魔女と骸の剣士

佐藤遼空

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有角族

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「ば、馬鹿な! お前は確かに俺たちが串刺しにして、谷底に落ちたはず――」
 驚愕するグレグに向かって、ヒーリィは表情も変えずに答えた。
「確かにそうだ。もし私が既に死んでなかったら、本当に死んでいただろう」
 意味が判らず絶句するグレグををよそに、レギアが渋い顔でヒーリィに言った。
「遅いじゃないか、骸」
「すみません、魔女殿。谷に落ちた際に折れた木に腹部から貫通しまして。それを抜いて脱出するのに時間がかかってしまいました」
 ヒーリィはそう言いながら、レギアにブレスレットその他の装身具を渡した。レギアがそれを身につける間に、グレグは気力を発して自らの足を止める氷を溶かして脱出した。

「この、くたばりぞこないが!」
 グレグが剣でヒーリィに切りかかる。ヒーリィは無表情なまま、その剣を自らの剣で止めた。
「いや、くたばりぞこないではない。私は既に完全に死んでいる」
 合わせた剣の接点から氷結が始まり、瞬く間に氷がグレグの全身を覆った。
「どれだけの人を殺めたかは知らぬが、今、その報いを受けるがいい」
 ヒーリィは剣の一振りで、氷塊を打ち砕いた。
 その間にも、アストリックスはディーガルと闘っていた。襲いかかる長い腕を受けかわし、随所に拳を叩き込んだ。
 レギアは指先から火炎弾を発射する。火炎弾はディーガルの頭部に当たり爆発を起こした。魔獣が月夜に吠えた。

「見かけ通り頑丈な奴だ。だが大分動きが鈍くなってきたな」
 レギアが不適な笑みを浮かべた時、ディーガルが頭を少し下げた。頭部から生えている娘の突起が、比較的低い位置にくる。と、次の瞬間、その娘は恐ろしい形相で口を開き、耳をつんざくような奇声を発し始めた。
「音波衝撃!」 
 アストリックスが攻撃の正体を口にした瞬間、防御した腕に大きな圧を受けて吹っ飛ぶ。レギアとヒーリィも、それぞれに衝撃波を喰らってもんどりうって倒されていた。
「チッ……こんな魔能を持ってるとは  」
「魔女殿!」
 レギアが身体を起こしながら呟いた瞬間、ヒーリィがレギアをかばうように走り込む。そこに飛んできたのはディーガルの尾であり、ヒーリィは遠心力をつけて襲来してきた尾の一撃を、まともに足に喰らって倒れた。

「ヒーリィさん!」
 ヒーリィの左足が膝から下が無くなっているのを見て、アストリックスは思わず叫んだ。そこに駆け込もうとした時、胴体を柔らかいものが包みアストリックスは両腕を拘束された。
 間髪入れずアストリックスの身体に電撃が走る。
「ああぁぁっっ!」
 気力で防御する暇もなかったアストリックスは悲鳴をあげて倒れた。
「アスト!」
 レギアがアストリックスの異変に気づいた時、今度はレギアの首に何かが絡まって、レギアは身体ごと引っ張られた。レギアの身体は大木にぶつかり、さらに締め付けを増す。レギアの首に絡まったのは、分霊体(ファントム)の糸の束だった。
「こ……れは…」

 ヒーリィは動こうとするが、片足が無いためにうまく動けない。そこへ黒い影が素早く近寄ると、ヒーリィの剣を長い武器で弾き飛ばしてしまった。
「ハガード姉弟――」
 衝撃に身を貫かれ地に伏せているアストリックスは、ハガード姉弟が勝ち誇った顔で笑みを浮かべているのを見上げた。
「フフフ。うまい具合に魔獣とやりあってくれたわね。両方が傷つく、この機会を待ってたのよ」
「あの……巨霊蜘蛛は退治したはず…」
 アストリックスが呻くと、ジュリアはアストリックスを睨むと、すぐに笑みを浮かべた。
「巨霊蜘蛛だけじゃなくて、わたし自身が分霊体(ファントム)の糸の使い手なのよ。わたしは霊式槍術家。あんたはわたしの武術が腐ってるとかほざいたけど、これがわたしの戦い方なのよ!」
 ジュリアは分霊体の糸を出すと、アストリックスの身体を縛り上げた。陸ダコが離れるのを見計らってアストリックスを空中に放り上げ、地面に叩きつける。アストリックスは、歯を食いしばって衝撃に耐えた。

「フフ、いいザマ。小娘のくせにわたしを馬鹿にした報いよ」
「姉さん、こいつらの始末は後回しにして、あいつを紐覚(リンク)しちまおうよ」
「そうね。弱ってる今なら、造作ないわ」
 ジュリアは笑いを浮かべると、ふわりと高い木の枝まで跳躍した。ジュリアはディーガルに向き合うと、槍の柄の先に付いている霊鏡をディーガルに向けた。
「くっ、ディーガルを自分の使獣にするつもりか」
 レギアの口惜しそうな声に、ジュリスが笑いながら軽口をたたいた。
「そうさ、こんな魔獣を紐覚(リンク)する機会は滅多にないからね。姉さんの巨霊蜘蛛は、あの娘が殺しちゃったし。ちょうどよかったんだよ」
 ジュリアが霊力を発すると、霊鏡から霊光が放射された。

 霊力は、分霊体(ファントム)を使う場合を除くと、大半は対象の霊体に直接干渉する力のことを指す。その相互作用に適しているために使われるのが神聖文字であり、これは日常生活や魔法に使われる世界語とは異なり、一文字だけで意味を有する表意文字が使われていた。
 使(ユ)獣(モル)操士(ハンドラー)は己の霊力を使って対象の創(ワール)獣(モル)の霊体に干渉するが、この際にも神聖言語が技の助けになる。操士は必要な文字を霊鏡の表に描き、それを霊力の放射によって相手に刻みつける。この刻印により紐覚(リンク)が操士(ハンドラー)との間に形成されると、創(ワール)獣(モル)は操士に従う使(ユ)獣(モル)となるのである。
 ジュリアの霊鏡にも、その表面には神聖文字が描かれていた。ジュリアの霊光がディーガルに当たる。ジュリアは口元に笑みを浮かべていたが、やがてそれが消えた。ディーガルには何の変化も起きなかった。
「な……? こいつは――」

 その瞬間だった。ジュリアが訝しげに眉をひそめた瞬間、その身体をディーガルの巨大なハサミが襲った。不意をつかれたジュリアはハサミに挟まれ、ディーガルの頭部の前に掲げられた。
「ぐっ……ガハッ」 
 凄まじいハサミの締め付けで、ジュリアの肋骨が砕ける音がする。ジュリスが異変に気づいて叫んだ。
「姉さん!」
 ジュリアが口から血を吹き出している。飛び寄ろうとするジュリスはしかし、音波衝撃によって地面に転がされた。
「こ…の……」
 ジュリアは捕らえられたままディーガルを槍で突こうとするが、その力は余りに弱々しかった。細い腕が飛んできて、ジュリアの槍は吹っ飛ばされる。そのままディーガルは巨大な口をジュリアの前で大きく開いてみせた。

 ひ…と、ジュリアの口から短い恐怖の声が洩れる。が、その次の瞬間には、ジュリアの身体はディーガルの牙にかみ砕かれ、もう呻くことすらできなくなっていた。
「姉さん!」
 ジュリスが立ち上がり、手にした杖から電撃を撃ちこむ。しかしディーガルはさほど効いた様子もなく、逆に大きなハサミの腕を一振りすると、ジュリスの身体を吹っ飛ばした。
 ジュリスの邪魔を排除すると、ディーガルはジュリアを丸呑みにした。ジュリアの断末魔の悲鳴が小さく響いた。さらにディーガルは地面に落ちたジュリスを、ハサミで掴み上げる。肋骨が折れる音が響き、ジュリスが呻き声をあげた。
「なんてことを……」
 身体を糸で拘束されたアストリックスは、フラつきながらも身体を起こし、ジュリスがまさに魔獣に喰われんとする様を睨んだ。

 静かに息を吸い込み、細く長く吐き出す。呼気とともに、アストリックスの気力は増大していった。
「ハアアアアアア――」
 突然、アストリックスの額が輝き始めた。
 その光の中心部は、やがて形をまとい出す。それは三角形を底辺にした、少し反りのある角の形であった。
「あれは、有角族(コーニアン)の徴(しるし)――」
 レギアが驚きの声を洩らした。アストリックスの全身が気力の光を放ち始めるとともに、その一本角は次第に輝きを納めていく。
「ハアーッッッ!」
 気合いとともに、アストリックスは全身の糸を吹き飛ばした。 

 光を身にまとったアストリッスは、弾丸のように跳躍して、ジュリスを挟んだディーガルのハサミへと急接近する。
 真半身になりながら拳を耳の高さまで上げるように腕を折り込み、肘の先端を鏃のように突き出す。後ろ方の腕は流星の尾のように後ろへ伸ばし、凄まじい勢いでアストリックスの肘は、魔獣の腕へと突き刺さった。 
「破ッ!」
 星光拳の奥義の一つである『流星頂肘撃』である。増大した気力を肘の一点に集中させ、どんな硬度のものでも破壊するという技であった。
 ディーガルのハサミが粉砕され、ジュリスが地面に落ちる。ジュリスは力なく地面に転がった。

 ディーガルが悲鳴に似た奇声をあげて山の手へ逃れようとする。アストリックスはそれには構わず、地面に横たわるジュリスに駆け寄って治癒術を施し始めた。
「……お前…なにをしてる…?」
 意識が戻ったジュリスが驚きに目を見張りながらアストリックスに口をきいた。アストリックスは答えず、ただ治癒術を施した。
「――これでいいはずです。体力は回復しませんが、裂傷と骨折は治りました」
 ジュリスはよろけながらも立ち上がり、アストリックスを凝視した。
「お前……馬鹿じゃないのか? ボクはお前を殺そうとしたんだぞ!」
 アストリックスは困った表情で、何も言えなかった。
「――その女は馬鹿なんだ。馬鹿がつくほどのお人好しさ」

 糸の拘束をヒーリィに解かれたレギアが、歩み寄ってきて口を挟んだ。レギアは片眉を上げて、呆れたような声を出した。
「なにせ、何の見返りも関係もないのに、人から頼まれたというだけで魔獣退治をしようというんだ。馬鹿じゃなきゃできないことだろ」
 アストリックスはレギアへ視線を向けた。レギアは小さく微笑んでみせた。
「――だが、あたしは嫌いじゃない」
「レギアさん……」
 アストリックスは少し涙ぐんで笑みを洩らした。その様子にジュリスは苛立った声をあげた。
「ハンッ、そんな馬鹿につきあってられるものか」
 ジュリスが片手をサッと上げると、何処からか黒い煙幕が吹き出してきた。陸ダコの煙幕だったが、それが薄れる頃にはジュリスの姿はもうなかった。
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