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ヒーリィの戦い
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向かってくる光の噴流を、ヒーリィは剣で斬り飛ばす。が、ヒーリィは違和感を覚えた。
(やはり、気力が――使えない)
本来なら気力の波動で剣を包み、その気力をもって相手の気光波を相殺させるつもりだった。が、気力を発することはできず、ヒーリィはむき出しの剣で相手の気光波を斬り飛ばすしかなかった。
本来、全部が弾けるはずの気光線が、分散されて幾分かヒーリィに当たった。ヒーリィはそこで過去においてできたことが、現在の身体ではできないことを悟った。
(気力は霊体と肉体の調和によって生まれる力。今の私には使えないということか)
「ほう、ここの連中より少しはできるようだな。面白い。――六旁陣!」
キラーバの命令で、キラーバを含んだ六人がヒーリィの周囲を完全に包囲した。
(いかん、狙い撃ちにされる)
ヒーリィは横に駆けだした。しかし六人はヒーリィとの距離を変えぬまま、正確に追ってくる。と、一人が気光波を発射する。ヒーリィはそれを剣で弾く。
間髪を入れず、一人が斬りつけてきた。ヒーリィが受けた瞬間、斜め後方から気光波が襲う。ヒーリィが相手を押し込んで避けた時、不意に横を風が通り過ぎた。
吹き抜けた風の方を見ると、キラーバが片刃の反りの強い刀を持って笑みを浮かべていた。刀には僅かに血がついており、キラーバがその刃をにやりと笑いながらべろりと舐めた。
ヒーリィが違和感に気づき自らを見ると、脇腹が大きく斬られている。血が流れ出した。動きを止めたヒーリィを、再び六旁陣が取り囲んだ。
「ヒーリィさん!」
「来てはいけない」
走り寄ってくるエミリーを見つけ、ヒーリィは制止した。エミリーが足を止める。その瞬間、ヒーリィは五本の剣で、身体を刺し貫かれた。
「ヒーリィさんっ!!」
エミリーが目を見開き、息を呑むのが見えた。
「フフ……どうだ、苦しいか? 俺に命令したことを後悔しながら死ぬがいい」
キラーバが笑顔を寄せてヒーリィの耳元で囁いた。貫かれた五本の剣から、ヒーリィの血が滴り落ちる。ヒーリィは逆流してくる血を、咳込んで吐き出した。
ヒーリィは口の端から血を流しながら、左手で懐から魔晶石を取り出した。まだ動こうとするヒーリィを見て、キラーバが眉をひそめた。
「なんだ、貴様? なにをしようとしている」
「残念だが……私は死ねぬ身なのだ」
魔晶石の魔力を込めると、魔紋が浮かび上がる。ヒーリィは氷の魔紋を魔晶石ごと握りしめた。
「氷結せよ、我が剣に仇なす者たちよ」
一瞬にして、凄まじい氷の結晶がヒーリィの身体を刺していた武装兵たちを包む。
「なにっ!?」
キラーバだけは瞬時に後ずさって回避したが、残りの5人は剣を抜いて逃げることもできず、声をあげる間もないまま凍結させられた。
「馬鹿な! 一度に五人も凍結させられるなど――これほどの魔力とは!」
キラーバが驚きの声をあげる。しかし本当に驚いていたのはヒーリィ本人だった。
(……私にはこれほどの魔力はなかったはずだ。これは、胸の宝珠の力か?)
胸の宝珠は勢いを増し、急速に貫かれた身体を修復しようとしているのをヒーリィは感じた。
「貴様、魔導剣士か。しかし、それだけの傷を負って今更何ができる!」
キラーバが剣をふるって襲いかかる。ヒーリィの剣はそれを受け止める。しかし気力のこもったキラーバの斬撃は重く、右手一本で剣を持つ刀身はじりじりと押され始めた。
と、その刀身を覆うように冷気がまとわりつく。冷気によって気力を相殺し、ヒーリィは斬撃を捌き続けた。
「なんだ貴様? 何故、そんな傷でまだ動ける!?」
「――そいつは骸(むくろ)だからねえ」
キラーバが動揺の声をあげた時、離れた場所にいたエミリーの背後から不意に声がした。魔女であった。
「貴様……レギア・クロヌディか!?」
「そうだよ、お前らのお探しの人物だ。関係ない村人まで手にかけて、お前らはやっぱり最悪の連中だよ」
魔女は忌々しそうに呟いた。事態を飲み込みかねているエミリーは、恐ろしげに状況を見つめるだけだった。
「魔女殿、どうしてお逃げにならなかったのですか?」
ヒーリィの言葉を聞き、魔女はキラーバの方を見て口を開いた。
「……弱い奴ってのは、他人に踏みつけられる人間のことを言うんじゃない。本当に弱いのは、他人を踏みにじることで自分は弱くないと思い込み、自分自身から逃げるのに必死の奴のことさ。あたしはそんな連中が、反吐が出るほど嫌いなんだ」
「レギア・クロヌディ、お前にそれを言う資格があるのか?」
キラーバはせせら笑いながら魔女に言った。魔女はキラーバを睨んだ。
「資格なんざないことは百も承知だよ。ただ、あたしもそこで戦った奴らのように逃げないことにしたのさ。お前らは村人全員を虐殺しても平気な連中だ。だがあたしが死ねばそれで終いだろ」
「お前はできたら生きて連れ戻せとの命令さ。一緒に来れば、これ以上犠牲を出さずに済むぜ?」
キラーバが薄笑いを浮かべて言った。呼応するように、魔女は皮肉な笑みを浮かべて口を開いた。
「残念だが、お断りだ。かと言って死ぬのも御免だがね!」
魔女は手をあげて凍結された武装兵を指さす。赤い魔晶石のイヤリングが光った瞬間、魔女は指先から火炎球を発射した。
「爆炎弾(フレイム・ボム)!」
火炎球が一人に当たって粉々になる。ヒーリィはその様子を見て魔女に訊いた。
「よいのですね?」
「ああ。仕方がない」
ヒーリィは小さく頷くと、剣を構えつつ魔晶石を握りこんだ。
「凍てつく刃の下に――砕け散れ!」
更なる冷気をまとった剣が巨大な氷の剣へと膨張し、その大きな一振りに、残りの武装兵の身体が砕け散った。キラーバが顔色を変えた。
「貴様! よくも部下たちを……」
「あたしは此処からもう立ち去る。捕まえきれるもんなら追ってきな」
魔女の言葉を聞き、キラーバは口角をあげた。
「いいか、貴様らは必ず仕留めてやる。それまでせいぜい逃げ延びるがいい!」
キラーバはそう言うなり、身を翻してその場を駆け去った。後に魔女とヒーリィ、そして遠くで恐る恐る様子を見ていたエミリーたち村人が残された。
「魔女殿、彼らを治すことはできないのですか?」
ヒーリィの問いに、魔女は沈鬱な表情で答えた。
「修復魔法ってのは、幽子が持つ『物質の記憶』を元に、時間を逆行するライプニッツ遡行で、物体をある時点での形状に戻すことによって成り立つ。通常の『モノ』はそうだ。
だが生命体、つまり「主体」は自分の『時間軸』を持っている。あたしたちの日常にある「切れ間のない時間」を構成してるのは脳だ。脳に損傷のある症例では、現象が切れ切れに現れ、通常の『時間』を構成することができない。そうでなくても楽しい時は一瞬で過ぎ、つまらない時が長く感じるように、時間を構成するのは実は観察する主体だ。ライプニッツ遡行では、その客体世界を越えて異なる軸を持つ時間軸 つまり生命体に干渉することはできない。時間の相対性原理がもっとも顕著に現れてしまうのさ」
「こんな時……」
ヒーリィは自らの存在が矛盾に満ちたものであることを逆説的に悟った。
「胸の締め付けられるような悲しみや、血が沸騰するほどの怒りが私にないということ自体が、悲しく、そして怒りを感じます……」
ヒーリィは小さく呟いた。
「――死にたくなかったら、二、三日はどっかに避難したほうがいい」
魔女は村人たちに向かって言った。応える声はなく、ただ恐ろしげに魔女を上目づかいに見るだけだった。
「……あたしは消える」
魔女はそれだけ言うと、きびすを返した。村人の誰も声をかけようとはしない。ヒーリィはエミリーに近づいて、ジョルディの剣を返そうとした。
が、ヒーリィが近づいた瞬間、エミリーはびくりと震え後ずさった。ヒーリィは自分の身体が、真っ赤になっているのに気づき、近づくのを止めた。
「驚かせて済まなかった。この剣は……貰っていきます」
ヒーリィは一礼すると、既に立ち去ろうとしている魔女の後を追った。
(やはり、気力が――使えない)
本来なら気力の波動で剣を包み、その気力をもって相手の気光波を相殺させるつもりだった。が、気力を発することはできず、ヒーリィはむき出しの剣で相手の気光波を斬り飛ばすしかなかった。
本来、全部が弾けるはずの気光線が、分散されて幾分かヒーリィに当たった。ヒーリィはそこで過去においてできたことが、現在の身体ではできないことを悟った。
(気力は霊体と肉体の調和によって生まれる力。今の私には使えないということか)
「ほう、ここの連中より少しはできるようだな。面白い。――六旁陣!」
キラーバの命令で、キラーバを含んだ六人がヒーリィの周囲を完全に包囲した。
(いかん、狙い撃ちにされる)
ヒーリィは横に駆けだした。しかし六人はヒーリィとの距離を変えぬまま、正確に追ってくる。と、一人が気光波を発射する。ヒーリィはそれを剣で弾く。
間髪を入れず、一人が斬りつけてきた。ヒーリィが受けた瞬間、斜め後方から気光波が襲う。ヒーリィが相手を押し込んで避けた時、不意に横を風が通り過ぎた。
吹き抜けた風の方を見ると、キラーバが片刃の反りの強い刀を持って笑みを浮かべていた。刀には僅かに血がついており、キラーバがその刃をにやりと笑いながらべろりと舐めた。
ヒーリィが違和感に気づき自らを見ると、脇腹が大きく斬られている。血が流れ出した。動きを止めたヒーリィを、再び六旁陣が取り囲んだ。
「ヒーリィさん!」
「来てはいけない」
走り寄ってくるエミリーを見つけ、ヒーリィは制止した。エミリーが足を止める。その瞬間、ヒーリィは五本の剣で、身体を刺し貫かれた。
「ヒーリィさんっ!!」
エミリーが目を見開き、息を呑むのが見えた。
「フフ……どうだ、苦しいか? 俺に命令したことを後悔しながら死ぬがいい」
キラーバが笑顔を寄せてヒーリィの耳元で囁いた。貫かれた五本の剣から、ヒーリィの血が滴り落ちる。ヒーリィは逆流してくる血を、咳込んで吐き出した。
ヒーリィは口の端から血を流しながら、左手で懐から魔晶石を取り出した。まだ動こうとするヒーリィを見て、キラーバが眉をひそめた。
「なんだ、貴様? なにをしようとしている」
「残念だが……私は死ねぬ身なのだ」
魔晶石の魔力を込めると、魔紋が浮かび上がる。ヒーリィは氷の魔紋を魔晶石ごと握りしめた。
「氷結せよ、我が剣に仇なす者たちよ」
一瞬にして、凄まじい氷の結晶がヒーリィの身体を刺していた武装兵たちを包む。
「なにっ!?」
キラーバだけは瞬時に後ずさって回避したが、残りの5人は剣を抜いて逃げることもできず、声をあげる間もないまま凍結させられた。
「馬鹿な! 一度に五人も凍結させられるなど――これほどの魔力とは!」
キラーバが驚きの声をあげる。しかし本当に驚いていたのはヒーリィ本人だった。
(……私にはこれほどの魔力はなかったはずだ。これは、胸の宝珠の力か?)
胸の宝珠は勢いを増し、急速に貫かれた身体を修復しようとしているのをヒーリィは感じた。
「貴様、魔導剣士か。しかし、それだけの傷を負って今更何ができる!」
キラーバが剣をふるって襲いかかる。ヒーリィの剣はそれを受け止める。しかし気力のこもったキラーバの斬撃は重く、右手一本で剣を持つ刀身はじりじりと押され始めた。
と、その刀身を覆うように冷気がまとわりつく。冷気によって気力を相殺し、ヒーリィは斬撃を捌き続けた。
「なんだ貴様? 何故、そんな傷でまだ動ける!?」
「――そいつは骸(むくろ)だからねえ」
キラーバが動揺の声をあげた時、離れた場所にいたエミリーの背後から不意に声がした。魔女であった。
「貴様……レギア・クロヌディか!?」
「そうだよ、お前らのお探しの人物だ。関係ない村人まで手にかけて、お前らはやっぱり最悪の連中だよ」
魔女は忌々しそうに呟いた。事態を飲み込みかねているエミリーは、恐ろしげに状況を見つめるだけだった。
「魔女殿、どうしてお逃げにならなかったのですか?」
ヒーリィの言葉を聞き、魔女はキラーバの方を見て口を開いた。
「……弱い奴ってのは、他人に踏みつけられる人間のことを言うんじゃない。本当に弱いのは、他人を踏みにじることで自分は弱くないと思い込み、自分自身から逃げるのに必死の奴のことさ。あたしはそんな連中が、反吐が出るほど嫌いなんだ」
「レギア・クロヌディ、お前にそれを言う資格があるのか?」
キラーバはせせら笑いながら魔女に言った。魔女はキラーバを睨んだ。
「資格なんざないことは百も承知だよ。ただ、あたしもそこで戦った奴らのように逃げないことにしたのさ。お前らは村人全員を虐殺しても平気な連中だ。だがあたしが死ねばそれで終いだろ」
「お前はできたら生きて連れ戻せとの命令さ。一緒に来れば、これ以上犠牲を出さずに済むぜ?」
キラーバが薄笑いを浮かべて言った。呼応するように、魔女は皮肉な笑みを浮かべて口を開いた。
「残念だが、お断りだ。かと言って死ぬのも御免だがね!」
魔女は手をあげて凍結された武装兵を指さす。赤い魔晶石のイヤリングが光った瞬間、魔女は指先から火炎球を発射した。
「爆炎弾(フレイム・ボム)!」
火炎球が一人に当たって粉々になる。ヒーリィはその様子を見て魔女に訊いた。
「よいのですね?」
「ああ。仕方がない」
ヒーリィは小さく頷くと、剣を構えつつ魔晶石を握りこんだ。
「凍てつく刃の下に――砕け散れ!」
更なる冷気をまとった剣が巨大な氷の剣へと膨張し、その大きな一振りに、残りの武装兵の身体が砕け散った。キラーバが顔色を変えた。
「貴様! よくも部下たちを……」
「あたしは此処からもう立ち去る。捕まえきれるもんなら追ってきな」
魔女の言葉を聞き、キラーバは口角をあげた。
「いいか、貴様らは必ず仕留めてやる。それまでせいぜい逃げ延びるがいい!」
キラーバはそう言うなり、身を翻してその場を駆け去った。後に魔女とヒーリィ、そして遠くで恐る恐る様子を見ていたエミリーたち村人が残された。
「魔女殿、彼らを治すことはできないのですか?」
ヒーリィの問いに、魔女は沈鬱な表情で答えた。
「修復魔法ってのは、幽子が持つ『物質の記憶』を元に、時間を逆行するライプニッツ遡行で、物体をある時点での形状に戻すことによって成り立つ。通常の『モノ』はそうだ。
だが生命体、つまり「主体」は自分の『時間軸』を持っている。あたしたちの日常にある「切れ間のない時間」を構成してるのは脳だ。脳に損傷のある症例では、現象が切れ切れに現れ、通常の『時間』を構成することができない。そうでなくても楽しい時は一瞬で過ぎ、つまらない時が長く感じるように、時間を構成するのは実は観察する主体だ。ライプニッツ遡行では、その客体世界を越えて異なる軸を持つ時間軸 つまり生命体に干渉することはできない。時間の相対性原理がもっとも顕著に現れてしまうのさ」
「こんな時……」
ヒーリィは自らの存在が矛盾に満ちたものであることを逆説的に悟った。
「胸の締め付けられるような悲しみや、血が沸騰するほどの怒りが私にないということ自体が、悲しく、そして怒りを感じます……」
ヒーリィは小さく呟いた。
「――死にたくなかったら、二、三日はどっかに避難したほうがいい」
魔女は村人たちに向かって言った。応える声はなく、ただ恐ろしげに魔女を上目づかいに見るだけだった。
「……あたしは消える」
魔女はそれだけ言うと、きびすを返した。村人の誰も声をかけようとはしない。ヒーリィはエミリーに近づいて、ジョルディの剣を返そうとした。
が、ヒーリィが近づいた瞬間、エミリーはびくりと震え後ずさった。ヒーリィは自分の身体が、真っ赤になっているのに気づき、近づくのを止めた。
「驚かせて済まなかった。この剣は……貰っていきます」
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