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05 理想的な飼い犬

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 それにしても、ザイによくなついている。

「精霊なのに、かわいいね」
「でしょう? 父に敵意がなければ、いきなりみ付いたりしないから大丈夫」

 君もでてごらんよ、とザイに言われ、トランが恐る恐る近づくと、一頭が鼻先をスルリとり付けてきた。トランはあごのあたりにそっとれる。じっとしているので、そのまま撫でてやると、目を細めて尻尾しっぽをパタパタし始めた。

 その様子はまさしく犬である。光っていることを除けば。

「閣下が契……、飼ってらっしゃるの?」
「いや、元々母が連れてたんだけど、何でか父に懐いて離れなくなったんだって」

 ザイが言うには、宰相夫人が若い頃、北の山に出かけた時、四頭は現れたらしい。

「北の山というと、魔物の沢山いるあの、」

「そう。そこで母がシロたちを拾って……っていう言い方をしてたけど、きっと契約したんだろうね。それから母について山を降りて。
 普段はほとんどどこか隠れてたらしいんだけど、父を見つけた途端にまた出てくるようになったって聞いてる。
 その頃父は西とのやり取りをしててね、やたら命を狙われてたらしい。それでシロ達がお手伝いに出てきたんだろう、って母は言ってた。
 うん。なんでこの説明で犬って納得してたんだろうね、僕」

 四頭は、シロ、ビャク、ハク、ユキ、という名前らしい。顔があどけないのがシロ、少し気難しそうなのがビャク、キリッとしてるのがハク、かわいらしいのがユキ、とザイが説明してくれた。

 といっても四頭を初見で見分けるのはかなり難しい。だから、君のお母上は、なぜ魔山に? とか、宰相はなぜ四頭に懐かれたんだ? とかいう疑問をトランは置いて、四頭の名前と顔つきを覚えることに専念した。

「それはご両親のご結婚前の話?」

「そう、僕が生まれる前の話。それでなんやかんやで結婚した、と僕は聞いてる」

「……なるほど、それは説明しづらいめだね……」

 宰相夫妻の結婚が、世間に「恋愛結婚」以外にはっきりとした説明もないままだったのはそういう事情もあったのか。

 精霊を使役しえきする者はそう多くない。ましてや精霊が使役者以外に、しかもほとんど魔力を持たない者に懐くなど、トランの知る限り例はない。
 常識外のことを説明するのは面倒だろう。

 まことしやかにささやかれているドロドロとした政略結婚説とは程遠いザイの話に、トランはちょっとだけ脱力した。

 そんなトランに、ザイが聞く。

「やっぱり君にも光って見える?」
「うん」

 即答するトランに、確定だね、とザイがひとりごちる。怪訝けげんな顔をするトランにザイは説明する。

「どうもね、魔力が少ない人は光っては見えないらしい。僕の友達も、『犬だよね?』『犬なのか?』『犬じゃないだろ』派に分かれててね」

「光って見えないご友人も、犬だとは断言はしないんだね……」

 子供の頃、当たり前に犬だと思い込んでいたものが、大人になってみると、全く別物に見えただろうザイの友人たちの困惑を想像して、トランは遠い目をする。

 ザイも「まあね」と苦笑して言った。

「うちの父には光って見えなくて、ちょっと大きい変わった普通の犬に見えるんだって」

「え、まさか閣下は本当に普通の犬だと?」

「いや、本当は分かってるけど、普通の犬で通してるんだと思うよ」

「そうだよね!」

トランは安心した。

「僕が小さい頃父に、現れ方が普通じゃないから普通の犬じゃない! って言ったらね、『においもなければ毛も落ちない。滅多めったに吠えないからご近所に迷惑もかけない。神出鬼没しんしゅつきぼつくらい気にするな』だって。それで僕『神出鬼没』って言葉覚えたんだよね」

 確かに、室内飼いするなら打って付けですけど。ご近所づきあいは大切ですけど。それで気にするなというのは無理なのでは?

 トランの抱いていた宰相の印象がちょっとだけ変わってしまった。
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