イグニッション

佐藤遼空

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病室の戦闘

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 ゴーグル男のナイフが和真の身体に振り落とされる。
「和真先輩ッ!」
 今日子が悲鳴をあげた瞬間、ナイフが和真の身体に突き刺さった。と、思われた瞬間、ナイフが和真の肩で跳ね返る。ライダースーツに仕込まれた強化プラスチックのプロテクターに当たったのだった。しかし逸れたナイフがそのまま流れて、和真のジャケットの上腕部を切り裂き、腕を引き切った.
「くっ――」
 しかし腹部に突きを喰らったゴーグル男も、後方に飛ばされる。その隙に和真はシーツごと蓮花の身体をベッドから降ろし、回転して扉側の後方に飛ばした。
「逃げろっ!」

 しかしゴーグル男の動きは素早く、ベッドを踏み越えてナイフを突き出した。気配を察した和真は、振り返りざまの後ろ回し蹴りを放つ。が、それが空を切った。
(まさか)
ゴーグル男は突っ込んでくる気配を出して、フェイントをかけていたのだった。ゴーグル男が繰り出したナイフが、和真の左脇腹に突き刺さった。
「ぐ……」
 実戦で、しかも乱戦になると、試合競技のように冷静には戦えないのが普通である。しかしゴーグル男は、和真が手練れだと見るや、冷静な判断で和真を仕留めに掛かっていた。
(甘く見過ぎたか)
 和真は脇腹に刺さるナイフの感触を味わいながら、自分の判断ミスを自覚した。しかし和真は、自分を刺した男の手の甲をがっしりと掴んだ。

 ゴーグルをつけたままの男が、僅かに動揺の気配を見せる。薙刀の型では咽喉を突いた後に、その刃を捻じって傷口を広げる型がある。和真はそれを避けるために手を掴んだのだった。と同時に、相手の動きを拘束したのである。
「破ッ!」
 相手の手を掴んだ左手を固定したまま、右の突きをゴーグルの顔面にぶち込む。そのタイミングで手を放すとナイフが抜け、ゴーグル男は突きを顔面に喰らって後ろに倒れ込んだ。
「ホアアア……」
 和真が低い声とともに呼気を発する。足のつま先側を狭める「ハ」の字型に立ち、肘から先をぐるりと廻す。型『サンチン(三戦)』の廻し受けの形である。
「……」
 顔面を打たれたゴーグル男が、立ち上がってナイフを構える。和真も左手刀を前に出し、構えを取った。

 ナイフを繰り出す。和真はそれを左手刀の僅かな動きだけで払う。繰り出す、払う、繰り出す、払う。まだ決定的な動きではない。
 ゴーグル男が、じり、と前に出た。出る、と思われた瞬間、ゴーグル男は踏みとどまる。しかし和真はそのフェイントも読んでいた。ゴーグル男がフェイントをかけた瞬間、それに引っかかったように僅かに動く。ゴーグル男は好機とみて、思い切った突きを出してきた。
 和真は左廻し受けでナイフの腕を受け流しながら、右の突きをみぞおちに突き込んだ。
「ぐふっ」
 男が呻く。

 空手には大きく言って三つの系統がある。
 首里手・泊手・那覇手という風に呼ばれているが、現在では首里手と那覇手の二つが主だったものである。『手』は沖縄では『ティー(ディー)』と呼ばれているが、それが概ね『手法』であり『武技』という意味で使われている。
 首里城を警備する士族が学んでいたのが首里手であり、港町の那覇で学ばれていたのが那覇手であると言われている。首里手は琉球を支配していた薩摩武士に対抗するために、刀に対する必要上、遠距離の戦いを主とする。対して那覇手は漁師たちの武技であり、船上で戦うために近距離戦を主とする。三戦の『ハ』の字型の足も、波に揺れる船上でも動けるための歩法という説がある。

 和真が学んだのは首里手・那覇手の双方を含んだ古流であり、この時、和真は狭い室内で戦うために那覇手的な戦術を選んだのだった。
 近代競技では防御と攻撃は別になる事が多く、受けてからの攻撃で二拍子の動作になる。が、古流の空手では受けの動作が、そのまま攻撃の威力に乗るような構造であり一拍子の動作で済ます。廻し受けをしながらの突きは、敢えて腕を短く使う突きであるが、内部に負荷を与えるものであった。

 怯んだゴーグル男の動きが止まる。ところを、ごく近い間合いの中で、和真は踏みつけに近い蹴りを相手の膝横に突き込んだ。一瞬、膝が本来曲がらない方向に曲がる。相手がたまらず後退しようとするところを、和真はその腹に横蹴りをぶち込んだ。
「ぶっ――」
 僅かに呻いた男が、腹を抑えながらナイフを向ける。一瞬の迷いの後、ゴーグル男はベッドを踏み越えて、窓の外に飛び出した。
 和真は構えたまま動かない。いや、動けないでいた。

 四階だが、侵入した以上、脱出も可能であろうことは予想がついた。確かめたい気持ちはあったが、それ以上に実は腹の出血によるダメージが大きかったのである。
「う…む……」
 急激に、斬りつけられた腕と腹部に痛みが走り、足から力が抜けて和真は床に崩れた。
「和真先輩!」
 今日子が駆け寄ってくる。
「ナースコールを……」
 和真は言った。それを聞いて、今日子がナースコールのボタンを押す。和真はその間に、別の事を考えていた。

(どうしてこの病院が知れたのか。何故、李蓮花の病室を知っていた……?)
「――中条、麗橋という娘の病室を調べてくれ」
 腹を抑えながら、ベットの脚にもたれた和真は、今日子にそう告げた。それを聞いて、蓮花がやってくる。
「まさか…あの子が、この居場所を教えたのですか?」
「多分…。王に取り入るつもりか……他に戻る場所がないと思ったか……」
 話しの途中で腹部に痛みが走り、和真は顔を歪めた。
「大丈夫ですか、和真先輩!」
「いいから行ってくれ、此処にはナースが来る」
 心配そうな顔を見せたが、今日子は走っていく。

 戦っている最中はアドレナリンが分泌され、出血を抑えたり、痛みを抑制したりする効果が働く。しかしその緊張が途切れると、本来の痛みが身体に戻ってくるのである。
「しっかりしてください、刑事さん」
 心配げな蓮花の顔を見て、和真は精一杯の笑顔を見せた。
「大丈夫ですよ、これくらい」
 病室の外から足音が聞こえて、ナースが入ってくるのが見える。
「どうしたんですか、李蓮花さん? ――あ!」
 倒れている和真を見て、ナースが声をあげた。その後ろから、今日子が駆け込んでくる。
「――和真先輩! 麗橋さん、既に殺されてました!」
「くそ……」
 それだけ呟くと、和真は意識を失った。

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