【本編】元皇女が出戻りしたら、僕が婚約者候補になるそうです

すみよし

文字の大きさ
上 下
9 / 119
第一章

05 むしろ進める方向で

しおりを挟む
「まあ、同盟の破棄は万が一、くらいの話だがな」

 ザイの父は宰相の顔をして言う。

 しかし、過去にはなかったことでもないし、先帝陛下がお隠れになった以上、全くない話でもないのだと。

「ところで」

 はい? とザイは無理やり頭を動かして父に向き直る。宰相は半眼になりながら言った。

「いつも不思議だったんだが、お前、今までそういう付き合いをする相手はいなかったのか?」

 父さんと書斎でこんな話をするとは思わなかったなーとザイは遠い目をする。
 気まずいが恥ずかしがる年でもないので正直に言う。

「言葉悪いけど適当に遊ぶくらいの相手しか。というかね、そんな暇……というとこれも言葉が悪いけれど、全く無かったよ」

 なにせ、三回も試験に落ちたのだ。ほかの仲間に追いつこうと官吏時代のザイは必死だった。

 地方官になってしばらくしてやっと余裕ができた。まあ、遊びもした。いや、本当は結構遊びました。反動で。

 それから国外に派遣されたり、宮に戻ったりと慌ただしい日々をおくり、気になる娘もできたけれど、仲が深まる前に会えなくなった。

 先の陛下に侍従に推され、今上のお側に仕えるようになったからだ。

 その娘とはそれっきり。

 正直言うと、彼女のことを忘れていたザイである。

 それまでとは全く違う侍従という世界についていくだけで必死で、風の噂で彼女が結婚したと聞いて、思い出したくらいだ。

 我ながらいい加減なヤツだとザイが密かに反省をしているのをじっと見ていた宰相は、つまりは、と口を開いた。

「要するに遊び足りないと?」

「ええ? いや、そういうのでもないような……。」

 宰相の息子であるザイは、周りの友人も生まれながらに婚約者がいる者が多く、殆どが政略結婚し、それなりに幸せに過ごしている。

 だから、なんとなく積極的に相手を探す、という発想がザイにはなかった。元平民で恋愛結婚した父には無い感覚かもしれない。

 しかし、何と言っても結婚に関して考えることがなかったのは、地方官時代はともかく、ザイに余裕がなかったからだ。

 また、ここ三年は師二人を立て続けに亡くし、遊ぶ気にもなれなかった。

 自分で言うのもなんだが、母譲りの見目で相手には不自由したことのないザイである。父譲りの如才のなさで、面倒ごとになったこともない。だから、遊び足りないというものではなく……、

「うーん、そうだ、あれだ! 『出会いが足りない』!」

 言ってどこかスッキリしたザイとは逆に、父は項垂うなだれた。完全に頭を抱えてしまっている。

「父さん……?」
「お前それでよく侍従が務まっているな……」

 ザイが、そんなにひどい返答だっただろうかと不思議に思う前で、父は、額に手をやり、その後しばらく自分の顔やら首の後ろやらを頻りになでさすっていた。

 そうして、フッと一息つき、なんだか影を背負って父は話を再開する。

「出会いか。まさに今日劇的な再会を果たしたなお前は」

「うえっ⁉︎」

 変な声を上げたザイを見ながら、今日の内に呼んでおいてよかった、と父はブツブツ言っている。

「その様子では万が一の場合、速やかに外堀を埋められそうだな」

 片肘で頬杖を着くという、宮ではまず見ない父の姿に、宰相装束だけに物凄く違和感があるなと思いながら、ザイは、もう自分は外堀をほとんど埋められているのでは、と考える。

 王妃の護衛の任もその一つだとしたら。
 もし本当に「万が一」があれば、今上も王妃に自分を添わせる気では。

 勅命ならばもちろんザイは逆らえない。

「想う相手もいないなら、いっそ全部埋められてしまえ」

「父さん投げないで!」

 この先うっかり妙な女に引っかかるより余程良い、などと急に前向きに考え出した父に、ザイは叫んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...