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22 人の世話をしている場合でない

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 西の宮と、その姫の茶会でのことだった。

「結婚、ですか?」
「そう、どう思うかな?」
「はっきり申し上げて、想像もつきませぬ」
「そうであろうな」

 あっけらかんと告げる姫に、父である西の宮は安心し、いや、安心している場合でないな、と反省する。

 西の宮の姫には、いくつか結婚の話がある。
 だが、北の宮は相変わらず小競り合いが続いており、この西の宮であっても情勢が読めない。姫の婚約は宙に浮いたまま、ここまできてしまった。

 というのは言い訳で、西の宮が愛娘を手放したくなかっただけである。

 しかし、さすがにこのままは、よくない。西の宮がようやく重い腰を上げるに当たって、まずは本人に尋ねてみたのだが、予想通りの姫の答えであった。

「でも、そうですね、父上。私は結婚するなら、私と槍の試合をして下さる方が良いです!」
「ほう」

 西の宮は苦笑する。シファを教師にした西の姫は、槍においては西の宮を凌ぐまでに成長していた。もちろん、シファに習う本来の目的である礼儀作法もしっかり身につけていたが。未だに恋物語より冒険譚を求める姫である。

「それで魔法や結界について詳しい方なら、尚更嬉しゅうございます」

「なるほどな」

 西の宮の脳裏に、姫の条件にうってつけの男が浮かぶ。

 カイルもまだ結婚の話までは出ていない。多少歳は離れているが、十分に候補となり得る。カイルは皇帝の侍従であるため、西の宮を継ぐ姫とは通い婚になってしまうだろうが。

「確かにな」

 政治的にもカイルを婿に迎えるのは悪くない。東の宮などは寧ろそうしろ、と言っている。そうすれば、表立って今上への支援ができる。また、自分亡き後を考えれば、姫の側にカイルがいるのは心強い。

「しかしな」

 しかし、それも、北の宮が落ち着いていれば、の話である。

「父上?」

 一人思案しているらしい西の宮を不思議そうに見る姫の後ろで、シファはお茶のおかわりを用意しながら、無表情を装って、笑いを堪えていた。

 西の宮はカイルを気に入ってはいるが、娘を娶せるとなると話はまた別である。

 西の宮は、魔導師主体の西の軍にも、槍術に秀でた者を育てることを決意した。

 指導にシファも当たることになった。軍に志願する者が増えたと言う。

 ※

「シファは結婚しないのか?」

 自分が聞かれたので、身近にいるシファにも聞いてみた。そんな単純な理由なのだろう。姫はシファとヨシュアの今の関係を知らない。そうでなければ、今のシファにこんな質問はできない。

 無邪気な姫の質問に、和やかなお茶会は一瞬で凍りついた。シファと目が合うことを恐れ、笑顔を貼り付けたまま、皆、微動だにしない。控える侍従・女官はもとより、西の宮も例外ではない。

 シファはその空気をものともせず、答えた。

「はい、いたしません」

 柔らかく控えめに、しかし、明瞭に。
 聞く者が聞けば、「余計なことはなさらないでくださいまし」と聞こえるように。

 シファの夫となる者は、宮の秘密を知っても問題ない立場にいなければなるまい。
 そういう考えもあってヨシュアを支援している西の宮には、特にはっきり聞こえた。

「そうか、シファが『まだ』なら、私など『まだまだ』だな!」
「いや、姫よ、それは人それぞれであるから……」

 シファは「まだ」結婚しないのではなく、「一生結婚する気はない、少なくともヨシュアとは」という意味で言ったのだよ、と言うわけにもいかず、西の宮は苦笑いをするにとどめたのだった。
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