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終幕
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「中国に住む者すべてが、共産党政権を支持してると思うか?」
王は細剣を構えたまま、音もなく横に移動する。
「1989年。私の十歳年上の従兄が、天安門広場で政府軍に殺された」
和真は黙ったまま、眼を細めた。
「とても仲のいい従兄だった。学生で中国の未来に希望を持ち…民主化を望んでいた。そしてデモに参加した従兄は、その他の多くの学生とともに、無残に虐殺されたのだ」
王はそこから突きを出す。和真は間合いを切って躱した。
「いつか機会を得て、共産党政権に復讐する。それが私の密かな願いだった。そして西村と接触し、その開発が正確な弾道ミサイルであることを知った時、私はこれだ、と思ったのだ」
王の唇に、笑みが浮かぶ。
「イグニスを北京に打ち込む計画を、宗方に提案したのは私だ」
「そうなのか?」
話を聞いた和真が、宗方に視線を向ける。
「宗方は私の提案に乗ったのだ。このミサイルで独裁者とその周辺幹部が死んだ後、米国に亡命している中国文学者がSNSで民主化を呼びかける手はずになっている。この点火(イグニッション)を機に、中国も変わるはずだ……内乱になるかもしれない。だが、此処からが始まりだ」
王世凱の言葉の後に、宗方が口を開いた。
「今からでも遅くない。お前たちも、この計画に加担するのだ。中国に民主化の動向が広まれば、その潜在勢力を掘り起こし、情報を得る任務が必要になる。公安はその時、警察庁の一部ではなく、CIAのように諜報活動と政治工作を行う公安庁になるのだ。
そうすれば、もはや政府を転覆させる力のない左翼や右翼をつけまわし、仕事をしてるフリをする必要もなくなる。公安の力はもっと広範囲な、実際的な『力』となるのだ! 警察の一部ではなく、それと肩を並べる庁として、公安は生まれ変わる。その時、公安庁は亜細亜の中で、トップの実力を持つインテリジェンス機関となるだろう。その勢力は、大きく広がる!」
「…その腹案の元に、公安の一部がイグニッション計画に賛同したのか」
佑一は呟いた後、鋭く目を細めた。
「そうか……江波首相も腹心の防衛大臣も、実は計画を了承済みなんだな。あの独裁志向の強い江波首相にとっては、戦争の危機になれば政府の権限を強めるまたとないチャンスになる。一部の人間だけが知る、極秘計画――」
佑一の言葉を聞き、宗方が口を開いた。
「そうだ。それをあの男――西村は、強固に協力を拒んだ。あまつさえ、これを実行できないように公表するとまで言った。あの中国女にたぶらかされて、機密を売った非国民が! 我々を裏切った者の見せしめになるように、井口を殺した。お前たちも、そうなりたくはあるまい? 何もする必要はない。あと5分……あと5分でミサイルが発射される。お間たちは黙って、それを見過ごせばいい、それだけの事だ。何の罪にも問われることはなく、むしろ事の成就のおりには、相応の地位が約束されるだろう。どうだ、悪い話じゃあるまい?」
宗方が目をぎらつかせながら、いやらしい笑いを浮かべる。佑一は嫌悪するように、その表情を見つめた。
「あいにくとオレは、国民を守らないような国家を信用しない。発射は阻止させてもらう」
「黒岩、殺れ!」
宗方の声を合図に、佑一にナイフを持った黒岩が襲いかかった。
佑一は瞬時に、その突き出した手を小手打ちにする。
「くっ」
黒岩が表情を変える。しかし黒岩はナイフを柔らかく構え、ゆらゆらと揺らしている。攻撃軌道を読ませないための、プロの手口だった。
佑一は警棒を持った右手を耳の横まで振り上げる。その攻撃のモーションに、隙を見出した黒岩がナイフを突き出す。だが、それが誘いだった。
佑一は左手でナイフを巻き取り、肘でディザームした。ナイフを奪われた黒岩の眼が、驚愕に開かれる。その側頭部に向けて、佑一は警棒の柄を思いきり打ち付けた。
「ぐ――」
短く呻いて、黒岩の巨躯が床に倒れる。
和真はその様子を横目で見ると、王世凱に話しかけた。
「なあ、お前も、もういいんじゃないか?」
「何を言い出す?」
王世凱は、細剣を構えたまま和真を睨む。和真は言った。
「……お前の気持ちも判らないじゃないさ。だけどさ、俺は別にお前とも、お前の国とも戦いたいわけじゃないんだよ。お前だって、武の漢字の成り立ちを知ってるんだろう? お前の国から来た文字だよ」
「私の武は――敵を倒すことだ!」
王世凱は唇を歪ませると、声を上げて鋭い突きを踏み込んできた。
和真が動く。先に動いた王より先に、和真の警棒が王の額を打つ。そしてそのまま拳が、王の顔面を打ち抜いた。
「ぐああぁっ――」
王の身体が吹き飛んで、床に転がった。
決着がつき、和真は宗方が座るコントロールパネルに近づいた。
「近寄るな! ミサイル発射は阻止させん!」
「佑一、抑えといてくれよ」
佑一も近寄り、宗方の身体を椅子に抑えつけた。と、佑一は何かに気付いて、表情を変える。
その抑え込まれた下で、宗方が笑った。
「はっはっはっ! もう遅い! ミサイル発射は、ここの停止ボタンでは停止できぬようになっているのだ。これを停止させるには中止プログラムでできた中止キーのインストールが必要だ。もう、お前達に、発射を止める手立てはない!」
勝ち誇った声をあげる宗方に、和真は振り返って見せた。
「ところが、そうじゃないんだな」
和真の手に、メモリーが握られている。
「それは……まさか?」
「そう、中止キーさ」
和真はそう言うと、コントロール機のスロットに、メモリーを差し込んだ。中止プログラムをインストールする。
「馬鹿な! 何故、お前たちがそれを持っている……?」
「公安に捕まった時、中条警部がとっさにダウンロードしてたのさ」
唖然とする宗方に、佑一が答えた。
基地に向かう前に、今日子は公安に拘束された際に、佑一の陰に隠れてダウンロードをしていたことを告げた。今日子のとっさの機転だった。
インストールが終了し、カウントが止まる。残り時間、00:01;03と表示されていた。
「馬…鹿な……」
呆然となった宗方が、力が抜けたように崩れる。その眼は虚ろに開かれていた。
「さて、さっきあんたは自白したから、西村と井口殺しの容疑者として逮捕させてもらうぜ」
「いや、和真。こいつは犯人じゃない」
手錠を取り出した和真に対し、佑一が言った。和真が眉をひそめる。
「なに? どうしたってんだ、一体」
「この人には、もう…それだけの力がない」
佑一は、宗方を見下ろしてそう言った。その言葉に応えるように、宗方が口を開く。
「末期癌でね……。もう、余命半年もない…」
「全て貴方の命令だったにせよね。違いますか、宗方陸佐?」
「いや……すべては私のしたことだ」
宗方は、首を振ってそう否定した。それに対し、佑一は言った。
「そうやって、自分が全ての罪を被る予定で、計画を練ったのですね。自分の暴走でミサイルを撃つ、という計画も、仮に国際犯罪として日本が糾弾される事になった時、貴方一人の企てとして責任を他に向けないための方策だった」
佑一の言葉に、宗方は頷いた。
「もう、私に思い残すことはないからな……。自衛官の心構えというものがある。それには『われわれ自衛官の本質にかえりみ、政治的活動に関与せず、自衛官としての名誉ある使命に深く思いをいたし、高い誇りを持ち、次に掲げるところを基本として日夜訓練に励み、修養を怠らず、ことに臨んでは、身をもって職責を完遂する覚悟がなくてはならない』という文章があるんだ。…判るかね? 命を賭けて任務に就くが、政治活動は禁止されているのだ。自衛官は、その思うところを述べる事すら禁じられている。もっと自衛隊の立場を理解し、国防について真剣に考えてほしいと願う私の想いを、私はこの計画を完遂し、重大な犯罪者として名を残すことで刻もうとしたのだ。だが……それもついえた」
深いため息をついた宗方に、佑一は言った。
「うろ覚えですが――その心構えには、こんな意味の言葉もあったはずです。『自衛隊の使命は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つことにある』と。…貴方の今回の行動は、それに準じていると言えますか?」
佑一の言葉に、宗方は大きく目を見開いた。
やがて宗方は、深く息をついた。
「見失っていたのは…私の方か……」
それだけ言うと、宗方は深くうなだれた。
その静寂を打ち破るように、不意にドアの向こうから声がした。それだけでなく、大勢の気配が感じられる。
「負傷者四名、確認」
「最上階に、突入する」
ドアの向こう側で、そんな声がした。と、突然ドアが開き、人の群れが流れ込んでくる。それはアクリル盾を手にした、機動隊であった。
「負傷者二名確認」
「佐水巡査部長、ならびに国枝警部補確認」
先頭の者が、そう無線に呼びかけている。ずらりと並んだ透明の盾が、二人の前に壁のように立ちはだかった。
「いや……もう終わったから」
和真が両手を前に出して、そう口にする。その奥から、甲高い声がした。
「前に出して! わたしを前に出して!」
機動隊員をすり抜けて出てきたのは、今日子である。今日子は警察手帳を、燦然と掲げていた。
「警察です! おとなしくしなさい!」
今日子は腰に手を当てて、堂々とそう声を上げる。和真は眉をひそめると、今日子の顔を見た。
「おい……それ止めろって言ったろ?」
「あれ? そうでしたっけ?」
悪びれる様子もなく、今日子はちろっと舌を出した。
教会の前に人が溢れている。眩しい陽光は、純白のウェディングドレスを輝かせていた。
和真と佑一は、ブーケを投げたばかりの青葉に歩み寄っていった。
その途中で、青葉が気づく。
「和真! 佑一も…来てくれたの?」
声を上げて、ドレス姿の青葉が駆け寄ってきた。
「二人とも来てくれるなんて、ありがとう」
白い手袋を着けた手で、口元を抑えながら青葉は言った。
「青葉、結婚おめでとう」
「…おめでとう、青葉」
和真に続いて、佑一が祝福した。と、不意に青葉が佑一の顔を覗き込む。
「なあに、それ? 怪我してるの?」
「ああ、ちょっとな。大したことはない」
青葉は和真を見る。
「なに、二人で喧嘩でもしたの? やめてよ、もう」
「そういう関係じゃない」
佑一は息をつきながら、そう言った。和真が笑いながら口を開く。
「そうそう。俺たちちょっと――日本の平和を守ってきた帰りだからよ」
「まあ…そんなとこだ」
二人の言葉を聞いて、青葉は二人を交互に見た。やがて青葉が、白い花が咲いたように笑う。
「もう、いつもバカばっかり言って」
突然、青葉が二人の顔の間に割って入る。青葉は両腕で、二人の頭を抱え込むように抱きしめた。
「……二人とも、本当にありがとう…」
「おう」
和真がそれだけを口にする。
「青葉…幸せにな」
佑一は、そう小さく囁いた。
王は細剣を構えたまま、音もなく横に移動する。
「1989年。私の十歳年上の従兄が、天安門広場で政府軍に殺された」
和真は黙ったまま、眼を細めた。
「とても仲のいい従兄だった。学生で中国の未来に希望を持ち…民主化を望んでいた。そしてデモに参加した従兄は、その他の多くの学生とともに、無残に虐殺されたのだ」
王はそこから突きを出す。和真は間合いを切って躱した。
「いつか機会を得て、共産党政権に復讐する。それが私の密かな願いだった。そして西村と接触し、その開発が正確な弾道ミサイルであることを知った時、私はこれだ、と思ったのだ」
王の唇に、笑みが浮かぶ。
「イグニスを北京に打ち込む計画を、宗方に提案したのは私だ」
「そうなのか?」
話を聞いた和真が、宗方に視線を向ける。
「宗方は私の提案に乗ったのだ。このミサイルで独裁者とその周辺幹部が死んだ後、米国に亡命している中国文学者がSNSで民主化を呼びかける手はずになっている。この点火(イグニッション)を機に、中国も変わるはずだ……内乱になるかもしれない。だが、此処からが始まりだ」
王世凱の言葉の後に、宗方が口を開いた。
「今からでも遅くない。お前たちも、この計画に加担するのだ。中国に民主化の動向が広まれば、その潜在勢力を掘り起こし、情報を得る任務が必要になる。公安はその時、警察庁の一部ではなく、CIAのように諜報活動と政治工作を行う公安庁になるのだ。
そうすれば、もはや政府を転覆させる力のない左翼や右翼をつけまわし、仕事をしてるフリをする必要もなくなる。公安の力はもっと広範囲な、実際的な『力』となるのだ! 警察の一部ではなく、それと肩を並べる庁として、公安は生まれ変わる。その時、公安庁は亜細亜の中で、トップの実力を持つインテリジェンス機関となるだろう。その勢力は、大きく広がる!」
「…その腹案の元に、公安の一部がイグニッション計画に賛同したのか」
佑一は呟いた後、鋭く目を細めた。
「そうか……江波首相も腹心の防衛大臣も、実は計画を了承済みなんだな。あの独裁志向の強い江波首相にとっては、戦争の危機になれば政府の権限を強めるまたとないチャンスになる。一部の人間だけが知る、極秘計画――」
佑一の言葉を聞き、宗方が口を開いた。
「そうだ。それをあの男――西村は、強固に協力を拒んだ。あまつさえ、これを実行できないように公表するとまで言った。あの中国女にたぶらかされて、機密を売った非国民が! 我々を裏切った者の見せしめになるように、井口を殺した。お前たちも、そうなりたくはあるまい? 何もする必要はない。あと5分……あと5分でミサイルが発射される。お間たちは黙って、それを見過ごせばいい、それだけの事だ。何の罪にも問われることはなく、むしろ事の成就のおりには、相応の地位が約束されるだろう。どうだ、悪い話じゃあるまい?」
宗方が目をぎらつかせながら、いやらしい笑いを浮かべる。佑一は嫌悪するように、その表情を見つめた。
「あいにくとオレは、国民を守らないような国家を信用しない。発射は阻止させてもらう」
「黒岩、殺れ!」
宗方の声を合図に、佑一にナイフを持った黒岩が襲いかかった。
佑一は瞬時に、その突き出した手を小手打ちにする。
「くっ」
黒岩が表情を変える。しかし黒岩はナイフを柔らかく構え、ゆらゆらと揺らしている。攻撃軌道を読ませないための、プロの手口だった。
佑一は警棒を持った右手を耳の横まで振り上げる。その攻撃のモーションに、隙を見出した黒岩がナイフを突き出す。だが、それが誘いだった。
佑一は左手でナイフを巻き取り、肘でディザームした。ナイフを奪われた黒岩の眼が、驚愕に開かれる。その側頭部に向けて、佑一は警棒の柄を思いきり打ち付けた。
「ぐ――」
短く呻いて、黒岩の巨躯が床に倒れる。
和真はその様子を横目で見ると、王世凱に話しかけた。
「なあ、お前も、もういいんじゃないか?」
「何を言い出す?」
王世凱は、細剣を構えたまま和真を睨む。和真は言った。
「……お前の気持ちも判らないじゃないさ。だけどさ、俺は別にお前とも、お前の国とも戦いたいわけじゃないんだよ。お前だって、武の漢字の成り立ちを知ってるんだろう? お前の国から来た文字だよ」
「私の武は――敵を倒すことだ!」
王世凱は唇を歪ませると、声を上げて鋭い突きを踏み込んできた。
和真が動く。先に動いた王より先に、和真の警棒が王の額を打つ。そしてそのまま拳が、王の顔面を打ち抜いた。
「ぐああぁっ――」
王の身体が吹き飛んで、床に転がった。
決着がつき、和真は宗方が座るコントロールパネルに近づいた。
「近寄るな! ミサイル発射は阻止させん!」
「佑一、抑えといてくれよ」
佑一も近寄り、宗方の身体を椅子に抑えつけた。と、佑一は何かに気付いて、表情を変える。
その抑え込まれた下で、宗方が笑った。
「はっはっはっ! もう遅い! ミサイル発射は、ここの停止ボタンでは停止できぬようになっているのだ。これを停止させるには中止プログラムでできた中止キーのインストールが必要だ。もう、お前達に、発射を止める手立てはない!」
勝ち誇った声をあげる宗方に、和真は振り返って見せた。
「ところが、そうじゃないんだな」
和真の手に、メモリーが握られている。
「それは……まさか?」
「そう、中止キーさ」
和真はそう言うと、コントロール機のスロットに、メモリーを差し込んだ。中止プログラムをインストールする。
「馬鹿な! 何故、お前たちがそれを持っている……?」
「公安に捕まった時、中条警部がとっさにダウンロードしてたのさ」
唖然とする宗方に、佑一が答えた。
基地に向かう前に、今日子は公安に拘束された際に、佑一の陰に隠れてダウンロードをしていたことを告げた。今日子のとっさの機転だった。
インストールが終了し、カウントが止まる。残り時間、00:01;03と表示されていた。
「馬…鹿な……」
呆然となった宗方が、力が抜けたように崩れる。その眼は虚ろに開かれていた。
「さて、さっきあんたは自白したから、西村と井口殺しの容疑者として逮捕させてもらうぜ」
「いや、和真。こいつは犯人じゃない」
手錠を取り出した和真に対し、佑一が言った。和真が眉をひそめる。
「なに? どうしたってんだ、一体」
「この人には、もう…それだけの力がない」
佑一は、宗方を見下ろしてそう言った。その言葉に応えるように、宗方が口を開く。
「末期癌でね……。もう、余命半年もない…」
「全て貴方の命令だったにせよね。違いますか、宗方陸佐?」
「いや……すべては私のしたことだ」
宗方は、首を振ってそう否定した。それに対し、佑一は言った。
「そうやって、自分が全ての罪を被る予定で、計画を練ったのですね。自分の暴走でミサイルを撃つ、という計画も、仮に国際犯罪として日本が糾弾される事になった時、貴方一人の企てとして責任を他に向けないための方策だった」
佑一の言葉に、宗方は頷いた。
「もう、私に思い残すことはないからな……。自衛官の心構えというものがある。それには『われわれ自衛官の本質にかえりみ、政治的活動に関与せず、自衛官としての名誉ある使命に深く思いをいたし、高い誇りを持ち、次に掲げるところを基本として日夜訓練に励み、修養を怠らず、ことに臨んでは、身をもって職責を完遂する覚悟がなくてはならない』という文章があるんだ。…判るかね? 命を賭けて任務に就くが、政治活動は禁止されているのだ。自衛官は、その思うところを述べる事すら禁じられている。もっと自衛隊の立場を理解し、国防について真剣に考えてほしいと願う私の想いを、私はこの計画を完遂し、重大な犯罪者として名を残すことで刻もうとしたのだ。だが……それもついえた」
深いため息をついた宗方に、佑一は言った。
「うろ覚えですが――その心構えには、こんな意味の言葉もあったはずです。『自衛隊の使命は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つことにある』と。…貴方の今回の行動は、それに準じていると言えますか?」
佑一の言葉に、宗方は大きく目を見開いた。
やがて宗方は、深く息をついた。
「見失っていたのは…私の方か……」
それだけ言うと、宗方は深くうなだれた。
その静寂を打ち破るように、不意にドアの向こうから声がした。それだけでなく、大勢の気配が感じられる。
「負傷者四名、確認」
「最上階に、突入する」
ドアの向こう側で、そんな声がした。と、突然ドアが開き、人の群れが流れ込んでくる。それはアクリル盾を手にした、機動隊であった。
「負傷者二名確認」
「佐水巡査部長、ならびに国枝警部補確認」
先頭の者が、そう無線に呼びかけている。ずらりと並んだ透明の盾が、二人の前に壁のように立ちはだかった。
「いや……もう終わったから」
和真が両手を前に出して、そう口にする。その奥から、甲高い声がした。
「前に出して! わたしを前に出して!」
機動隊員をすり抜けて出てきたのは、今日子である。今日子は警察手帳を、燦然と掲げていた。
「警察です! おとなしくしなさい!」
今日子は腰に手を当てて、堂々とそう声を上げる。和真は眉をひそめると、今日子の顔を見た。
「おい……それ止めろって言ったろ?」
「あれ? そうでしたっけ?」
悪びれる様子もなく、今日子はちろっと舌を出した。
教会の前に人が溢れている。眩しい陽光は、純白のウェディングドレスを輝かせていた。
和真と佑一は、ブーケを投げたばかりの青葉に歩み寄っていった。
その途中で、青葉が気づく。
「和真! 佑一も…来てくれたの?」
声を上げて、ドレス姿の青葉が駆け寄ってきた。
「二人とも来てくれるなんて、ありがとう」
白い手袋を着けた手で、口元を抑えながら青葉は言った。
「青葉、結婚おめでとう」
「…おめでとう、青葉」
和真に続いて、佑一が祝福した。と、不意に青葉が佑一の顔を覗き込む。
「なあに、それ? 怪我してるの?」
「ああ、ちょっとな。大したことはない」
青葉は和真を見る。
「なに、二人で喧嘩でもしたの? やめてよ、もう」
「そういう関係じゃない」
佑一は息をつきながら、そう言った。和真が笑いながら口を開く。
「そうそう。俺たちちょっと――日本の平和を守ってきた帰りだからよ」
「まあ…そんなとこだ」
二人の言葉を聞いて、青葉は二人を交互に見た。やがて青葉が、白い花が咲いたように笑う。
「もう、いつもバカばっかり言って」
突然、青葉が二人の顔の間に割って入る。青葉は両腕で、二人の頭を抱え込むように抱きしめた。
「……二人とも、本当にありがとう…」
「おう」
和真がそれだけを口にする。
「青葉…幸せにな」
佑一は、そう小さく囁いた。
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