レナルテで逢いましょう

佐藤遼空

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ソードマスター禅空

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 一瞬で、あの時の苦しい思い出が甦った。
 あの過ちを僕がどれだけ悔いたか判らない。先生の元を去るくらいなら、正々堂々と戦って負けた方が数段マシだった。だけど過ちを取り戻すことはできず、僕はそれ以降『トゥルー・ソード』にログインする事はなかった。

 その後はグラードとして『ノワルド』で戦っていたが、決闘の際には時壊魔法は使わなかった。負けるなら負けるで、それで構わないと思っていた。アイテム等の関係でたまたま決闘で負けることはなかった。けどそれは僕の技量が高いからではない。もっと、上には上がいる。たまたま、そういう相手に会わなかったが、アルデバランは本来、僕より強かったのだ。
「……教えを乞いに来たのではありません。お願いがあって来ました」
「何だ?」
 僕の言葉に、禅空が訊き返した。
「アルデバランと戦ってほしいのです」
 僕はそう言った後、事の経緯を話した。アルデバランがNISに雇われてる傭兵集団ブラック・バッファローの隊長であること。アルデバランが友人から超高速アイテムを入手した事。アルデバランが大統領暗殺を目論み、次はサミットを狙ってくること。それを止められるのは、同じ超高速を持つ条件が必要なこと…等である。

 禅空は話してる間に、縁側へ移動して腰を降ろした。一区切りつくと、禅空は言った。
「サミットってのはお偉いさん方の話し合いだろ? 別の機会をつくりゃいいんじゃないの?」
「今度のサミットは、世界にある差別を撤廃する事を主要国が同意することが織り込まれてます。とても大事な会議です」
「上が決めたって、それで世の中が良くなるわけでもないだろ」
 苦笑して見せる禅空に、僕は言った。
「女性の参政権や、子供の権利…性的マイノリティへの理解等、法律で公式に決まったからこそ、理解が進んだことが沢山あります。法律を変えても、すぐに世の中の偏見や不平等が無くなる訳じゃない。だけど、まずその一歩を踏み出すことが大事なんです」
「わぁった、わぁった。理屈はよく判ったよ」
 手を振ってみせる禅空に、僕は言った。

「NISの差別的な体制から人を救う仕事をしていた親友が……アルデバランに殺されました。超高速アイテムは、その時に奪われたものです」
 禅空の口元から、笑みが消えた。
「しかしそりゃ…お前の関わった事件で、お前自身が片づけなきゃいけない問題なんじゃないのか?」
「それは判ってます。けど…僕ではアルデバランに勝てない。あいつに復讐したい訳じゃありません。僕はただ、雪人が守ろうとしたものを、守りたい。だからお願いに来たんです、先生」
 僕は縁側に座る禅空の前で、膝をついて頭を下げた。
「お願いします、先生。サミットを守ってください」
 返答はない。だが僕は、声がするまで頭を深く下げたままでいるつもりだった。

「ーー俺はお前の代わりに戦うつもりはない」
 僕は顔を上げて禅空を見る。
「それに、お前に戦い方を教えるつもりもない」
「先生ーー」
「…が、立ち合いならやってやる。お前が俺に挑むなら、だ」
 禅空の言葉の意味が判った。先生は、立ち合いという形で稽古をつけてくれると言ってるのだ。
「ただし条件がある。俺の気の済むまで立ち合う事だ。そうだな……俺は体力が有り余ってるから、数時間はやるぜ。それでもやるか?」
「先生、ありがとうございます」
 僕はまた深く頭を下げた。先生の厚意に、泣きそうだった。

 それから僕は、禅空先生と立ち合った。最初の一本は、一瞬で斬られた。リセット・ポイントを此処にしたので、すぐにその場に戻って来る。その後も、何度も僕は斬られた。

 先生の元を去ってから、ノワルドで決闘もしたし、それこそアルデバランとも戦ったが、先生の剣技の凄さは比較にならなかった。けどそれは、威圧的だったり恐ろしいというものではない。気づくと斬られている、という体のものだった。
 先生は殺気を出さない。出す時は、それはなんらかの仕掛けなのだ。殺気がないまま、すっと入り込んでくるか、その殺気に動かされたところを斬られるか。何しろ、動きは極めて速く、いつの間にか動いてる。そういう動きだった。

 最初の30分くらいはケイトも見ていたが、やがて「終わったら、連絡して」と言い残し去っていった。僕は構わず、先生と立ち合っていた。2時間くらいやった時、先生が不意に微笑しながら言った。
「稽古はしてたようだな」
 僕は嬉しくなった。そう、僕は先生の元を去った後も、独り稽古を続けていた。そしてノワルドでも多くの戦いを経験した。考えて工夫をし、また稽古する。その繰り返しだと先生に言われた事を、忘れずに守っていた。

 やがて僕は気づいた。先生はそれまでに教えてくれたことを、僕が思い出すように反復してくれている。僕の剣技はノワルドでモンスターなどを相手にするうちに、荒くなった部分があった。それを丁寧な剣技を思い出すように、稽古をつけてくれている。剣を交えて必死になりながら、先生の指導に泣きそうだった。
 6時間くらい経った。僕の剣が、一瞬速く先生の肩を斬る。先生は僕の眼前で、剣を止めた。多分、実戦なら先生は深手だが、僕は即死だ。けど、禅空先生は微笑を洩らした。
「まあ、いいんじゃねえか。満足したよ、俺も」
 禅空はそう言うと、刀を納めた。体力には反映しない、はずなのに、全身に凄まじい疲労があった。僕は身体を支えきれず、その場で座り込んだ。

「…ありがとうございます」
 僕はそのまま、地面に額をつけた。本当に有難かった。この恩義に報いたいーーそんな想いで胸を熱くしていると、先生の声がした。
「まあけど、あいつに勝つのは難しいかな」
 僕は驚いて、先生を見上げた。
「少し稽古したくらいで、いきなり強くなるんなら苦労はしねえよな。奴だって、今までに多くの積み上げがあるから実力がある」
「じゃあ……」
 僕は、どうしたらーー  

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