15 / 41
有角族
しおりを挟む
「ば、馬鹿な! お前は確かに俺たちが串刺しにして、谷底に落ちたはず――」
驚愕するグレグに向かって、ヒーリィは表情も変えずに答えた。
「確かにそうだ。もし私が既に死んでなかったら、本当に死んでいただろう」
意味が判らず絶句するグレグををよそに、レギアが渋い顔でヒーリィに言った。
「遅いじゃないか、骸」
「すみません、魔女殿。谷に落ちた際に折れた木に腹部から貫通しまして。それを抜いて脱出するのに時間がかかってしまいました」
ヒーリィはそう言いながら、レギアにブレスレットその他の装身具を渡した。レギアがそれを身につける間に、グレグは気力を発して自らの足を止める氷を溶かして脱出した。
「この、くたばりぞこないが!」
グレグが剣でヒーリィに切りかかる。ヒーリィは無表情なまま、その剣を自らの剣で止めた。
「いや、くたばりぞこないではない。私は既に完全に死んでいる」
合わせた剣の接点から氷結が始まり、瞬く間に氷がグレグの全身を覆った。
「どれだけの人を殺めたかは知らぬが、今、その報いを受けるがいい」
ヒーリィは剣の一振りで、氷塊を打ち砕いた。
その間にも、アストリックスはディーガルと闘っていた。襲いかかる長い腕を受けかわし、随所に拳を叩き込んだ。
レギアは指先から火炎弾を発射する。火炎弾はディーガルの頭部に当たり爆発を起こした。魔獣が月夜に吠えた。
「見かけ通り頑丈な奴だ。だが大分動きが鈍くなってきたな」
レギアが不適な笑みを浮かべた時、ディーガルが頭を少し下げた。頭部から生えている娘の突起が、比較的低い位置にくる。と、次の瞬間、その娘は恐ろしい形相で口を開き、耳をつんざくような奇声を発し始めた。
「音波衝撃!」
アストリックスが攻撃の正体を口にした瞬間、防御した腕に大きな圧を受けて吹っ飛ぶ。レギアとヒーリィも、それぞれに衝撃波を喰らってもんどりうって倒されていた。
「チッ……こんな魔能を持ってるとは 」
「魔女殿!」
レギアが身体を起こしながら呟いた瞬間、ヒーリィがレギアをかばうように走り込む。そこに飛んできたのはディーガルの尾であり、ヒーリィは遠心力をつけて襲来してきた尾の一撃を、まともに足に喰らって倒れた。
「ヒーリィさん!」
ヒーリィの左足が膝から下が無くなっているのを見て、アストリックスは思わず叫んだ。そこに駆け込もうとした時、胴体を柔らかいものが包みアストリックスは両腕を拘束された。
間髪入れずアストリックスの身体に電撃が走る。
「ああぁぁっっ!」
気力で防御する暇もなかったアストリックスは悲鳴をあげて倒れた。
「アスト!」
レギアがアストリックスの異変に気づいた時、今度はレギアの首に何かが絡まって、レギアは身体ごと引っ張られた。レギアの身体は大木にぶつかり、さらに締め付けを増す。レギアの首に絡まったのは、分霊体(ファントム)の糸の束だった。
「こ……れは…」
ヒーリィは動こうとするが、片足が無いためにうまく動けない。そこへ黒い影が素早く近寄ると、ヒーリィの剣を長い武器で弾き飛ばしてしまった。
「ハガード姉弟――」
衝撃に身を貫かれ地に伏せているアストリックスは、ハガード姉弟が勝ち誇った顔で笑みを浮かべているのを見上げた。
「フフフ。うまい具合に魔獣とやりあってくれたわね。両方が傷つく、この機会を待ってたのよ」
「あの……巨霊蜘蛛は退治したはず…」
アストリックスが呻くと、ジュリアはアストリックスを睨むと、すぐに笑みを浮かべた。
「巨霊蜘蛛だけじゃなくて、わたし自身が分霊体(ファントム)の糸の使い手なのよ。わたしは霊式槍術家。あんたはわたしの武術が腐ってるとかほざいたけど、これがわたしの戦い方なのよ!」
ジュリアは分霊体の糸を出すと、アストリックスの身体を縛り上げた。陸ダコが離れるのを見計らってアストリックスを空中に放り上げ、地面に叩きつける。アストリックスは、歯を食いしばって衝撃に耐えた。
「フフ、いいザマ。小娘のくせにわたしを馬鹿にした報いよ」
「姉さん、こいつらの始末は後回しにして、あいつを紐覚(リンク)しちまおうよ」
「そうね。弱ってる今なら、造作ないわ」
ジュリアは笑いを浮かべると、ふわりと高い木の枝まで跳躍した。ジュリアはディーガルに向き合うと、槍の柄の先に付いている霊鏡をディーガルに向けた。
「くっ、ディーガルを自分の使獣にするつもりか」
レギアの口惜しそうな声に、ジュリスが笑いながら軽口をたたいた。
「そうさ、こんな魔獣を紐覚(リンク)する機会は滅多にないからね。姉さんの巨霊蜘蛛は、あの娘が殺しちゃったし。ちょうどよかったんだよ」
ジュリアが霊力を発すると、霊鏡から霊光が放射された。
霊力は、分霊体(ファントム)を使う場合を除くと、大半は対象の霊体に直接干渉する力のことを指す。その相互作用に適しているために使われるのが神聖文字であり、これは日常生活や魔法に使われる世界語とは異なり、一文字だけで意味を有する表意文字が使われていた。
使(ユ)獣(モル)操士(ハンドラー)は己の霊力を使って対象の創(ワール)獣(モル)の霊体に干渉するが、この際にも神聖言語が技の助けになる。操士は必要な文字を霊鏡の表に描き、それを霊力の放射によって相手に刻みつける。この刻印により紐覚(リンク)が操士(ハンドラー)との間に形成されると、創(ワール)獣(モル)は操士に従う使(ユ)獣(モル)となるのである。
ジュリアの霊鏡にも、その表面には神聖文字が描かれていた。ジュリアの霊光がディーガルに当たる。ジュリアは口元に笑みを浮かべていたが、やがてそれが消えた。ディーガルには何の変化も起きなかった。
「な……? こいつは――」
その瞬間だった。ジュリアが訝しげに眉をひそめた瞬間、その身体をディーガルの巨大なハサミが襲った。不意をつかれたジュリアはハサミに挟まれ、ディーガルの頭部の前に掲げられた。
「ぐっ……ガハッ」
凄まじいハサミの締め付けで、ジュリアの肋骨が砕ける音がする。ジュリスが異変に気づいて叫んだ。
「姉さん!」
ジュリアが口から血を吹き出している。飛び寄ろうとするジュリスはしかし、音波衝撃によって地面に転がされた。
「こ…の……」
ジュリアは捕らえられたままディーガルを槍で突こうとするが、その力は余りに弱々しかった。細い腕が飛んできて、ジュリアの槍は吹っ飛ばされる。そのままディーガルは巨大な口をジュリアの前で大きく開いてみせた。
ひ…と、ジュリアの口から短い恐怖の声が洩れる。が、その次の瞬間には、ジュリアの身体はディーガルの牙にかみ砕かれ、もう呻くことすらできなくなっていた。
「姉さん!」
ジュリスが立ち上がり、手にした杖から電撃を撃ちこむ。しかしディーガルはさほど効いた様子もなく、逆に大きなハサミの腕を一振りすると、ジュリスの身体を吹っ飛ばした。
ジュリスの邪魔を排除すると、ディーガルはジュリアを丸呑みにした。ジュリアの断末魔の悲鳴が小さく響いた。さらにディーガルは地面に落ちたジュリスを、ハサミで掴み上げる。肋骨が折れる音が響き、ジュリスが呻き声をあげた。
「なんてことを……」
身体を糸で拘束されたアストリックスは、フラつきながらも身体を起こし、ジュリスがまさに魔獣に喰われんとする様を睨んだ。
静かに息を吸い込み、細く長く吐き出す。呼気とともに、アストリックスの気力は増大していった。
「ハアアアアアア――」
突然、アストリックスの額が輝き始めた。
その光の中心部は、やがて形をまとい出す。それは三角形を底辺にした、少し反りのある角の形であった。
「あれは、有角族(コーニアン)の徴(しるし)――」
レギアが驚きの声を洩らした。アストリックスの全身が気力の光を放ち始めるとともに、その一本角は次第に輝きを納めていく。
「ハアーッッッ!」
気合いとともに、アストリックスは全身の糸を吹き飛ばした。
光を身にまとったアストリッスは、弾丸のように跳躍して、ジュリスを挟んだディーガルのハサミへと急接近する。
真半身になりながら拳を耳の高さまで上げるように腕を折り込み、肘の先端を鏃のように突き出す。後ろ方の腕は流星の尾のように後ろへ伸ばし、凄まじい勢いでアストリックスの肘は、魔獣の腕へと突き刺さった。
「破ッ!」
星光拳の奥義の一つである『流星頂肘撃』である。増大した気力を肘の一点に集中させ、どんな硬度のものでも破壊するという技であった。
ディーガルのハサミが粉砕され、ジュリスが地面に落ちる。ジュリスは力なく地面に転がった。
ディーガルが悲鳴に似た奇声をあげて山の手へ逃れようとする。アストリックスはそれには構わず、地面に横たわるジュリスに駆け寄って治癒術を施し始めた。
「……お前…なにをしてる…?」
意識が戻ったジュリスが驚きに目を見張りながらアストリックスに口をきいた。アストリックスは答えず、ただ治癒術を施した。
「――これでいいはずです。体力は回復しませんが、裂傷と骨折は治りました」
ジュリスはよろけながらも立ち上がり、アストリックスを凝視した。
「お前……馬鹿じゃないのか? ボクはお前を殺そうとしたんだぞ!」
アストリックスは困った表情で、何も言えなかった。
「――その女は馬鹿なんだ。馬鹿がつくほどのお人好しさ」
糸の拘束をヒーリィに解かれたレギアが、歩み寄ってきて口を挟んだ。レギアは片眉を上げて、呆れたような声を出した。
「なにせ、何の見返りも関係もないのに、人から頼まれたというだけで魔獣退治をしようというんだ。馬鹿じゃなきゃできないことだろ」
アストリックスはレギアへ視線を向けた。レギアは小さく微笑んでみせた。
「――だが、あたしは嫌いじゃない」
「レギアさん……」
アストリックスは少し涙ぐんで笑みを洩らした。その様子にジュリスは苛立った声をあげた。
「ハンッ、そんな馬鹿につきあってられるものか」
ジュリスが片手をサッと上げると、何処からか黒い煙幕が吹き出してきた。陸ダコの煙幕だったが、それが薄れる頃にはジュリスの姿はもうなかった。
驚愕するグレグに向かって、ヒーリィは表情も変えずに答えた。
「確かにそうだ。もし私が既に死んでなかったら、本当に死んでいただろう」
意味が判らず絶句するグレグををよそに、レギアが渋い顔でヒーリィに言った。
「遅いじゃないか、骸」
「すみません、魔女殿。谷に落ちた際に折れた木に腹部から貫通しまして。それを抜いて脱出するのに時間がかかってしまいました」
ヒーリィはそう言いながら、レギアにブレスレットその他の装身具を渡した。レギアがそれを身につける間に、グレグは気力を発して自らの足を止める氷を溶かして脱出した。
「この、くたばりぞこないが!」
グレグが剣でヒーリィに切りかかる。ヒーリィは無表情なまま、その剣を自らの剣で止めた。
「いや、くたばりぞこないではない。私は既に完全に死んでいる」
合わせた剣の接点から氷結が始まり、瞬く間に氷がグレグの全身を覆った。
「どれだけの人を殺めたかは知らぬが、今、その報いを受けるがいい」
ヒーリィは剣の一振りで、氷塊を打ち砕いた。
その間にも、アストリックスはディーガルと闘っていた。襲いかかる長い腕を受けかわし、随所に拳を叩き込んだ。
レギアは指先から火炎弾を発射する。火炎弾はディーガルの頭部に当たり爆発を起こした。魔獣が月夜に吠えた。
「見かけ通り頑丈な奴だ。だが大分動きが鈍くなってきたな」
レギアが不適な笑みを浮かべた時、ディーガルが頭を少し下げた。頭部から生えている娘の突起が、比較的低い位置にくる。と、次の瞬間、その娘は恐ろしい形相で口を開き、耳をつんざくような奇声を発し始めた。
「音波衝撃!」
アストリックスが攻撃の正体を口にした瞬間、防御した腕に大きな圧を受けて吹っ飛ぶ。レギアとヒーリィも、それぞれに衝撃波を喰らってもんどりうって倒されていた。
「チッ……こんな魔能を持ってるとは 」
「魔女殿!」
レギアが身体を起こしながら呟いた瞬間、ヒーリィがレギアをかばうように走り込む。そこに飛んできたのはディーガルの尾であり、ヒーリィは遠心力をつけて襲来してきた尾の一撃を、まともに足に喰らって倒れた。
「ヒーリィさん!」
ヒーリィの左足が膝から下が無くなっているのを見て、アストリックスは思わず叫んだ。そこに駆け込もうとした時、胴体を柔らかいものが包みアストリックスは両腕を拘束された。
間髪入れずアストリックスの身体に電撃が走る。
「ああぁぁっっ!」
気力で防御する暇もなかったアストリックスは悲鳴をあげて倒れた。
「アスト!」
レギアがアストリックスの異変に気づいた時、今度はレギアの首に何かが絡まって、レギアは身体ごと引っ張られた。レギアの身体は大木にぶつかり、さらに締め付けを増す。レギアの首に絡まったのは、分霊体(ファントム)の糸の束だった。
「こ……れは…」
ヒーリィは動こうとするが、片足が無いためにうまく動けない。そこへ黒い影が素早く近寄ると、ヒーリィの剣を長い武器で弾き飛ばしてしまった。
「ハガード姉弟――」
衝撃に身を貫かれ地に伏せているアストリックスは、ハガード姉弟が勝ち誇った顔で笑みを浮かべているのを見上げた。
「フフフ。うまい具合に魔獣とやりあってくれたわね。両方が傷つく、この機会を待ってたのよ」
「あの……巨霊蜘蛛は退治したはず…」
アストリックスが呻くと、ジュリアはアストリックスを睨むと、すぐに笑みを浮かべた。
「巨霊蜘蛛だけじゃなくて、わたし自身が分霊体(ファントム)の糸の使い手なのよ。わたしは霊式槍術家。あんたはわたしの武術が腐ってるとかほざいたけど、これがわたしの戦い方なのよ!」
ジュリアは分霊体の糸を出すと、アストリックスの身体を縛り上げた。陸ダコが離れるのを見計らってアストリックスを空中に放り上げ、地面に叩きつける。アストリックスは、歯を食いしばって衝撃に耐えた。
「フフ、いいザマ。小娘のくせにわたしを馬鹿にした報いよ」
「姉さん、こいつらの始末は後回しにして、あいつを紐覚(リンク)しちまおうよ」
「そうね。弱ってる今なら、造作ないわ」
ジュリアは笑いを浮かべると、ふわりと高い木の枝まで跳躍した。ジュリアはディーガルに向き合うと、槍の柄の先に付いている霊鏡をディーガルに向けた。
「くっ、ディーガルを自分の使獣にするつもりか」
レギアの口惜しそうな声に、ジュリスが笑いながら軽口をたたいた。
「そうさ、こんな魔獣を紐覚(リンク)する機会は滅多にないからね。姉さんの巨霊蜘蛛は、あの娘が殺しちゃったし。ちょうどよかったんだよ」
ジュリアが霊力を発すると、霊鏡から霊光が放射された。
霊力は、分霊体(ファントム)を使う場合を除くと、大半は対象の霊体に直接干渉する力のことを指す。その相互作用に適しているために使われるのが神聖文字であり、これは日常生活や魔法に使われる世界語とは異なり、一文字だけで意味を有する表意文字が使われていた。
使(ユ)獣(モル)操士(ハンドラー)は己の霊力を使って対象の創(ワール)獣(モル)の霊体に干渉するが、この際にも神聖言語が技の助けになる。操士は必要な文字を霊鏡の表に描き、それを霊力の放射によって相手に刻みつける。この刻印により紐覚(リンク)が操士(ハンドラー)との間に形成されると、創(ワール)獣(モル)は操士に従う使(ユ)獣(モル)となるのである。
ジュリアの霊鏡にも、その表面には神聖文字が描かれていた。ジュリアの霊光がディーガルに当たる。ジュリアは口元に笑みを浮かべていたが、やがてそれが消えた。ディーガルには何の変化も起きなかった。
「な……? こいつは――」
その瞬間だった。ジュリアが訝しげに眉をひそめた瞬間、その身体をディーガルの巨大なハサミが襲った。不意をつかれたジュリアはハサミに挟まれ、ディーガルの頭部の前に掲げられた。
「ぐっ……ガハッ」
凄まじいハサミの締め付けで、ジュリアの肋骨が砕ける音がする。ジュリスが異変に気づいて叫んだ。
「姉さん!」
ジュリアが口から血を吹き出している。飛び寄ろうとするジュリスはしかし、音波衝撃によって地面に転がされた。
「こ…の……」
ジュリアは捕らえられたままディーガルを槍で突こうとするが、その力は余りに弱々しかった。細い腕が飛んできて、ジュリアの槍は吹っ飛ばされる。そのままディーガルは巨大な口をジュリアの前で大きく開いてみせた。
ひ…と、ジュリアの口から短い恐怖の声が洩れる。が、その次の瞬間には、ジュリアの身体はディーガルの牙にかみ砕かれ、もう呻くことすらできなくなっていた。
「姉さん!」
ジュリスが立ち上がり、手にした杖から電撃を撃ちこむ。しかしディーガルはさほど効いた様子もなく、逆に大きなハサミの腕を一振りすると、ジュリスの身体を吹っ飛ばした。
ジュリスの邪魔を排除すると、ディーガルはジュリアを丸呑みにした。ジュリアの断末魔の悲鳴が小さく響いた。さらにディーガルは地面に落ちたジュリスを、ハサミで掴み上げる。肋骨が折れる音が響き、ジュリスが呻き声をあげた。
「なんてことを……」
身体を糸で拘束されたアストリックスは、フラつきながらも身体を起こし、ジュリスがまさに魔獣に喰われんとする様を睨んだ。
静かに息を吸い込み、細く長く吐き出す。呼気とともに、アストリックスの気力は増大していった。
「ハアアアアアア――」
突然、アストリックスの額が輝き始めた。
その光の中心部は、やがて形をまとい出す。それは三角形を底辺にした、少し反りのある角の形であった。
「あれは、有角族(コーニアン)の徴(しるし)――」
レギアが驚きの声を洩らした。アストリックスの全身が気力の光を放ち始めるとともに、その一本角は次第に輝きを納めていく。
「ハアーッッッ!」
気合いとともに、アストリックスは全身の糸を吹き飛ばした。
光を身にまとったアストリッスは、弾丸のように跳躍して、ジュリスを挟んだディーガルのハサミへと急接近する。
真半身になりながら拳を耳の高さまで上げるように腕を折り込み、肘の先端を鏃のように突き出す。後ろ方の腕は流星の尾のように後ろへ伸ばし、凄まじい勢いでアストリックスの肘は、魔獣の腕へと突き刺さった。
「破ッ!」
星光拳の奥義の一つである『流星頂肘撃』である。増大した気力を肘の一点に集中させ、どんな硬度のものでも破壊するという技であった。
ディーガルのハサミが粉砕され、ジュリスが地面に落ちる。ジュリスは力なく地面に転がった。
ディーガルが悲鳴に似た奇声をあげて山の手へ逃れようとする。アストリックスはそれには構わず、地面に横たわるジュリスに駆け寄って治癒術を施し始めた。
「……お前…なにをしてる…?」
意識が戻ったジュリスが驚きに目を見張りながらアストリックスに口をきいた。アストリックスは答えず、ただ治癒術を施した。
「――これでいいはずです。体力は回復しませんが、裂傷と骨折は治りました」
ジュリスはよろけながらも立ち上がり、アストリックスを凝視した。
「お前……馬鹿じゃないのか? ボクはお前を殺そうとしたんだぞ!」
アストリックスは困った表情で、何も言えなかった。
「――その女は馬鹿なんだ。馬鹿がつくほどのお人好しさ」
糸の拘束をヒーリィに解かれたレギアが、歩み寄ってきて口を挟んだ。レギアは片眉を上げて、呆れたような声を出した。
「なにせ、何の見返りも関係もないのに、人から頼まれたというだけで魔獣退治をしようというんだ。馬鹿じゃなきゃできないことだろ」
アストリックスはレギアへ視線を向けた。レギアは小さく微笑んでみせた。
「――だが、あたしは嫌いじゃない」
「レギアさん……」
アストリックスは少し涙ぐんで笑みを洩らした。その様子にジュリスは苛立った声をあげた。
「ハンッ、そんな馬鹿につきあってられるものか」
ジュリスが片手をサッと上げると、何処からか黒い煙幕が吹き出してきた。陸ダコの煙幕だったが、それが薄れる頃にはジュリスの姿はもうなかった。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ
Ryo-k
ファンタジー
「リリーナ! 貴様との契約を破棄する!」
結界魔術師リリーナにそう仰るのは、ライオネル・ウォルツ侯爵。
「彼女は結界魔術師1級を所持している。だから貴様はもう不要だ」
とシュナ・ファールと名乗る別の女性を部屋に呼んで宣言する。
リリーナは結界魔術師2級を所持している。
ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。
……本当なら……ね。
※完結まで執筆済み
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
愛想を尽かした女と尽かされた男
火野村志紀
恋愛
※全16話となります。
「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」
ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
【完結】徒花の王妃
つくも茄子
ファンタジー
その日、王妃は王都を去った。
何故か勝手についてきた宰相と共に。今は亡き、王国の最後の王女。そして今また滅びゆく国の最後の王妃となった彼女の胸の内は誰にも分からない。亡命した先で名前と身分を変えたテレジア王女。テレサとなった彼女を知る数少ない宰相。国のために生きた王妃の物語が今始まる。
「婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?」の王妃の物語。単体で読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる