魔女と骸の剣士

佐藤遼空

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アストリックスの旅立ち

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「――それで、これからお二人はどうされるつもりなんですか?」
 村の出口にさしかかって、アストリックスはレギアとヒーリィに尋ねた。レギアは怪訝な表情で答えた。
「ここには立ち寄っただけだからな、本来の目的地の大洞穴に向かう。――それじゃあな」
 レギアはそれだけ言うと、くるりときびすを返しアストリックスに背を向けた。ヒーリィが少しアストリックスを見つめた後、それに続く。アストリックスは去っていく二人の背中を見つめながら、レギアが意識を失っている間にヒーリィに聞いた二人の話を思い出していた。

「――それでは、ヒーリィさんは既にお亡くなりになっていて、胸にある宝珠で今の状態を維持してるんですの?」
「そういうことだ」
 ヒーリィは頷いた。村はディーガル事件の後始末でてんやわんやになっており、その騒ぎのなか、アストリックスはヒーリィに二人のことを尋ねたのだった。
「そして、その宝珠を狙ってる帝国の機関に追われている。それがあの蜘蛛使いの姉弟だったと」
 ヒーリィが頷く。アストリックスはさらにヒーリィに尋ねてみた。
「それで……レギアさんは、何をなさろうとしてるんですか?」
「魔女殿は、呪宝を破壊する術を求めて旅をしている。行く先に目処(めど)があるのかどうかは私も知らない。私はただ、あの方に剣を捧げ、お守りしようと思っているだけだ」
「それは……」
 相当の危険を身に引き受けること。帝国の巨大さは、アストリックスも知っていた。その重さにアストリックスは小さく息を吐いた。

 ヒーリィはアストリックスの考えを察したように、小さく頷いた。
「危険は計りしれず、成就が可能かどうかは判らない。強大な力によって、闇に葬られるかもしれない。仮にそれを成したところで、誰からも賞賛されない。恐らく誰からも知られることはないだろう。何の恩賞も利益も得られない。しかもそれを成したところで、それはこの世に数多くある兵器の一つを破壊したにすぎない。それでは戦はなくならないし、争いを防ぐこともできない。
 ……それでも、あの方は困難な道を選んだ。だからこそだ。だからこそ、私はあの方に剣を捧げた。私の命ある限り――いや、命は既にないので、この存在がある限り、あの方を守ろうと決めたのだ」
 ヒーリィは表情を変えぬまま、淡々とそう話した。だが、言葉の最後でアストリックスは不意に、ヒーリィが笑顔を見せたような気がした。
(あの二人は、成せるかどうか判らないもののために、これからも旅を続ける)
 アストリックスは二人の背中を見てそう思った。

「――アストリックスさん」
 急に背中からかけられた声に、アストリックスは振り返った。そこにはカムランとシリルの姉弟が立っていた。
「とてもお世話になりました」
 シリルの言葉に続けて、二人はお辞儀をした。顔を上げると、シリルが言った。
「わたしたち、村を出ていくことにしました」
「そうですか……。何処かあてでもあるのですか?」
 アストリックスの言葉にシリルは黙ったが、かわりにカムランが口を開いた。
「アストリックスさん、ぼく、強くなりたいんだ。ぼくは――トリム・ヴェガーさんの弟子になりたい」
 カムランはそう言って、アストリックスを見つめた。その真摯な瞳に、アストリックスは微笑んだ。

「そう。もしそうなったら、わたくしは兄弟子ということになりますわ」
「……姉弟子じゃないの?」
 カムランに言われて、アストリックスはふと考えこんだ。シリルが小さく笑い、アストリックスも笑った。
「それならカムランさん、お爺様に手紙を持っていってもらえませんか?」
「アストリックスさんは、谷に帰らないの?」
「わたくしは……旅に出ようと思います」
 アストリックスは胸の中の決意に、自ら笑みがこぼれた。

   *

「――レギアさん!」
 既にかなりの距離を進んでいたレギアとヒーリィに追いつき、アストリックスは喜びに声を弾ませた。
「あんたか……。何の用だい」
「わたくしも、レギアさんと一緒に旅をしようと思います」
 アストリックスは静かな笑みを浮かべてそう言ったが、対するレギアは眉をひそめてみせた。
「よしてくれ。連れは骸だけで十分だ」
「いいえ。この先また前のように、霊力使いの相手が出ないとも限りません。魔法だけのお二人では、危険が伴います」
「あたしたちは大丈夫だ。なんとかする」
 レギアは憮然とした表情で言い切り、くるりと背を向けた。その背中に、アストリックスは微笑んだ。

「わたくしの道義は、その程度じゃありませんから」
 レギアが足を止めた。
「そう言ってくれたのはレギアさんですから。ですから、わたくしは例えレギアさんが大丈夫と言っても、お供いたします」
 アストリックスは笑ったままだった。それは迷いがすっかり晴れたことからこぼれる笑みだった。
「……勝手にしな」
 レギアがちらと振り返り、それだけ言うと歩き始めた。
 アストリックスは傍らのヒーリィに尋ねた。
「あの……お邪魔でしたか?」
「いいえ。私はあの方についていくのみ。そして魔女殿は……ただ貴女を巻き込みたくなかったから、ああ言ったまでです。本当はとても心強く思ってます」
「判ったような解説をするな!」

 レギアが振り向いて、二人に怒鳴った。しかしすぐに向き直ると、レギアは足早に歩きだした。アストリックスはヒーリィにまた訊いた。
「怒らせてしまったでしょうか?」
 ヒーリィはアストリックスに軽く首を振って見せた。
「いいえ。あれは新しい仲間ができて喜んでいるんですよ」
「そうですか」
「――勝手に解説すんな!」
 微笑むアストリックスに、レギアが振り返って怒鳴った。

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