イグニッション

佐藤遼空

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ジャーナリスト・賀川新平

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 *

 佑一は、ジャーナリストを自称する賀川新平と、川傍の空き地で向き合っていた。
「井口は何故、死んだ?」
「陸自の発表では自殺だとよ」
 賀川は口髭のある口元に、せせら笑いを浮かべた。
「9mmの拳銃を頭にあてて発砲したそうだ」
「…お前はそう思ってない。そうだろ?」
「その三日前に井口から『話を聞いてほしい』と連絡を受けてたからな」
 賀川は電子煙草を取り出すと口に咥えた。

「やれやれ、煙が出なくて小奇麗だとか言って、こんなもんばかり世に出回る。昔はまだ、汚れてる部分があると誰もが知ってた。それが今じゃ、汚れなんて存在しないなんて事にしようとする奴ばかりだ」
「お前は汚れがあると知ってるようだな。井口は何で、あんたに連絡して来た?」
 賀川は一つ煙を吐き出すと、口を開いた。
「もう30年以上前の事件だが…旅客機が墜落する事故が起きた。乗客の大半が死んだ事故だ。何故、墜落したのか、詳細は不明。整備ミス、ミサイルの誤発射等、色んな説が流れてる。ただ、気になったのは、この事故に救助に行った自衛隊員が、二人で自殺した事件があった事だ。遺体は山中で、首を吊って死んでいた。しかしその足元には踏み台も見当たらない。大体、男が仲良く二人で首くるか? おかしいと思ったおれは小さなゴシップ雑誌に、これは自殺を装った殺人で、事故の重要な機密を知ってしまった者の口封じだろうと書いたんだ」
 佑一は黙って、賀川の顔を見つめた。賀川は気にした様子もなく、また煙草を咥えると、煙を吐き出した。

「まあ、大した話しじゃないんだよ、おれも別に本気で書いたわけじゃない。なんのウラもとってない、くだらない戯言記事さ。だがそれを井口は読んでいた。それで、それを書いたのが賀川新平っていう三流ジャーナリストだと知ったわけだ」
「それでお前に連絡をとってきた。そういう記事を書く奴だったら、自分の話しを聞いてくれる、あるいは記事にするかもしれないと。それで井口は、何を話そうとしてたんだ?」
「I計画だよ」
 賀川は頬をすぼめて煙草を吸う。佑一は苛立ったように、口を開いた。
「I計画とは何だ? どういう内容の計画なんだ?」
「それを知ってりゃ、もう書いてるさ。おれはそれを、あんたが知ってるか、その関連する組織の一味だと思って尾行(つ)けてたのさ」
「尾行は下手なようだな」
 佑一の言葉に、賀川は煙と共に噴き出した。

「違いない。そんな事、やった事ないからな。けど、そんなおれでも判る事があるぜ」
 賀川は電子煙草を挟んだ指を、佑一に向けた。
「まずあんたは、普通の刑事じゃない。そうだな、公安だろ?」
 佑一は答えない。賀川はにやりと笑った。
「そしてあんたは、先ごろ死んだ西村孝義の事件を調べてる」
「……どうしてそれを?」
「西村は、井口と同郷なのさ。二人は面識もあったし、懇意にしてた。井口が死ぬ前に、『准教授の西村からも、話を聞いてもらいたい』と言ってたんだ」
「しかし井口は死んだ。いつ頃だ?」
「二週間ほど前だよ」
 佑一はその期間を聞き、思い当たった。

(西村が思いつめた様子になったのが、二週間前だったはずだ)
「お、何か思い出したね。顔に出てるぜ」
 賀川は愉快そうに煙を吐く。
「何に思い立ったのか話してくれたら、もう一つ、あんたにとって重要な情報を話そう」
「……西村は思いつめた顔をしていたと、付近の人間が一様に証言している。それが大体、二週間前だ」
「なるほどねえ。西村には井口が殺された事、その理由が判ってたって事か」
 感心してみせる賀川に、佑一は詰問した。
「次はお前が話す番だ」
 そう言うと、賀川は佑一の眼を覗き込んだ。
「いいのかい、兄(あん)ちゃん? 聞いたらあんたは、もう元の職場に戻れないかもしれないぜ」
 せせら笑いを浮かべる賀川を、佑一は鋭く睨みつけた。
「余計な事を言わずに話せ」
 にっ、と賀川は笑った。

「I計画には、警察――特に公安が関与してるようだ、と井口は言ってたぜ」
 賀川はそう言うと、佑一を見つめる。しかしすぐに、つまらなそうに表情を戻した。
「なんだ、意外に驚かないな」
「想定内だからな」
 佑一がそう言うと、賀川は口を開いた。
「さて…おれの知ってる事はもうないぜ。というより、これからさ」
「お前は……どうしてI計画の事を知ろうとする? 井口や西村が死ん事を考えれば、それが極めて危険な事は判ってるはずだ」
 佑一の言葉を受けると、賀川は黙って煙草を吸い、髪をかき上げながら煙を吹いた。

「…なんでだろうなあ。おれにもジャーナリスト魂? とか、あったのか? ……いや、ないな。そんな洒落たもんは。けど、おれにそれがあるんじゃないか、って思ってくれた人間を…無慈悲に殺した奴らの汚れた顔を暴きたいだけだよ」
 賀川は自嘲気味に笑ってみせた。と、不意に真顔になって、口を開く。
「そういや兄ちゃん、名前聴いてなかったな」
「国枝佑一。公安の者だ」
 佑一は、そう名乗った。

 佑一は自宅にしているマンションに戻ってきた。
 玄関のドアを開けて中に入ると、すぐに足元を見る。佑一は、小さな白い塊を拾い上げた。
(やはりか……)
 それは小さな消しゴムの欠片であった。
 パソコンを和真に預けた夜、佑一は自宅に戻り、玄関のドアの上部にこの消しゴムの欠片を仕掛けたのだった。誰かがドアを開けば、それが落ちる。しかし落ちても気づかれない程の大きさである。
(誰かが入っている)
 佑一は部屋の中へと歩み進んだ。
 特に荒らされたような様子はない。いつものように、片付いた部屋だった。
 佑一は机へと歩み寄った。

 一番下の引き出しを抜く。そして空いた隙間を覗き込み、そこから引き出しの裏に落ちたものを取り出した。
 紐のついた、小さなネームプレートである。これは一番上の引き出しの一番奥に、仕掛けたものだった。誰かが引き出しを開ければ、これが下に落ちる。
(やはり開けられている。部屋中を家探ししたんだろう)
 佑一は着替え類を手早くまとめると、部屋を出た。
(オレがまだパソコンを持ってることを知ってるのは、オレから奪取することに失敗した敵。そして公安のオレの住居を知ってるのは、公安内部の人間のみ)
 佑一は、歩きながら唇を噛みしめた。
(やはり公安内部に、敵に通じてる者がいる)
 佑一は、足を速めた。

 安積は陽の落ちた人気のない公園に来ていた。暗い中で、スマートフォンを取り出してみる。
「……おかしな処に呼び出したものだな」
 安積は独り呟いた。と、その時、前の茂みから人影が現れる。
 眼だし帽の上からゴーグルを着けている。明らかに正体を隠すための装備だった。
「何だ、お前は?」
 安積は相手を睨みつけた。と、男がズボンからナイフを取り出す。安積の顔に緊張が走った瞬間、後ろでも物音がした。安積が振り返る。

 すると後ろにも、同じ格好の男が現れていた。こちらの男は何も持たずに、構えを取る。と、いきなり安積に襲いかかってきた。
 鋭いパンチが安積の顔面を狙う。安積はバックステップで躱しつつ、その前手を捌いた。距離をとった安積は、相手を睨みながら口を開いた。
「牙龍の手の者か。何が目的だ?」
 そこまで言った時、安積はある事に気付いた。
「待て、あのメールは国枝からのもの……お前たち、国枝をどうした!」
 怒号ともとれる声を、安積が上げる。夜の公園に、安積の声が響いた。
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