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こうであってほしいレースものアニメ第一話
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デジタル数字が凄まじいスピードで上がっていく。282…312…325…。体感している圧もそれにともなって重くなっていく。対Gスーツを着ているとはいえ、その加速圧は細身の身体を容赦なく抑えつけた。
「リコ、オーバースピードです。減速してください」
抑揚を抑えた女性の機械音声が響く。マシン搭載のAI『mia』の声だ。目の前にいるマシンを睨むリコは、miaに言い返した。
「ここで減速して勝てるっての? そんなチョイス、あたしにはないわ」
「タイヤの消耗により、次のコーナーでコースアウトします」
「何それ、予言?」
「計算です」
「計算通りやって、勝てたことあんの?」
リコはそれだけ言うと、さらにアクセルを踏んだ。目の前の機体――クィーンことアリシアの狩る緑の機体が迫って来る。緑の機体が減速した。
「今だわ」
リコは横に出てアウトから抜きにかかった。直後、二体のマシンはコーナーにさしかかる。リコのピンクの機体がアウトからオーバーテイクしていく。…はずだった。
リコの機体のタイヤが横滑りする。機体は遠心力に負けて、横に大きく膨らんだ。
「嘘! ちょっと――」
機体が壁に衝突し、スピンを始める。その間にアリシアの機体はコーナーを抜けた。リコの視界はもう、コースを捉えきれてない。だが、リコは既視感に囚われていた。
(ああ、あたし…回ってる)
リコが思い出したのは、バレエをしていた時の光景だ。バレエの先生だった景子先生の声が飛ぶ。
「はい、そこでターン。軸をぶらさないようにね」
片足つま先立ちになって姿勢を伸ばし、身体をターンさせた。一回、二回……
「セイフティ・モードに入ります」
miaの声がする。身体が受けた大きな衝撃に、リコはがっくりとうなだれた。リコの耳には、実況者の声は聞こえてなかった。
「おーっと、ここで新人・兵藤リコ、大きくコースアウトだ!」
「う~む、コーナーへのインスピードが速すぎましたね」
「残念ですね、デビュー戦にして3位につける奮闘ぶりでしたが……兵藤リコ、ここでリタイアです――」
*
「何を考えてるの、あなたは!」
ピットでそう怒鳴ったのはマネージャーの千代子だ。黒髪のロングヘアーが、揺れた。
「だって……タイヤが滑るなんて、ゲームではなかったんだもん!」
「あのね、リアルのレースではタイヤは走るごとにすり減ってるの。グリップが無くなれば地面を掴む力が弱くなって滑る。覚えておきなさい」
「は~い、学習しました」
リコは悪びれた様子もなく、頭の後ろで両腕を組んだ。千代子はそんなリコに、なおも言葉を続ける。
「それと、miaの言う事をちゃんと聞いて。miaはあなたに最適な走り方をアドバイスするパートナーなのよ」
リコはピンクの機体のコクピットを横目で見る。
「コンピューターの言うこと聴いて勝てるんだったら、他のチームみたいにAIに走らせればいいじゃない」
「リコ!」
リコはそれだけ言うと、ピットからコースの方へと出て歩いた。遠くの方では表彰台で、1位のキングと2位のアリシア、3位のジェイドが表彰されている。
「リコ! 大丈夫だったの?」
声をかけてきたのは、養成スクールで同期だった短髪を逆立てようなスタイルの深河アサカだ。後ろにはアサカと同じチームで、やはり同期の小野泉がいる。
「大丈夫。けど…デビュー戦で早速やっちゃったよ。メカニックの玄さんには『今度ぶつけたら、承知しないぞ』って怒られるし、マネージャーにはもっとAIの言うこと聞けって言われるし」
「AIは最適解を出すの」
そう口を挟んだのは水色ロングの髪に、一筋だけ青が入っている泉だ。
「じゃあ、あっちの人たちは常にAIの言うこと聞いて勝ってるの? そうじゃないでしょ」
リコはそう言って、表彰台の方を見た。表彰台では、三人がフラッシュを浴びている。
「磐石な走りでミスをしないキング。感覚にまかせて驚くような走り方をするクィーン。タイプはまったく違うんだけど……あの二人を抜く人は、ここ3年間出てないって」
「不動の上位陣なの」
リコは遠い眼でその賑わう様子を見た。
「けど…その先に行かないと、あたしが此処に来た意味がないわ……」
リコはひとり呟いた。
CM
画面に表示される『YOU WIN』。
「あ~、ゲームだと勝てるんだけどな~」
リコはそう言って、コントローラーを持ったまま後ろにひっくり返った。狭い部屋の中、リコはゲームをしている。リコは、過去のことを想い出していた。
“兵藤リコくん、レースに出てみないかい?”
それはチームオーナーが、リコに会いに来た時のことだった。
「期待……されてるのかなあ…」
寝そべったリコが独り呟いた時、階下から声がした。
「リコ! 手ぇ空いてるんだったら、ちょっと手伝っておくれ!」
「は~い!」
リコは起き上がると駆け出した。階下はリコの祖母がやってる、お好み焼きの店である。「はい、お待ち!」と声を上げながら、リコは働き始めた。
不意に入ってきた客に、リコは目を止めた。
「いらっしゃいませ! えー……」
キョロキョロしながら入ってきたのは、背の高い外国人女性である。髪の毛を真ん中で、赤とブラウンに染め分けている。外人女性はリコの姿を見ると、声をあげた。
「あら! ヒョウドウリコじゃない? 何してるの、こんなとこで?」
「……クィーン…あ、いや、アリシアさん、いらっしゃいませ。此処はあたしのお婆ちゃんのお店なんです」
「え! マシュロンで三ツ星とって紹介されてるジャパンのソウルフードの店が、リコのグランマの店? 驚き!」
「あたしだって、クィーンが店に来て驚いてます」
リコは軽く苦笑して見せた。
リコは生地を持ってきて、アリシアの前に置く。
「ねえ、これどうやって食べるの? いや……そもそも食べ物なの?」
「――リコ、もう店も落ち着いたから、一緒にお昼にしたらどうだい?」
そう言ってリコに生地を入れた器を持ってきたのはリコの祖母だ。リコは祖母にわっらってみせた。
「ありがとう、お婆ちゃん。それじゃあクィーン、一緒に食べますか?」
「クィーンじゃなくて、アリシアって呼んで♡」
しばらくして。
「…う~ん、美味しいわ、これ! 未知の世界を切り拓いた感じ♡」
「よかったです、美味しく味わってもらって」
そう笑顔を返したリコを、アリシアは好奇心の眼差しでじっと見つめた。
「ねえ、リコはどう? あなたは他のレースで聞いたことがない。ネクシアレースに急に参戦してきたんでしょう。未知の世界の、味わいはどうかしら?」
「う~ん…なんか難しいです。ゲームとは勝手が違うし、AIのいうこと聞けって言われるし……。アリシアさんは、AIの言うこと聞いて走ってるんですか?」
リコの質問に、アリシアは静かな微笑を浮かべた。
「う~ん、ちょっと言うことを聞く、聞かないっていうのとは違うかなあ」
「違うって、何がです?」
アリシアは微かに笑みを浮かべたまま、口を開いた。
「ねえ、ネクシアレースに女子が多い理由、判る?」
「え? いや……そういえば……」
アリシアは少し目を伏せた。
「以前のモータースポーツは、レース中の事故で死者が出ることもある危険なものだった。ドライバーの負担は大きく、最高峰のレースには肉体的負担に耐えられる男性ドライバーしかいなかった。それが技術の革新で、安全性と負担の軽減が急速に高まったの。
衝撃吸収性のある剛性のカーボンファイバーでシャーシが創られ、ドライバーのスーツにも衝撃吸収性素材が使われてる。そしてオーバースピードによる事故を計算によって予測し、ドライバーに警告を与え、事故の際にはドライバーに変わって機体制御を行うAI。これらの技術が結晶し、ネクシアレースの事故率をドライバー負担率は極限まで低下した。その結果、なにが起こったか?
競馬やボートレースの世界では既に起きていたことだけど、重量軽減のため、女性ドライバーがこぞって起用されるようになったの。それまで男の世界だったレースの世界で、女が主役をはる時代が来たのよ」
アリシアの話を、リコはポカンとした表情で聴いていた。アリシアは話を続ける。
「AIはね、私たちの命を守ってくれるパートナー。言うことをきくとか、きかせるとか、そういう関係じゃないの」
アリシアの言葉に、リコは言葉を返した。
「けどAIの言う通り走るんだったら、ドライバーはいらなくないですか?」
「それはね、AIと信頼関係ができてないのよ」
「信頼…関係? AIとですか?」
「そう。AIも最初はドライバーの事を知らない。私たちドライバーも、AIの事を知らない。お互いに理解を深めれば、どこまで攻めて、どこで引くべきか、ペアとしての最適解が出せるようになる。それが信頼関係よ」
リコは、そう言って微笑むアリシアを、じっと見つめるだけだった。
*
リコは、チームのラボにいた。シュミレーションマシンに入り、呼びかける。
「mia、聞いてる?」
「聞いてます、リコ」
シートに座ったリコは、背もたれに体重を預けて、上を向いた。
「一つ提案があるんだけど」
「なんでしょう?」
「この先のレース…そうね、最低でも3つ。本当に危ない時は知らせてくれてもいいけど、それ以外は、あたしに声をかけないで――ただ、見ていてほしいの。あたしの走りを」
リコの言葉に少し間を置いて、miaの声が響いた。
「判りました、リコ」
*
リコはハンドルを握っている。目の前を走るのは、クィーンの緑の機体だ。場内には実況と解説の声が響いていた。
「さあ、ここ三戦と振るわなかった兵藤リコですが、ここに来てデビュー戦以来の三位に着けています。いいですね、兵藤リコ」
「調子を取り戻したんでしょうか。これなら三位入賞も夢じゃありませんね。…前みたいに、無理をしなければ」
コックピットの中では、リコがmiaに話しかけていた。
「ねえmia、この三戦であたしがどういうドライバーか、少しは判ってもらえた?」
「そうですね。あなたは高い技術と鋭敏な感覚を持っているにも関わらず、安全さや確実な結果より、少ない可能性でもより上位を狙って可能性の少ない選択肢を選択するタイプです」
「OK、判ってるぅ! で、今から行くよ、次のコーナー。あたしが何をやっても、黙って見てて」
「――判りました。しかし、安全性に問題があると判断した時には、すぐに機体制御をこちらに移します」
リコはそれを聞いて、メットの中で微笑んだ。
*
アリシアのコックピットの中では、アリシアがAIと会話している。
「リコはさすがに、無理はしないようね」
「現在まで、安全マージンを十分にとった走りをしています」
アリシアのマシンのAIは、物静かな男性の声でそう言った。
「リコ、デビュー5戦目で、ここまで来れただけでも大したものよ」
アリシアはそう呟くと、微笑んだ。
*
「さあ、90度近く曲がるコーナーへ、2位のクィーン、3位のリコが突っ込んでいきます」
実況はそう言った後で、慌てたように言葉を続けた。
「これはどうした事か! 兵藤リコが、減速しません!」
「このままじゃコースアウトする。デビュー戦の再現になりますよ」
コックピットの中では、猛スピードでコーナーへ走っていくリコが、前のクィーンの機体を見つめていた。クィーンの機体のブレーキランプが光、減速する。
リコは減速せず、ハンドルを切りながらアクセルを踏んだ。その瞬間、リコは自分の呼吸音と、心臓の鼓動だけを聴いている。
アウトに出た後にハンドルを切る。しかし機体がスピードに乗りすぎて、外側に振られていく。しかしそこでリコは、ハンドルを逆に切った。
タイヤがコーナーとは逆向きになると同時に、横方向に機体が滑っていく。しかしそこに機体のぐらつきはなく、ノーズを進行方向に向けたまま、機体はコーナーを廻り込んだ。
「なんと兵藤リコ、ネクシアマシンでドリフトを使っているっ!」
実況の声が、驚愕に響いた。しかし膨らんだ分、前を走るクィーンの機体からは離されている。だが、リコは声を上げた。
「今よ、バースト;ブレイクっ!」
「リコ、危険です!」
miaの声を無視して、リコはバースト・ブレイクのギアを引いた。特殊エンジンが点火し、完全燃焼を示す青い炎が後方へ火を噴く。リコの機体が、急加速した。
*
「リコの機体がバースト・ブレイクを使いました」
「リコ!」
AIの声に、アリシアは横を見る。リコの機体が青い炎を放っていた。
「前に出られたら、コースを取り戻せなくなる可能性があります」
「あたしもそう思った! 行くよ、バースト・ブレイクっ!」
アリシアの機体も火を噴く。コーナーを廻りながら、アリシアの機体はインから、リコの機体はアウトから加速していく。二機はほぼ同じタイミングで、次のコーナーのインを取るラインに向かっている。このまま進めば、二機が衝突するかに思われた。
*
「あたしが前に出るっっ!!!」
リコが吠えた。
*
「危険です。向うが先にラインに入ります」
アリシアのAIが、そう宣言して機体を減速させた。
「嘘……」
呆然とするアリシア。けど次の瞬間には、アリシアは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「やってくれたわね、リコ。…けどレースはまだ終わりじゃない。隙があったら、狙っていくわよ!」
「了解です」
*
リコのマシンが、ゴールラインを通過する。その後ろをクィーンの機体が通過していった。
「なんと、兵藤リコ、堂々の二位です! 凄い結果ですね!」
「そうですね。途中のドリフト走行を入れる、めちゃくちゃな走りがクィーンの度肝を抜いたんでしょうか。この後が楽しみですね」
リコはコースを流しがなら、miaに話しかけた。
「ね、あたしのこと判った?」
「ええ、十分判りました。あなたは予測を超えるということが」
その答えを聞いて、リコは軽く微笑んだ。
「ありがとうね、miaちゃん、それって褒め言葉だよね?」
「私の既存データで処理できないという、客観的事実を伝えたまでです」
「あ、miaちゃんとか呼んじゃった。ね、その呼び方でいい?」
「私は構いません、リコ」
リコはその答えを聞いて、嬉しそうに笑った。そして言葉を続ける。
「ね、miaちゃん、あたしたちで行こうよ」
「何処へですか?」
「まだ見ぬ、風景が見える場所だよ」
リコの言葉に、miaは答えた。
「判りました。行きましょう、リコ。まだ見ぬ場所へ」
表彰台に立つリコに、1位となったキングが話しかけてくる。
「おめでとう兵藤リコ。僅か5戦目でこの場所へ立つとは……君は素晴らしい才能があるようだ」
「いやあ、それほどでもぉ」
まんざらでもない様子のリコに対し、キングの眼は笑っていない。
「兵藤リコ……次のレース、期待しているよ」
キングの眼を見て、リコは笑顔で答えた。
「はい! 期待していてください!」
「リコ、オーバースピードです。減速してください」
抑揚を抑えた女性の機械音声が響く。マシン搭載のAI『mia』の声だ。目の前にいるマシンを睨むリコは、miaに言い返した。
「ここで減速して勝てるっての? そんなチョイス、あたしにはないわ」
「タイヤの消耗により、次のコーナーでコースアウトします」
「何それ、予言?」
「計算です」
「計算通りやって、勝てたことあんの?」
リコはそれだけ言うと、さらにアクセルを踏んだ。目の前の機体――クィーンことアリシアの狩る緑の機体が迫って来る。緑の機体が減速した。
「今だわ」
リコは横に出てアウトから抜きにかかった。直後、二体のマシンはコーナーにさしかかる。リコのピンクの機体がアウトからオーバーテイクしていく。…はずだった。
リコの機体のタイヤが横滑りする。機体は遠心力に負けて、横に大きく膨らんだ。
「嘘! ちょっと――」
機体が壁に衝突し、スピンを始める。その間にアリシアの機体はコーナーを抜けた。リコの視界はもう、コースを捉えきれてない。だが、リコは既視感に囚われていた。
(ああ、あたし…回ってる)
リコが思い出したのは、バレエをしていた時の光景だ。バレエの先生だった景子先生の声が飛ぶ。
「はい、そこでターン。軸をぶらさないようにね」
片足つま先立ちになって姿勢を伸ばし、身体をターンさせた。一回、二回……
「セイフティ・モードに入ります」
miaの声がする。身体が受けた大きな衝撃に、リコはがっくりとうなだれた。リコの耳には、実況者の声は聞こえてなかった。
「おーっと、ここで新人・兵藤リコ、大きくコースアウトだ!」
「う~む、コーナーへのインスピードが速すぎましたね」
「残念ですね、デビュー戦にして3位につける奮闘ぶりでしたが……兵藤リコ、ここでリタイアです――」
*
「何を考えてるの、あなたは!」
ピットでそう怒鳴ったのはマネージャーの千代子だ。黒髪のロングヘアーが、揺れた。
「だって……タイヤが滑るなんて、ゲームではなかったんだもん!」
「あのね、リアルのレースではタイヤは走るごとにすり減ってるの。グリップが無くなれば地面を掴む力が弱くなって滑る。覚えておきなさい」
「は~い、学習しました」
リコは悪びれた様子もなく、頭の後ろで両腕を組んだ。千代子はそんなリコに、なおも言葉を続ける。
「それと、miaの言う事をちゃんと聞いて。miaはあなたに最適な走り方をアドバイスするパートナーなのよ」
リコはピンクの機体のコクピットを横目で見る。
「コンピューターの言うこと聴いて勝てるんだったら、他のチームみたいにAIに走らせればいいじゃない」
「リコ!」
リコはそれだけ言うと、ピットからコースの方へと出て歩いた。遠くの方では表彰台で、1位のキングと2位のアリシア、3位のジェイドが表彰されている。
「リコ! 大丈夫だったの?」
声をかけてきたのは、養成スクールで同期だった短髪を逆立てようなスタイルの深河アサカだ。後ろにはアサカと同じチームで、やはり同期の小野泉がいる。
「大丈夫。けど…デビュー戦で早速やっちゃったよ。メカニックの玄さんには『今度ぶつけたら、承知しないぞ』って怒られるし、マネージャーにはもっとAIの言うこと聞けって言われるし」
「AIは最適解を出すの」
そう口を挟んだのは水色ロングの髪に、一筋だけ青が入っている泉だ。
「じゃあ、あっちの人たちは常にAIの言うこと聞いて勝ってるの? そうじゃないでしょ」
リコはそう言って、表彰台の方を見た。表彰台では、三人がフラッシュを浴びている。
「磐石な走りでミスをしないキング。感覚にまかせて驚くような走り方をするクィーン。タイプはまったく違うんだけど……あの二人を抜く人は、ここ3年間出てないって」
「不動の上位陣なの」
リコは遠い眼でその賑わう様子を見た。
「けど…その先に行かないと、あたしが此処に来た意味がないわ……」
リコはひとり呟いた。
CM
画面に表示される『YOU WIN』。
「あ~、ゲームだと勝てるんだけどな~」
リコはそう言って、コントローラーを持ったまま後ろにひっくり返った。狭い部屋の中、リコはゲームをしている。リコは、過去のことを想い出していた。
“兵藤リコくん、レースに出てみないかい?”
それはチームオーナーが、リコに会いに来た時のことだった。
「期待……されてるのかなあ…」
寝そべったリコが独り呟いた時、階下から声がした。
「リコ! 手ぇ空いてるんだったら、ちょっと手伝っておくれ!」
「は~い!」
リコは起き上がると駆け出した。階下はリコの祖母がやってる、お好み焼きの店である。「はい、お待ち!」と声を上げながら、リコは働き始めた。
不意に入ってきた客に、リコは目を止めた。
「いらっしゃいませ! えー……」
キョロキョロしながら入ってきたのは、背の高い外国人女性である。髪の毛を真ん中で、赤とブラウンに染め分けている。外人女性はリコの姿を見ると、声をあげた。
「あら! ヒョウドウリコじゃない? 何してるの、こんなとこで?」
「……クィーン…あ、いや、アリシアさん、いらっしゃいませ。此処はあたしのお婆ちゃんのお店なんです」
「え! マシュロンで三ツ星とって紹介されてるジャパンのソウルフードの店が、リコのグランマの店? 驚き!」
「あたしだって、クィーンが店に来て驚いてます」
リコは軽く苦笑して見せた。
リコは生地を持ってきて、アリシアの前に置く。
「ねえ、これどうやって食べるの? いや……そもそも食べ物なの?」
「――リコ、もう店も落ち着いたから、一緒にお昼にしたらどうだい?」
そう言ってリコに生地を入れた器を持ってきたのはリコの祖母だ。リコは祖母にわっらってみせた。
「ありがとう、お婆ちゃん。それじゃあクィーン、一緒に食べますか?」
「クィーンじゃなくて、アリシアって呼んで♡」
しばらくして。
「…う~ん、美味しいわ、これ! 未知の世界を切り拓いた感じ♡」
「よかったです、美味しく味わってもらって」
そう笑顔を返したリコを、アリシアは好奇心の眼差しでじっと見つめた。
「ねえ、リコはどう? あなたは他のレースで聞いたことがない。ネクシアレースに急に参戦してきたんでしょう。未知の世界の、味わいはどうかしら?」
「う~ん…なんか難しいです。ゲームとは勝手が違うし、AIのいうこと聞けって言われるし……。アリシアさんは、AIの言うこと聞いて走ってるんですか?」
リコの質問に、アリシアは静かな微笑を浮かべた。
「う~ん、ちょっと言うことを聞く、聞かないっていうのとは違うかなあ」
「違うって、何がです?」
アリシアは微かに笑みを浮かべたまま、口を開いた。
「ねえ、ネクシアレースに女子が多い理由、判る?」
「え? いや……そういえば……」
アリシアは少し目を伏せた。
「以前のモータースポーツは、レース中の事故で死者が出ることもある危険なものだった。ドライバーの負担は大きく、最高峰のレースには肉体的負担に耐えられる男性ドライバーしかいなかった。それが技術の革新で、安全性と負担の軽減が急速に高まったの。
衝撃吸収性のある剛性のカーボンファイバーでシャーシが創られ、ドライバーのスーツにも衝撃吸収性素材が使われてる。そしてオーバースピードによる事故を計算によって予測し、ドライバーに警告を与え、事故の際にはドライバーに変わって機体制御を行うAI。これらの技術が結晶し、ネクシアレースの事故率をドライバー負担率は極限まで低下した。その結果、なにが起こったか?
競馬やボートレースの世界では既に起きていたことだけど、重量軽減のため、女性ドライバーがこぞって起用されるようになったの。それまで男の世界だったレースの世界で、女が主役をはる時代が来たのよ」
アリシアの話を、リコはポカンとした表情で聴いていた。アリシアは話を続ける。
「AIはね、私たちの命を守ってくれるパートナー。言うことをきくとか、きかせるとか、そういう関係じゃないの」
アリシアの言葉に、リコは言葉を返した。
「けどAIの言う通り走るんだったら、ドライバーはいらなくないですか?」
「それはね、AIと信頼関係ができてないのよ」
「信頼…関係? AIとですか?」
「そう。AIも最初はドライバーの事を知らない。私たちドライバーも、AIの事を知らない。お互いに理解を深めれば、どこまで攻めて、どこで引くべきか、ペアとしての最適解が出せるようになる。それが信頼関係よ」
リコは、そう言って微笑むアリシアを、じっと見つめるだけだった。
*
リコは、チームのラボにいた。シュミレーションマシンに入り、呼びかける。
「mia、聞いてる?」
「聞いてます、リコ」
シートに座ったリコは、背もたれに体重を預けて、上を向いた。
「一つ提案があるんだけど」
「なんでしょう?」
「この先のレース…そうね、最低でも3つ。本当に危ない時は知らせてくれてもいいけど、それ以外は、あたしに声をかけないで――ただ、見ていてほしいの。あたしの走りを」
リコの言葉に少し間を置いて、miaの声が響いた。
「判りました、リコ」
*
リコはハンドルを握っている。目の前を走るのは、クィーンの緑の機体だ。場内には実況と解説の声が響いていた。
「さあ、ここ三戦と振るわなかった兵藤リコですが、ここに来てデビュー戦以来の三位に着けています。いいですね、兵藤リコ」
「調子を取り戻したんでしょうか。これなら三位入賞も夢じゃありませんね。…前みたいに、無理をしなければ」
コックピットの中では、リコがmiaに話しかけていた。
「ねえmia、この三戦であたしがどういうドライバーか、少しは判ってもらえた?」
「そうですね。あなたは高い技術と鋭敏な感覚を持っているにも関わらず、安全さや確実な結果より、少ない可能性でもより上位を狙って可能性の少ない選択肢を選択するタイプです」
「OK、判ってるぅ! で、今から行くよ、次のコーナー。あたしが何をやっても、黙って見てて」
「――判りました。しかし、安全性に問題があると判断した時には、すぐに機体制御をこちらに移します」
リコはそれを聞いて、メットの中で微笑んだ。
*
アリシアのコックピットの中では、アリシアがAIと会話している。
「リコはさすがに、無理はしないようね」
「現在まで、安全マージンを十分にとった走りをしています」
アリシアのマシンのAIは、物静かな男性の声でそう言った。
「リコ、デビュー5戦目で、ここまで来れただけでも大したものよ」
アリシアはそう呟くと、微笑んだ。
*
「さあ、90度近く曲がるコーナーへ、2位のクィーン、3位のリコが突っ込んでいきます」
実況はそう言った後で、慌てたように言葉を続けた。
「これはどうした事か! 兵藤リコが、減速しません!」
「このままじゃコースアウトする。デビュー戦の再現になりますよ」
コックピットの中では、猛スピードでコーナーへ走っていくリコが、前のクィーンの機体を見つめていた。クィーンの機体のブレーキランプが光、減速する。
リコは減速せず、ハンドルを切りながらアクセルを踏んだ。その瞬間、リコは自分の呼吸音と、心臓の鼓動だけを聴いている。
アウトに出た後にハンドルを切る。しかし機体がスピードに乗りすぎて、外側に振られていく。しかしそこでリコは、ハンドルを逆に切った。
タイヤがコーナーとは逆向きになると同時に、横方向に機体が滑っていく。しかしそこに機体のぐらつきはなく、ノーズを進行方向に向けたまま、機体はコーナーを廻り込んだ。
「なんと兵藤リコ、ネクシアマシンでドリフトを使っているっ!」
実況の声が、驚愕に響いた。しかし膨らんだ分、前を走るクィーンの機体からは離されている。だが、リコは声を上げた。
「今よ、バースト;ブレイクっ!」
「リコ、危険です!」
miaの声を無視して、リコはバースト・ブレイクのギアを引いた。特殊エンジンが点火し、完全燃焼を示す青い炎が後方へ火を噴く。リコの機体が、急加速した。
*
「リコの機体がバースト・ブレイクを使いました」
「リコ!」
AIの声に、アリシアは横を見る。リコの機体が青い炎を放っていた。
「前に出られたら、コースを取り戻せなくなる可能性があります」
「あたしもそう思った! 行くよ、バースト・ブレイクっ!」
アリシアの機体も火を噴く。コーナーを廻りながら、アリシアの機体はインから、リコの機体はアウトから加速していく。二機はほぼ同じタイミングで、次のコーナーのインを取るラインに向かっている。このまま進めば、二機が衝突するかに思われた。
*
「あたしが前に出るっっ!!!」
リコが吠えた。
*
「危険です。向うが先にラインに入ります」
アリシアのAIが、そう宣言して機体を減速させた。
「嘘……」
呆然とするアリシア。けど次の瞬間には、アリシアは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「やってくれたわね、リコ。…けどレースはまだ終わりじゃない。隙があったら、狙っていくわよ!」
「了解です」
*
リコのマシンが、ゴールラインを通過する。その後ろをクィーンの機体が通過していった。
「なんと、兵藤リコ、堂々の二位です! 凄い結果ですね!」
「そうですね。途中のドリフト走行を入れる、めちゃくちゃな走りがクィーンの度肝を抜いたんでしょうか。この後が楽しみですね」
リコはコースを流しがなら、miaに話しかけた。
「ね、あたしのこと判った?」
「ええ、十分判りました。あなたは予測を超えるということが」
その答えを聞いて、リコは軽く微笑んだ。
「ありがとうね、miaちゃん、それって褒め言葉だよね?」
「私の既存データで処理できないという、客観的事実を伝えたまでです」
「あ、miaちゃんとか呼んじゃった。ね、その呼び方でいい?」
「私は構いません、リコ」
リコはその答えを聞いて、嬉しそうに笑った。そして言葉を続ける。
「ね、miaちゃん、あたしたちで行こうよ」
「何処へですか?」
「まだ見ぬ、風景が見える場所だよ」
リコの言葉に、miaは答えた。
「判りました。行きましょう、リコ。まだ見ぬ場所へ」
表彰台に立つリコに、1位となったキングが話しかけてくる。
「おめでとう兵藤リコ。僅か5戦目でこの場所へ立つとは……君は素晴らしい才能があるようだ」
「いやあ、それほどでもぉ」
まんざらでもない様子のリコに対し、キングの眼は笑っていない。
「兵藤リコ……次のレース、期待しているよ」
キングの眼を見て、リコは笑顔で答えた。
「はい! 期待していてください!」
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「誰が不可能だと決めたんだ!? 俺はネムさんと結婚すると決めた!」
こんなヤバいやつの話。
「日本人」最後の花嫁 少女と富豪の二十二世紀
さんかく ひかる
SF
22世紀後半。人類は太陽系に散らばり、人口は90億人を超えた。
畜産は制限され、人々はもっぱら大豆ミートや昆虫からたんぱく質を摂取していた。
日本は前世紀からの課題だった少子化を克服し、人口1億3千万人を維持していた。
しかし日本語を話せる人間、つまり昔ながらの「日本人」は鈴木夫妻と娘のひみこ3人だけ。
鈴木一家以外の日本国民は外国からの移民。公用語は「国際共通語」。政府高官すら日本の文字は読めない。日本語が絶滅するのは時間の問題だった。
温暖化のため首都となった札幌へ、大富豪の息子アレックス・ダヤルが来日した。
彼の母は、この世界を造ったとされる天才技術者であり実業家、ラニカ・ダヤル。
一方、最後の「日本人」鈴木ひみこは、両親に捨てられてしまう。
アレックスは、捨てられた少女の保護者となった。二人は、温暖化のため首都となった札幌のホテルで暮らしはじめる。
ひみこは、自分を捨てた親を見返そうと決意した。
やがて彼女は、アレックスのサポートで国民のアイドルになっていく……。
両親はなぜ、娘を捨てたのか? 富豪と少女の関係は?
これは、最後の「日本人」少女が、天才技術者の息子と過ごした五年間の物語。
完結しています。エブリスタ・小説家になろうにも掲載してます。
ゴースト
ニタマゴ
SF
ある人は言った「人類に共通の敵ができた時、人類今までにない奇跡を作り上げるでしょう」
そして、それは事実となった。
2027ユーラシア大陸、シベリア北部、後にゴーストと呼ばれるようになった化け物が襲ってきた。
そこから人類が下した決断、人類史上最大で最悪の戦争『ゴーストWar』幕を開けた。
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