魔女と骸の剣士

佐藤遼空

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ルシャーダの実験

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 帝国領内の小さな田舎町に、サムウジは来ていた。そこの球形運動場の中央に人々が集まっている。それは事前通達により集められた三十名ほどの住民たちだった。ほとんどが若く、屈強な男たちだった。
 運動場の正面高台になった舞台上から、ルシャーダが人々に呼びかけた。
「ザブラ町の皆さん、ようこそおいでくださいました。今日は我がガロリア帝国の記念すべき日となるでしょう」
 人々がどっと沸いた。
「ガロリア帝国、万歳!」
「ガロリア帝国、万歳!」

 人々の声援を受け、ルシャーダの隣にいた丸顔で肥えた町長がルシャーダに尋ねた。
「ルシャーダ殿、ここにいる若者は、愛国心に溢れた勇敢な若者ばかりです。皆、帝国のために働こうと、ここに集まった者ばかりです。彼らはどんなきつい仕事でも、立派にこなしてみせるでしょう。他でもない我々が果たす役割とは、いったいなんでしょうな?」
「そう、それは――帝国の威信を形作る礎になってもらう任務ですよ」
「ほう、それは素晴らしい! 皆の者、聞いたか。我々が帝国の威信を築くのだ!」
 町長の言葉に、人々の歓声が沸いた。
「俺たちが、帝国を作るんだ!」
「帝国は世界の王たる国だ!」
 その声を受けて、町長はルシャーダに言った。
「では早速、お願いします。我々は帝国の繁栄のためなら、死の危険をも恐れず、どんなことでもやる覚悟です」
「そうですか、それを聞いて安心しました」
 ルシャーダは優しげな微笑を浮かべると、さっと右手を上げた。それを合図に、円形の観客席に武装した兵士たちが姿を現す。

「い――いったい、何を……」
 町長の戸惑いをよそに、運動場の入り口から何かが姿を現した。それは体高20m、全長30mにもなろうかという、巨大な芋虫状の機(ギア)獣(モル)だった。
「ヒッ!」
「な、なんだあれは!?」
 運動場に集まった男たちが、当惑と怯えを見せる。
 巨大ミミズのような機獣の頭部には、三つの宝珠が埋め込まれていた。赤と青と黒の宝珠。それはデゾンシード、デゾンレール、デゾンカースの呪宝であった。
「始めなさい」
 ルシャーダは不意に口元から笑みを消すと、命令した。
 その合図と同時に機獣は突然、手近な男に喰らいついた。機獣はあっという間に男を呑み込み、更なる獲物を求めて暴れ回る。一瞬にして惨状と化した運動場では、男たちの悲鳴があがった。

「ル、ルシャーダ殿! いったい、これは何です!?」
「だから言ったではないですか。彼らは帝国の為に、命をも捧げる覚悟なのでしょう? 彼らは帝国の礎となるのですよ」
 ルシャーダは艶然と微笑んだ。
「は、話が違う……」
 町長は恐怖に震えだした。
 場内では殺戮の惨劇が続けられていた。逃げようとして観客席に上がろうとする者を、兵士が剣や棒で突き落とす。
「た、助けてくれ!」
「い、嫌だぁッ!」
 男たちの絶望的な悲鳴が場内にこだました。ルシャーダは呆れたように呟いた。

「やれやれ、死とも厭わぬ――という話だったのに。それとも、他人を殺すのは平気でも、自分が死ぬのは嫌だ…という意味だったんでしょうかね」
「や、止めさせてくれ! 何のためにこんな真似を――我々は帝国政府にすっと従順に尽くしてきたはずだ!」
「そう。だから今回も、従順に犠牲になってもらおうと思ったまでですよ」
「う…訴えてやる! 私は中央の人間にもツテがあるんだ! たかが研究機関の分際でこんな真似を――」
 町長の言葉はそれ以上続けることはできなかった。ルシャーダの百足が町長の身体を持ち上げたからである。
「貴方も、帝国の礎になってください」
 ルシャーダはそれだけ言うと、町長の身体を運動場に落とした。町長の悲鳴は長くはもたなかった。

「――さてシェリー、大方の尊い犠牲が既に得られたようです。貴女の出番ですよ」
「はい。ルシャーダ様」
 舞台の陰から出てきたのは、シェリーであった。手に、紫色の三角錘を持っている。シェリーは運動場を見つめた。
 運動場では機獣が黒の霊気に包まれていた。犠牲者たちから生じる霊気が、黒い呪宝によって吸収されているのだった。
 大量の死者から得た幽子を集め、デゾンカースの呪宝は第一進変(エボルフォーゼ)を起こす。それは機獣がデゾンになることを意味する。怨機獣デゾンは三つの呪宝がほどよく機能することで生まれる存在であった。

 機獣の体表からぶつぶつと無数の突起が隆起してくる。よく見るとその突起の表面には、人間の顔が浮かんでいた。
 無数の顔の突起を浮かべて、芋虫状だった機獣はおぞましいナマコ状の身体へと進変しようとしていた。
 シェリーが三角錘を両手に持ち、頭上に掲げた。その紫の結晶が、少しずつ黄金の光を放ち始める。ずっと物陰から様子を見ていたサムウジは、そこで思わず一歩踏み出した。
「ウッ……」
 シェリーが少し苦しげな様子で顔を歪めた。
 シェリーは三角錘の結晶を通して、機獣の側に埋め込まれているもう一つの三角錘を魔力で制御しようとしているのだった。
 調整三角錘は、三つの呪宝を制御する装置であり、それはサムウジが黒の写本の隠された頁から読みとった秘密の一つであった。

 デゾンカースの呪宝が霊力を集め、デゾンシードの呪宝はその霊力を元に進変を促す。そしてデゾンレールの呪宝は、霊力を魔力に還元し、復元魔法で自己修復を行う。
 問題は進変を促す力と、復元魔法に使う魔力が双方とも霊力を源にしていることであり、どれくらいの割合で霊力を振るかが調整の重要問題であった。
 それがうまく軌道に乗れば、後は自動で進変と自己修復を必要に応じて機能させることができる。実際、大戦末期に使用された怨機獣デゾンは、最高の調整を元に起動したはずだった。

 しかしその初期調整には、大量の魔力を必要とする。そしてその魔力使用者には、可塑性が高く順応力に富んだ子供、特に少女が適している、というのがノーム・ノーリスの出した結論だった。
 ただ少女でありながら相当量の魔力をもっている、というのが至難の条件であり、サムウジはそれを報告したときは、その条件に見合う人物はいないだろうと思っていたのだった。
 だがルシャーダはそれを見つけてきた。そのうちの一人が、シェリー・コイルであった。シェリーの魔力注入により、手に持つ三角錘は八割ほども金色に変わろうとしていた。しかし、その時異変が起きた。
「あっ! アアァッ――」
 三角錘からエネルギー流が漏れだし、シェリーの手にまとわりついていた。いや、漏れているのではなかった。
「いかん! 魔力を吸われてるぞ!」
 サムウジは叫んだ。三角錘がシェリーから魔力を吸い上げている。だがそれは、生気そのものを吸い上げてるのと同じだった。

「アッ、アッ、アアァァアッ――」
 叫び声をあげるシェリーの顔に皺が現れ始める。その栗色の髪が白髪へと変わっていく。競技場の機獣は、のたうつように横転を始めていた。サムウジはルシャーダに叫んだ。
「実験は失敗だ! ルシャーダ、彼女を止めろ!」
 しかしルシャーダは、何も言わず老化していくシェリーをじっと見つめているだけだった。サムウジは走っていき、シェリーの手から三角錘を取り上げようとした。
「くそ! 離せ! 離すんだ!」
 しかし三角錘に触れた瞬間、サムウジはエネルギーの波動によって弾かれた。サムウジはなおも駆け寄って、弾こうとする波動に逆らい三角錘を奪おうとした。
 シェリーは口を呆然とあけ、目には何も見えてなかった。その顔は皺だらけになり、髪は真っ白な白髪へと変わっていた。

 一際大きな波動が起こり、サムウジの身体が弾かれた。サムウジは倒れたまま顔を上げた。視線の先には、横たわる変わり果てた少女の姿があった。
「そんな……こんな事になるなんて――」
「どうやら失敗だったようですね。機獣の方も自滅しそうです」
 機獣はぐねぐねとうねりながら、身体を猛烈な勢いで変化させていた。顔状の突起が膨れあがるかと思うや、その胴体から生身の手足が何本も生えてくる。しかしその手は顔をかきむしったかと思うと、自らの身体を傷つける。
 そのうねりがしばらく続いた後、機獣は動かなくなった。
「さて……何が失敗の原因なのか、あなたには究明してもらいますよ、サムウジ班長」
 ルシャーダは口元に微笑を浮かべると、その場を去っていった。
 サムウジは立つ力も失い、床に横たわる少女の死体を見つめた。
「お……俺は…」
 サムウジは俯いた。涙が溢れだし、嗚咽をこらえきれなかった。
(俺は、こんな事をするために外の世界へ来たのか)
 サムウジはその後、黒の写本をもってファフニールを抜け出した。
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