと思ったが、見習いはそれに聞かぬふりをしてくれる。

 見習いにさえも気遣われる自分の良くない状態を、ザイは努めて冷静に見ようとする。
 些細なことがいちいち気に掛かり、目も耳も閉じていたくなる自分に言い聞かせる。

 死んでしまった人間はもう死なない。

 カイルさんの死以上に酷いことは、僕にはない。恐れることは何もない。僕は、その点では自由だ。

 整えられた侍従装束の袖を捌いて、ザイは背を伸ばす。

 その時、控えの外からパタパタと慌てる足音と声がした。何か異変かと急いで扉を開けた先に、皇帝と、いくつかの装束を抱えた侍従筆頭がいた。

「おお、お前はやはり、様になるな」

 扉が開くなりスルリと控えに入ってきた皇帝は、ザイを見て言った。

「俺はどうもこいつはなあ。何年たっても着慣れん」

 ザイ以上に重そうな自分の衣装を、皇帝がズルズルと引きずって見せる。

 皇帝が腕を捌くのに従い長い袖が見事に収まる様子は、それこそ様になっているのに、本人はすこぶる不本意であるようだ。

 そんな主人をポカンと眺めていたザイは、時間にはまだ早いはずだが突然控えに現れた皇帝に慌てて見習いと共に礼をとる。

「お迎えに上がらず申し訳ございません」

「あー、いや、女官どもがあれもこれもと足したがるから」

 要は逃げてきたらしい。

 むー、と拗ねたように唸る皇帝に、ザイは吹き出しそうになってしまった。

 即位の前は戦場を縦横無尽に駆け回っていた主人である。服装は軽装を好む。

 今日は神事、若く見目好い皇帝を存分に着飾れる好機と、女官たちが意気込んだのは想像に難くない。

 皇帝に付いて控えに入った侍従筆頭も、苦笑いしている。

「陛下、外せる分は外されますか?」

「ああ、頼む」

 ザイは、侍従筆頭と確認しながら、儀礼に則った必要な分だけの衣裳を主人に残し、あとは全て外した。軽くなった装束に、皇帝はホッとしたようだ。

 幾分動きやすくなった肩を回しながら皇帝がぼやく。

「あいつら俺で遊び過ぎだろ」

「さて、大変な力の入れようだとは存じます。禁忌に触れないものをこれだけ選び出すのですから」

 神事に持ち込んではいけないものは避け、陛下にお似合いの色合いまで考えて揃えるには、それなりの時間がかかっただろう。

 ザイが申し上げるのを聞いて、皇帝は、自分から取り外されて並べられた衣裳やら装飾品やらの色の洪水を見る。そして言う。

「お前、女にもてるだろう」

「陛下には及びません」

 否定しないザイに皇帝は半眼になったが、仕方なく決断する。

「半分。この中の半分だけは付けることにする」

「ではこちらに女官たちを呼びます」

 途端に情けない顔になった主人に、また噴き出しそうになるのを堪えて、ザイは、侍従見習いに女官を呼びに行かせる。筆頭と共に衣裳を選び始め、こっそり笑い合う。

 戦場にて大剣を一振りして血を飛ばす姿からは想像も出来ない、侍従たちだけが知る皇帝の姿は、年相応の、いやそれより多少幼いといってもよい一人の若者だ。

 女官たちの努力に報いてやろうとする主人を、ザイは好ましく思う。

 やがて控えに女官たちがやってきた。恐る恐るといった風だった女官たちは、ザイの説明を聞くや、ぱっと華やいだ雰囲気になる。

 女官たちが手早く皇帝の衣装を着つけていく。そうして、予定の時間通りに準備は整い、あとは王妃を迎えるだけとなった。

 女官たちのやりきった顔と、幾分げっそりした皇帝の顔が印象的であった。
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