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第一章
05 むしろ進める方向で
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「まあ、同盟の破棄は万が一、くらいの話だがな」
ザイの父は宰相の顔をして言う。
しかし、過去にはなかったことでもないし、先帝陛下がお隠れになった以上、全くない話でもないのだと。
「ところで」
はい? とザイは無理やり頭を動かして父に向き直る。宰相は半眼になりながら言った。
「いつも不思議だったんだが、お前、今までそういう付き合いをする相手はいなかったのか?」
父さんと書斎でこんな話をするとは思わなかったなーとザイは遠い目をする。
気まずいが恥ずかしがる年でもないので正直に言う。
「言葉悪いけど適当に遊ぶくらいの相手しか。というかね、そんな暇……というとこれも言葉が悪いけれど、全く無かったよ」
なにせ、三回も試験に落ちたのだ。ほかの仲間に追いつこうと官吏時代のザイは必死だった。
地方官になってしばらくしてやっと余裕ができた。まあ、遊びもした。いや、本当は結構遊びました。反動で。
それから国外に派遣されたり、宮に戻ったりと慌ただしい日々をおくり、気になる娘もできたけれど、仲が深まる前に会えなくなった。
先の陛下に侍従に推され、今上のお側に仕えるようになったからだ。
その娘とはそれっきり。
正直言うと、彼女のことを忘れていたザイである。
それまでとは全く違う侍従という世界についていくだけで必死で、風の噂で彼女が結婚したと聞いて、思い出したくらいだ。
我ながらいい加減なヤツだとザイが密かに反省をしているのをじっと見ていた宰相は、つまりは、と口を開いた。
「要するに遊び足りないと?」
「ええ? いや、そういうのでもないような……。」
宰相の息子であるザイは、周りの友人も生まれながらに婚約者がいる者が多く、殆どが政略結婚し、それなりに幸せに過ごしている。
だから、なんとなく積極的に相手を探す、という発想がザイにはなかった。元平民で恋愛結婚した父には無い感覚かもしれない。
しかし、何と言っても結婚に関して考えることがなかったのは、地方官時代はともかく、ザイに余裕がなかったからだ。
また、ここ三年は師二人を立て続けに亡くし、遊ぶ気にもなれなかった。
自分で言うのもなんだが、母譲りの見目で相手には不自由したことのないザイである。父譲りの如才のなさで、面倒ごとになったこともない。だから、遊び足りないというものではなく……、
「うーん、そうだ、あれだ! 『出会いが足りない』!」
言ってどこかスッキリしたザイとは逆に、父は項垂れた。完全に頭を抱えてしまっている。
「父さん……?」
「お前それでよく侍従が務まっているな……」
ザイが、そんなにひどい返答だっただろうかと不思議に思う前で、父は、額に手をやり、その後しばらく自分の顔やら首の後ろやらを頻りになでさすっていた。
そうして、フッと一息つき、なんだか影を背負って父は話を再開する。
「出会いか。まさに今日劇的な再会を果たしたなお前は」
「うえっ⁉︎」
変な声を上げたザイを見ながら、今日の内に呼んでおいてよかった、と父はブツブツ言っている。
「その様子では万が一の場合、速やかに外堀を埋められそうだな」
片肘で頬杖を着くという、宮ではまず見ない父の姿に、宰相装束だけに物凄く違和感があるなと思いながら、ザイは、もう自分は外堀をほとんど埋められているのでは、と考える。
王妃の護衛の任もその一つだとしたら。
もし本当に「万が一」があれば、今上も王妃に自分を添わせる気では。
勅命ならばもちろんザイは逆らえない。
「想う相手もいないなら、いっそ全部埋められてしまえ」
「父さん投げないで!」
この先うっかり妙な女に引っかかるより余程良い、などと急に前向きに考え出した父に、ザイは叫んだ。
ザイの父は宰相の顔をして言う。
しかし、過去にはなかったことでもないし、先帝陛下がお隠れになった以上、全くない話でもないのだと。
「ところで」
はい? とザイは無理やり頭を動かして父に向き直る。宰相は半眼になりながら言った。
「いつも不思議だったんだが、お前、今までそういう付き合いをする相手はいなかったのか?」
父さんと書斎でこんな話をするとは思わなかったなーとザイは遠い目をする。
気まずいが恥ずかしがる年でもないので正直に言う。
「言葉悪いけど適当に遊ぶくらいの相手しか。というかね、そんな暇……というとこれも言葉が悪いけれど、全く無かったよ」
なにせ、三回も試験に落ちたのだ。ほかの仲間に追いつこうと官吏時代のザイは必死だった。
地方官になってしばらくしてやっと余裕ができた。まあ、遊びもした。いや、本当は結構遊びました。反動で。
それから国外に派遣されたり、宮に戻ったりと慌ただしい日々をおくり、気になる娘もできたけれど、仲が深まる前に会えなくなった。
先の陛下に侍従に推され、今上のお側に仕えるようになったからだ。
その娘とはそれっきり。
正直言うと、彼女のことを忘れていたザイである。
それまでとは全く違う侍従という世界についていくだけで必死で、風の噂で彼女が結婚したと聞いて、思い出したくらいだ。
我ながらいい加減なヤツだとザイが密かに反省をしているのをじっと見ていた宰相は、つまりは、と口を開いた。
「要するに遊び足りないと?」
「ええ? いや、そういうのでもないような……。」
宰相の息子であるザイは、周りの友人も生まれながらに婚約者がいる者が多く、殆どが政略結婚し、それなりに幸せに過ごしている。
だから、なんとなく積極的に相手を探す、という発想がザイにはなかった。元平民で恋愛結婚した父には無い感覚かもしれない。
しかし、何と言っても結婚に関して考えることがなかったのは、地方官時代はともかく、ザイに余裕がなかったからだ。
また、ここ三年は師二人を立て続けに亡くし、遊ぶ気にもなれなかった。
自分で言うのもなんだが、母譲りの見目で相手には不自由したことのないザイである。父譲りの如才のなさで、面倒ごとになったこともない。だから、遊び足りないというものではなく……、
「うーん、そうだ、あれだ! 『出会いが足りない』!」
言ってどこかスッキリしたザイとは逆に、父は項垂れた。完全に頭を抱えてしまっている。
「父さん……?」
「お前それでよく侍従が務まっているな……」
ザイが、そんなにひどい返答だっただろうかと不思議に思う前で、父は、額に手をやり、その後しばらく自分の顔やら首の後ろやらを頻りになでさすっていた。
そうして、フッと一息つき、なんだか影を背負って父は話を再開する。
「出会いか。まさに今日劇的な再会を果たしたなお前は」
「うえっ⁉︎」
変な声を上げたザイを見ながら、今日の内に呼んでおいてよかった、と父はブツブツ言っている。
「その様子では万が一の場合、速やかに外堀を埋められそうだな」
片肘で頬杖を着くという、宮ではまず見ない父の姿に、宰相装束だけに物凄く違和感があるなと思いながら、ザイは、もう自分は外堀をほとんど埋められているのでは、と考える。
王妃の護衛の任もその一つだとしたら。
もし本当に「万が一」があれば、今上も王妃に自分を添わせる気では。
勅命ならばもちろんザイは逆らえない。
「想う相手もいないなら、いっそ全部埋められてしまえ」
「父さん投げないで!」
この先うっかり妙な女に引っかかるより余程良い、などと急に前向きに考え出した父に、ザイは叫んだ。
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