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第一章

03 止められたものか

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「陛下が詳細はお前から聞けと仰せだ。話せ」

 入室するなり、父の声がザイにぶつかってきた。うわあ機嫌悪い。

「あの、家に仕事の話持ち込むと、母さんが嫌がるよ?」
「そんなに議事録に残したいか侍従殿は」

 帰宅するなり息子を書斎に呼んだ父は、宰相の印である長衣も外さず、出仕したままの姿である。

 ザイ一家が住むこの宰相邸は、非常時には帝国の仮の宮ともなる。
 今いる書斎は、その昔実際に皇帝が政務を執ったこともある由緒ある部屋で、邸内に常駐している秘書官を父が呼べは、今だってすぐに公の場となる。

 父と子の語らいが、宰相による侍従の尋問になりかねないのだ。色々怖すぎるよ宰相閣下。

 もちろん議事録なんか残されたくないザイは、素直に今日あったことを話した。

 ※

「皇帝と他国の王妃が魔法で“遊び”の勝負をして、侍従がこれまた魔法で仲裁に入るとは、私の心臓を止める気か」
「申し訳もございません」

 地を這うような父の声は、自然とザイの頭を下げさせた。でも、仕方がなかったのです、と心の中で言い訳はした。

 ザイの魔法で威力を散らし、侍従筆頭の結界で吸収したとは言え、巨大なちからとちからが屋上庭園で衝突したのは、魔力をほとんど持たない父でさえ感じ取れたらしい。

 すぐさま屋上の様子を探らせ、経緯は分からぬが庭園の花一本も傷ついていない状況を確かめるや否や、ざわつく官吏たちを「地鳴りだ」の一言で鎮めたのは、さすが宰相と言うべきか。

 もっとも、宰相の言う「地鳴り」は官吏たちには特別な意味をもつ。

 先帝が魔法の実験をして何か爆発させたかもしれない時、「特に被害はない、聞いて聞かぬふりをしろ」と、官吏たちに暗黙の了解を強いるものだったのだ。
 先帝亡き今でも、官吏たちに染み込んだ「触らぬ神に祟りなし」の習慣は、有効らしい。

 お陰で、誰にも何の追及も受けずに帰宅したザイだ。

 ザイは父が落ち着くまで待つ。宰相もザイを責めるつもりはなく、思わず愚痴をこぼしただけだろう。父に「お疲れ様です」とザイは心の中で言う。

 大人しくしている息子を、宰相はしばらく顔をしかめて眺めていたが、やがて諦めたようにため息をついて言う。

「陛下が、明日からの王妃の護衛にお前を、と」
「え⁉︎  何それ伺ってない!」

 お前が帰った後の話だ、と言う父に、何で止めてくれなかったのとザイは思わず言う。

「止められたものか。王妃たっての『お願い』を、その場で陛下が了承なさったのだから」

 それはにこやかにな、と宰相はまたため息をつく。

 たしかに、貴人要人の警護は、ザイがよく申し付けられる仕事ではある。

 護衛としての能力を買われてのことはもちろんであるが、何より期待されているのは、護衛を通じて相手の懐に入り込み、護衛対象とその周辺の内情を探ることである。

 しかし、今回は……、

 ザイは退出する前に見た主人の顔を思い出す。公務に忙殺される主人が、とっておきのおもちゃを手にした子どものような顔をしていたのを。

 しかし、それはそれとして。あの陛下が他国の王妃とは言えそんな「個人的なお願い」を聞くなんて。

「あの、さ。陛下、随分王妃様と親しくなられたみたいだけど」

 仲、良すぎない? と、おずおず宰相を見るザイに、宰相は事も無げに言う。

「陛下より5歳年上は範囲外だとの言質は頂いた」
「左様でございますか」

 つまりは陛下にそう言う事聞いたんだ、父さん。

 王妃が退出された後に伺った、と付け加えられても、さすがは鉄面皮の二つ名の宰相閣下だとザイは呆れる。

 そんなザイを見やって宰相が言う。

「お前はどうなんだ。お前は年もそう変わらん」

 ザイ、本日2回目の機能停止。

 ザイは混乱しながらも声を絞り出す。

「ないよ。恐れ多い」
「そうか?」
「そうか? って父さん、なんて事言うの⁉︎」

 ご滞在中に間違いがあっては困る、とまで父に言われたところで、やっとザイは叫んだのだった。
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