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第一章
07 止まっていた三年間の話を少し
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ザイは言い淀む。しかし、どうしても父には聞いて欲しかったザイは言う。
「王妃様が先の陛下に似ていらっしゃるから、驚いた」
亡き人の面影を色濃く残す王妃は、どう考えてもそんな甘やかな感情を寄せられる相手ではない。
そうザイが言えば、父はなんとも言えない表情をしている。
「お前……、ひどい顔だぞ」
言われて、ザイは気付く。自分はきっと、今にも泣きそうな顔をしているだろう。だけど、ザイは父を見ていう。
「父さんもだよ」
日々の忙しさのせいだけでは無い。今日の父は、明らかに憔悴している。ザイに愚痴をこぼすほどに。
先帝を失った悲しみに暮れていた宮は、今では若き今上の下、活気に溢れている。
それは嬉しいことなのだが、宮から先帝の存在が次第に薄れていくことを、ザイは悲しく思うのだ。父もそうだろう。
今上に重用されるこの親子が抱えている感情は、宮にあっては絶対に見せてはならないものだった。
先の陛下がお隠れになって、はや三年。
三年前、先帝のあとを追いかねなかったザイは、戦場で今上に叱咤され、獅子奮迅の働きをした。
戦が終わると、ザイの周りには急に人が溢れた。皆がザイを讃える。ともすれば自分の派に取り込もうと蠢く。
ところが、時の人であるザイは、帰った宮でふとした瞬間に先帝の姿を探してしまう有様だった。そんなザイを今上は危ぶみ、あちこちに派遣した。
先帝の崩御を受け止めきれないザイを宮の喧騒から遠ざけ、落ち着かせようとしたのである。
今上や家族、侍従仲間たちの気遣いがありがたかった。
怒涛の戦後処理に明け暮れ没頭するうち、悲しみも薄らぐだろうとザイが考え始めた矢先、今度は先帝侍従のカイルが逝った。
先帝の崩御以上にザイにとって衝撃的なことだった。
幼い頃、自分をあらゆる危険から守ってくれた人。ザイの槍と結界の師であり、また、侍従としての師。ザイの母の兄弟子であり、ザイにとっては伯父のような存在。
父とはまた違った目でザイを見守り、育ててくれた人だ。
そんな彼がした選択は、ザイを打ちのめした。
もう二度と立ち上がれないとさえ、いや、そんなことも考えられないくらい塞ぎ込み、ザイはまた荒れた。まともに人前に出られる状態ではなかった。
それでも、こうやって生きているのは、カイルの死の痛みを父母と分かち合えたからだ。
皇帝から渡されたカイルの遺品をおよそ一年かけ整理したザイは、カイルの死を徐々に受け入れ、ようやく侍従に復帰した。
つい最近まで自分のことばかりだったが、ザイはふと気付く。
この三年、父はどうだっただろうか?
最大の後ろ盾であった先帝に去られ、託された若い皇帝を盛り立て、宰相の重責に耐える。盟友と言ってよかったカイルをあんな形で失い、いつ居なくなっても不思議ではないザイの様子に心を痛め、そして今日、亡き人の面影を目の前にした父は、どうだっただろうか。
「父さん、大丈夫?」
「まあ、明日になれば紛れるだろう」
正直に疲れているところを見せてくれる父に、ザイは安心する。
先帝とカイルの最期は、ザイ一家の心に深い傷を残した。
それはまだ生々しく、血も滴るばかり。
しかし、それから目を背けない限り、ザイたち三人は死に呑み込まれたりはしないだろう。
大丈夫。
どんな激流に流されようと、沈みさえしなければ、いずれ岸に辿り着く。
落ちてしまったものは仕方ない。
たとえ、遠回りとなってしまっても、思いもしなかったところに流れ着いたとしても。
もしかして辿り着くのが間に合わなかったとしても、それで死ぬ程の後悔したとしても。
沈んでしまうよりは余程かましだ。
この三年でザイが学んだことだった。
「王妃様が先の陛下に似ていらっしゃるから、驚いた」
亡き人の面影を色濃く残す王妃は、どう考えてもそんな甘やかな感情を寄せられる相手ではない。
そうザイが言えば、父はなんとも言えない表情をしている。
「お前……、ひどい顔だぞ」
言われて、ザイは気付く。自分はきっと、今にも泣きそうな顔をしているだろう。だけど、ザイは父を見ていう。
「父さんもだよ」
日々の忙しさのせいだけでは無い。今日の父は、明らかに憔悴している。ザイに愚痴をこぼすほどに。
先帝を失った悲しみに暮れていた宮は、今では若き今上の下、活気に溢れている。
それは嬉しいことなのだが、宮から先帝の存在が次第に薄れていくことを、ザイは悲しく思うのだ。父もそうだろう。
今上に重用されるこの親子が抱えている感情は、宮にあっては絶対に見せてはならないものだった。
先の陛下がお隠れになって、はや三年。
三年前、先帝のあとを追いかねなかったザイは、戦場で今上に叱咤され、獅子奮迅の働きをした。
戦が終わると、ザイの周りには急に人が溢れた。皆がザイを讃える。ともすれば自分の派に取り込もうと蠢く。
ところが、時の人であるザイは、帰った宮でふとした瞬間に先帝の姿を探してしまう有様だった。そんなザイを今上は危ぶみ、あちこちに派遣した。
先帝の崩御を受け止めきれないザイを宮の喧騒から遠ざけ、落ち着かせようとしたのである。
今上や家族、侍従仲間たちの気遣いがありがたかった。
怒涛の戦後処理に明け暮れ没頭するうち、悲しみも薄らぐだろうとザイが考え始めた矢先、今度は先帝侍従のカイルが逝った。
先帝の崩御以上にザイにとって衝撃的なことだった。
幼い頃、自分をあらゆる危険から守ってくれた人。ザイの槍と結界の師であり、また、侍従としての師。ザイの母の兄弟子であり、ザイにとっては伯父のような存在。
父とはまた違った目でザイを見守り、育ててくれた人だ。
そんな彼がした選択は、ザイを打ちのめした。
もう二度と立ち上がれないとさえ、いや、そんなことも考えられないくらい塞ぎ込み、ザイはまた荒れた。まともに人前に出られる状態ではなかった。
それでも、こうやって生きているのは、カイルの死の痛みを父母と分かち合えたからだ。
皇帝から渡されたカイルの遺品をおよそ一年かけ整理したザイは、カイルの死を徐々に受け入れ、ようやく侍従に復帰した。
つい最近まで自分のことばかりだったが、ザイはふと気付く。
この三年、父はどうだっただろうか?
最大の後ろ盾であった先帝に去られ、託された若い皇帝を盛り立て、宰相の重責に耐える。盟友と言ってよかったカイルをあんな形で失い、いつ居なくなっても不思議ではないザイの様子に心を痛め、そして今日、亡き人の面影を目の前にした父は、どうだっただろうか。
「父さん、大丈夫?」
「まあ、明日になれば紛れるだろう」
正直に疲れているところを見せてくれる父に、ザイは安心する。
先帝とカイルの最期は、ザイ一家の心に深い傷を残した。
それはまだ生々しく、血も滴るばかり。
しかし、それから目を背けない限り、ザイたち三人は死に呑み込まれたりはしないだろう。
大丈夫。
どんな激流に流されようと、沈みさえしなければ、いずれ岸に辿り着く。
落ちてしまったものは仕方ない。
たとえ、遠回りとなってしまっても、思いもしなかったところに流れ着いたとしても。
もしかして辿り着くのが間に合わなかったとしても、それで死ぬ程の後悔したとしても。
沈んでしまうよりは余程かましだ。
この三年でザイが学んだことだった。
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