イグニッション

佐藤遼空

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公安の二人

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 署に戻って会議室に入ると、既に課の人間が席に着いている。和真と今日子が席に着くと、前の席にいた芝浦が振り返った。
「なんか、お二人が行ったヤマで緊急招集されたみたいですよ。そんな凄い現場なんすか?」
「いや……自殺っぽい感じのヤマだったが」
 少し考えながらそう答えると、部屋に多胡課長が現れた。その後ろから、安積と佑一が続いて入る。公安の二人は前の席に座った。
 その二人の隣に立つ多胡課長が声を上げる。
「これで全員揃ったな。それじゃあ、捜査会議を始める。――では、お願いします」
 多胡課長は隣の公安の二人に一礼した。安積が立ち上がり、それに続いて国枝佑一も立ち上がった。
「公安の安積敬(のり)貴(たか)です。こっちは――」
「国枝佑一です」
 名乗った後に、頭を下げると国枝佑一は着席した。安積は立ったままである。多胡課長が口を開く。

「今日未明に発生した西村孝義の死亡事件に関し、公安の方から話しがある」
 そう言うと多胡は着席し、立ったままの安積が口を開いた。
「本件の西村孝義死亡の件は、他殺を前提として捜査していただきたい」
 一瞬、席がざわついた。が、構わず安積は話を続ける。
「それともう一つ。本件は捜査一課からの捜査員は配置せず、帳場も立てない。所轄の諸君と、我々だけで捜査を行うつもりであるから、くれぐれも尽力をお願いする」
 さすがにざわつきが大きくなった。
「どういう事だよ…そりゃあ……」
 和真が小さく呟いた。

 通常、殺人事件ともなれば、警視庁から捜査一課の捜査員が来て、所轄の刑事とペアを組み捜査を行う。帳場と呼ばれる捜査室を設け、各自が調べた情報はそこに提出して総合的な判断を下すのが通例である。
「あの…そりゃあ、どういう理由ですかな?」
 北山仁司が手を上げて、薄笑いを浮かべながら質問した。その態度に、安積は睨みつけるような目つきで口を開く。
「西村孝義は観察対象だった。事は機密に関わることで、情報を拡散させないために、最小限の人数で捜査を行ってほしい。なお、これは公安本部の意向で、捜査の主導は我々で行わせてもらう」
 その断言に、ざわめきが一層大きくなった。その中で、北山が今度は真顔で質問する。
「それで、西村は他殺と決め打ちしろって事ですか?」
「西村は他殺だ。我々の情報源から、それは確定している」
「それは、どんな情報ですか?」
「それを君たちが知る必要はない」
 安積は傲然と言い放った。その態度に、王日署の人間は不満を顔に出した。ピリピリとした空気の中、和真は口を開く。
「あの~、それで西村についてそちらが知ってることがあるんですよね? それくらいは話してもらわないと」

 安積は和真に顔を移すと、一睨みした後で口を開いた。
「一部だが、明かしていい情報だけ提供しよう。国枝」
 安積は横に座っていた国枝佑一に発言を促した。佑一が立ち上がって、話しを始める。
「西村孝義、43歳。三年前に離婚して独身、家族は郷里の群馬に母親がいるのみ。王日大学の准教授で、学内の厚木研究所にも所属している。専門は電子工学。西村は厚木研究所で、新式のレーダー技術の開発に従事している。激甚化する気象災害に備え、より正確な気象情報を得るための新しいシステムを構築中という事です」
 佑一はそれだけ言うと、席に座った。皆、各自の手帳にメモを取っている。和真もそうしているのを見て、今日子もそれに倣った。
「皆さんには関係者の聞き込みをお願いしたい。得られた情報は、くまなくこちらに提供すること。――では、よろしくお願いします」
 安積が一応、小さく礼をし、佑一も立ってそれに倣う。と、安積と佑一は、連れ立って会議室を出る気配を見せた。それに対して、多胡課長が口を開く。

「あ、安積警視はどちらへ?」
「一回、本庁に戻った後、厚木研究所へ行きます。それ以外の場所の捜査を頼みます。何かあったら、連絡を」
 それだけ言うと、公安の二人は足早に会議室を出た。それを見た和真は、二人を追って駆け出す。廊下に出ると、和真は声をあげた。
「――佑一!」
 呼ばれた佑一が振り返る。安積が口を開いた。
「なんだ、同期か?」
「いえ…幼馴染です」
 先に行ってるぞ、とだけ言うと、安積は歩き去った。そこへ和真がやってくる。

「佑一」
「…なんだ?」
 眼鏡の奥の眼を、佑一が和真に向ける。それは親密な色のない眼だった。和真は一つ息をつくと、苦笑いをした。
「いや…久しぶりだからな。調子はどうだ?」
「見ての通りだ」
 あくまで冷たい口調の佑一に、和真は訊いた。
「どうして公安が、彼を認知してたんだ?」
「それは言えない」
 佑一の断定的な物言いに、和真は黙った。が、気を取り直したように、再び口を開く。
「公安ってのは本当に秘密主義なんだな。お前が公安を目指してたとは知らなかったよ」
「公安を志望したわけじゃない。単に語学力を買われただけさ」
「ふうん。…ところで、お前のところに招待状は届いたのか?」
「招待状? 何の?」
「青葉が、結婚するんだ」
 和真の言葉に、冷静だった佑一の顔に驚きの影が差した。

「そう……なのか」
「お前だけ連絡先が判らないから、って俺に言付けがあったんだよ。やっぱり招待状も届いてなかったんだな」
「ああ。公安捜査員は連絡先や住所も、極秘事項だからな。…それで、いつなんだ?」
「今週の日曜日だ。相手は職場で知り合ったシェフ。青葉、今、店をやってるんだぜ、知ってたか?」
「そうだったのか。そうか……オレは行けないから。青葉におめでとうと伝えておいてくれ」
「判ったよ」
 和真は軽く微笑んだ。
「話しはそれだけか。俺は安積さんを待たせてるから、行かないと」
「ああ、悪かったな。――まあ、このヤマは一緒にやろうぜ」
 和真は微笑んで見せたが、佑一の表情に笑みはなかった。佑一は中指で眼鏡を上げながら和真を見ると、その場を去っていった。

「――和真先輩と国枝佑一さん、二人の知り合いが結婚するんですね?」
 そう、背後から声をかけてきたのは今日子である。和真は答えた。
「ああ、高校で一緒に剣道やってた仲間なんだ」
「…あの国枝さんって人が、仲間だと思ってるかどうかは判りませんよ?」
 そう言って覗き込んだ今日子に、和真は笑ってみせた。
「そんな事はないさ。あいつは、仲間想いの優しい奴なんだよ」
「あの人がですかあ?」
 今日子は疑わしい、という顔で眉をひそめて見せた。
「ま、今、そう見えなくても、根っこは変わらないさ。戻るぞ」
 それだけ言うと、和真と今日子は会議室に戻った。

 会議室では、王日署員たちの不満の声が洩れていた。
一番若い芝浦の声が聞こえてくる。
「――なんすか、あれは? 公安って、あんな偉そうなんですか?」
「ま、連中は普段は捜査などしないからな。なにせあいつらは『起きた事件』ではなくて、『これから起こる危機』を防ぐのが仕事だ。自分たちが日本の秩序を守ってるんだという、妙な自負心がある。偉そうなのも無理はない」
 仁はそう答えてやった。そこにリーゼントヘアにした曾根崎大樹警部補が、口を開く。
「しかし……決め打ちの上、主導権まで取るとはな。長官襲撃事件の反省がないらしい」
「なんです、それ?」
 質問したのは、和真より二つ年上の巡査部長、平潔である。

「90年代に、警察庁長官が狙撃されるという事件が起きた。事件はその直前に起きた巨大カルト教団による陰謀だと、警察は考えていた。しかし教団による証拠はほとんどなく、別の強盗事件で捕まった男が犯行を自供した。しかし警察はその自供を『信用に値しない』と言ってとりあわず、長官狙撃は教団によるものとして捜査を続けた。…しかしな、実はその男の単独犯行である証拠は、幾つも挙がってたんだ。だが警察はそれを握りつぶした」
「なんでです?」
 芝浦が不思議そうな顔で訊く。
「公安だ」
 曾根崎が渋い顔をして、そう口にした。

「公安が、教団陰謀説を絶対に曲げなかった。当時、色んな部署や科学捜査なども加わっていたが、主導権は公安が牛耳っていた。教団陰謀説に不適合な証拠は、見て見ぬふりをされたのさ。その挙句が、『真相不明』のままの事件終結だ。公安は、絶対に自分たちの間違いを認めない。…まあ、そういうとこだよ」
「なんだそれ、ひどい話だなあ」
 身体の大きな平が笑った。が、その場で笑っているのは、平だけである、。平は自分の場違いに気づいて、笑いを止めた。そこに多胡課長がやってくる。
「まあ、とにかく俺たちは、捜査をするだけだ。各自、己の仕事をきちんと果たせ」
「うぇ~い」
 仁が低い声で返事をする。
「曾根崎と平は付近の防犯カメラをあたってくれ、北山と芝浦はマンションの住人、佐水と中条は大学に行ってくれ」
「判りました」
 王日署の面々は、返事をすると散らばっていった。

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