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第一章

08 括弧付きの二つ名

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 どちらともなくふっと息をつく。

「あと二日間だもの、うまくやりおおせるよ。心配しないで」

「そうだな、心配しても仕方のないことだ」

 どうせ、やらかすときはやらかすし、それでもお前は何とかなる所があるからなあ、と父は言う。

 侍従としての信頼の無さと、息子として妙に信頼されている様に、ザイは少し複雑な気分だ。


「それから、気になることが少し。お前、王妃についている者と会ったか?」

「いや、まだ。一部見かけはしたけど」

 確か屋上庭園で四人の女官が付いているのを見た気がする。

「帝国から輿入れに付いて行った者以外に王国生まれの女官もいるのだが、王国生まれの者は、皆口がきけないらしい」

「それは」

 口がきけない者を貴人の側に置くことはよくある。秘密を守るためだ。きっと彼女らは読み書きもできないだろう。

 では屋上庭園に居た女官が王妃の袖を引いていたのは、元々口がきけなかったからでもあるのか。

帝国こちらとしてはあまりいい気はしないね」

 ザイは考える。

 帝国に知らせたくない秘密が王国にあるのだろうか?しかし、それなら帝国に不信を抱かせるような、あからさまな配置はないだろうし。

 あるいは。

「王妃様のご希望で口のきけない者を選んだ、という可能性もある?」

 帝国に滞在中でのことを、王妃が王国に知られたくないのだろうか。

 その知られたくない内容が、心置きなく魔法をぶっ放したりすることだったり。

 いやいやまさか。

 いや、あの姫ならあり得る……。

 それとも、王国からの情報を遮断された窮屈なお暮らしなのか。

「王妃様の王国でのご様子はどうだったの?」

 ザイの質問に、ザイの父はしばらく考えて答えた。

「大過なく過ごしていると定期的に王妃ご自身より便りはいただいていた」

「王妃様の御文なのは確かなんだよね?」

「ああ、それは間違いない。内容もたしかにご本人が書かれたと分かるものだった。しかしそれがある時から、見事な定型文ばかりになってな」

「待った。定型文じゃない文て、どんなのだった?」

 普通、皇族の文というのは見られるのが前提で、憶測や誤解を生まぬよう定型文に則って書かれるのが帝国では常識なのだ。

 恋文でさえそれなのだから、国を挟んで定期的な便りなら、なおさら型にはまったもののはずだ。

「日記のようなものだったろうか。まだご幼少でいらっしゃったし、何より先の陛下が楽しみにしていらっしゃったから、誰も何も申し上げなかったのだが」

 確か三通目だったか、は、こんな感じだった、とザイの父がそらんじた内容は、やはりと言うべきかさすがと言うべきか。


───

 今日わたくしは竜を二体捕まえました。孤児院の慰問に出掛けました先で、偶然見かけたものです。

 こちらの王宮では王族の皆様がそれぞれ生き物を飼っていらっしゃいます。例えば国王様はとても美しい鳥を三羽飼っていらっしゃるのです。

 わたくしも何か飼っても良いとお許し頂いておりましたから、この竜を飼いたいとお願い申し上げたのですが、国王様は、餌の調達が困難であるからと竜を飼うことをお許しくださいませんでした。

 わたくしは竜を捕まえた嬉しさで浮かれてしまい、皆さまのご負担も考えず、国王様に無理を申し上げてしまったことに気付きました。

 わたくしは大変恥ずかしくなりまして、王妃にあるまじき浅慮を謝罪申し上げました。

 そうしましたら国王様は、貴女を責めているわけではない、王宮で飼えるものを予めお知らせしておくべきであった、今度、王宮で飼える動物を一緒に選びましょう、とおっしゃってくださいました。

 その上、国王様は今度の遠出にわたくしも連れて行ってくださる事をお約束して下さいました。国王様は本当にお優しいお方でいらっしゃいます。(以下略)

───


 王妃は何でもいいから、生き物を飼いたくて仕方なかったんだろうな、とザイは思う。

 ザイの家では昔から番犬も兼ねて四頭の犬が飼われている。ザイによく懐いていたのを、姫が宰相邸に遊びに来るたび羨ましそうにしていたのを覚えている。

 帝国の宮では、死の穢れを嫌い、生き物を飼うことが禁じられていた。

 王宮では生き物が飼えると知った王妃は嬉しかっただろう。しかし。

「竜かあ。竜も生き物だけど、あちらの国王様も大変だね」

 穏やかで豊かな港を擁する王国の王は、その海の如く、寛大でお静かな方である。

 なんとなく「帝国うちの姫がすみません」と言いたくなってしまったザイだった。

「それで、ひめ……じゃない、王妃様は何を飼ってらっしゃるの?」

「鷹を一羽」

「小鳥とかじゃないんだ。あ、姫、鷹狩り好きだったもんね」

 鷹のことも御文に書いておられたと、父が言う。


───

 今日は国王様とご一緒に王国領に出掛けました。国王様に頂いた鷹も一緒です。

 わたくしは、こちらでも鷹狩りをしてみたかったのですが、こちらの王族は殺生をしてはならず、他者の血に汚れてもなりませんので、わたくしもそれにならい、狩りは鷹匠に任せております。

 狩りがはじまりましたが、直ぐに鷹は戻って来てしまいました。いつもは大人しいのに騒がしく鳴き立てます。

 どうしたのかしらと思っておりましたら、鷹の戻ってきた方から、竜が近づいてくるのが見えました。

 鷹は竜が来るのを知らせてくれたのです。なんと賢い鷹でしょう。さすがは国王様の下さった鷹だとわたくしは感激いたしました。

 そして、

───


「待って。竜出すぎでしょ!」

 父が続けようとするのを遮ってザイは言った。父も苦い顔をする。

「ああ、しかも現れたのが国王の慰問先に、国王の避暑地だからな。帝国ならともかく、王国にそう竜は出ないはずなのに」

 文を受け取ってすぐに、王国にいる間諜に確かめさせたが、偶然とするには不自然であるが、仕組まれたものというには証拠となるものがあがらない、とのことだった。

「それでどうしたの?」

 父が続きを諳んじ始める。


───

 そして、わたくしは竜を追い払うため、大きな光魔法を打ち上げました。竜は驚いて帰って行きました。

 供の者と、現れた竜を見て集まって来ておりました騎士の方が数十人、目を痛めてしまいました。わたくしがすぐに皆に治癒魔法をかけまして事なきを得ました。

 国王様からは、勿体無くもお褒めの言葉を頂きました。皆が無事で本当に良かったです。(以下略)

───


「『光の癒しの王妃』ってまさかそれが由来?」

「だろうな」

 なんだろう、「光の(魔法で攻撃して)癒しの(魔法で挽回してチャラにする)王妃」って、嘘は言ってないけど黙ってる事は山盛りある感が満載だ。

「いい方に噂が広がって良かったね」

「うむ、女官らが良い働きをしたようだ」

 さすが姫のご幼少の頃から仕える女官たち。慣れてる。侍従として見習おう、とザイは思った。
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