レナルテで逢いましょう

佐藤遼空

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第10章 デジタル・ニルヴァーナ  社長と我が子

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 ストーリー・ビューのシナリオを書いて夜更かしをし、、僕は『プラトニック学園』には二限目から入った。
「おい、アキラ、襲いから心配したぞ」
 授業が終わると、疾風マサオがそう話しかけてくる。僕はマサオに言った。
「マサオ、今日が期限だ。美那さんが誰か判った?」
「おお、判った。…と、思う」
 マサオが少し不安げに言う。僕は頷いて、クラスメイトを見回した。
「マサオ、美那さんは誰?」
 マサオは黙って歩き始める。そして、一人のクラスメイトの前で立ち止まった。
「お前が美那だ」
 突然の宣言に驚愕の表情を見せたのは  クラス委員長の赤路学だった。

「な……何を言ってるんだ、君は?」
 学は眼鏡の奥の眼を見開きながら、動揺した口調でそう言った。
「お前が美那だろう? とぼけなくてもいい。オレには判ったんだ」
 マサオは真面目な顔で、学に言った。学は思い直したように平静に戻ると、マサオを睨みつけた。
「君に判る筈がない。どうせ、そこのアキラにでも教わったんだろう? 君は、社員の神楽坂さんでしょう?」
 学は僕を見て、そう問い正した。僕は黙って頷いた。

「ほうら! やっぱり1人でぼくを見つけることなんてできないんだ」
「最初は全く判らなかったよ」
 マサオはそう、ゆっくりと話し始めた。事態の異常さに気付いて、クラスメイトが注目し始めてる。けど構わず、マサオは言葉を続けた。
「一生懸命になって女子から探してたんだが判らなかった。みんな美那とは違う感じがしたんだ。けど、アキラに言われた事を思い出したんだ。『女子とは限らないよ』ってな。それで、男子の様子も観察した。そしたら、よく見たら委員長が美那の雰囲気にそっくりだったんだ。うまく言えないけど、話し方とか仕草とか……。それで判ったよ。ーーけど、アキラは学が美那だって、眼をつけてたんだろう? よく判ったな」

「まず学校中の生徒の名前を見て、少しの改変で近くなる名前を捜したんです。けど、そういう感じの名前がなかった。それでKAZAMA MINAのアナグラムをいじったんですよ。けど、これもピッタリ合う名前はなかった。けど、ふとAKAZI MANABは近いと思った。それで『美那』を『ビナ』と読んだら、アナグラムが合う事に気付いたんです。で、多分、彼だろうと」
 学の眼が驚きに開かれる。僕は学に言った。
「確かにヒントはあげた。けど、マサオは自力で君を見つけ出したんだ。マサオが君の事を、本当に大事にしてきたからだ。君の方も、それに応えてあげてもいいんじゃないかな」
「嫌だ! ぼくは……現実に戻りたくない!」
 学は両手で顔を覆って叫んだ。マサオがそこで声を上げる。
「どうしてだ? どうしてそんな事を言うんだ? オレに話してくれよ」
 手を開いて指の隙間から、学がマサオを見つめる。けど、その眼が潤むと、学は駆けだした。

「美那!」
 学は教室の外へと走っていく。僕はマサオに言った。
「マサオ、追わないと」
「アキラ、一緒に来てくれ!」
 いや、そこは親子の話し合いが必要な場面じゃ…。
「オレじゃあ、あいつの話を聞いてやれる自信がない。頼む、一緒に来てくれ!」
「仕方ないな」
 僕はそう答えて、マサオと一緒に走り出した。

 学はグラウンド傍の通路まで駆けてきていた。一気に走って息が上がったらしい。木陰で学は、幹に手をかけて俯いていた。
「美那……」
「その名前で呼ぶな!」
 学が苛立った眼で、呼びかけたマサオを睨む。マサオは一瞬怯んだが、抗してもう一度呼びかけた。
「そんな事言ったって、お前は美那だ。それは変えようがないじゃないか」
「その価値観が嫌なんだ!」
 学は顔を上げると、マサオにくってかかった。
「いつだって現実が大事で、変えようがないものと思ってる。そんな奴に、ぼくの気持ちなんか判らないさ」
「確かに判らない。だから、お前が何を考えてるのか、聞かせてくれよ」
 マサオにそう言われ、学は眼を見開いて口ごもった。顔が赤くなり、唇が震えている。本人の中で、葛藤しているのが見て取れた。

「父親だから……話せない事もあったんじゃないかな」
 僕は傍から、そう言った。学が驚いたように、僕を見る。
「自分でも認めたくないし、父親にも話したくない。そんな事があったんじゃないの? だけどね、話してみることで、重かった荷物が軽くなる事だってあるんだよ」
 僕がそう言うと、学はマサオの顔をまじまじと見つめた。マサオが頷く。学の眼から、涙が零れ落ちた。
「お父さん……ぼくは、女の子じゃないんです」
「それはーー?」
 マサオは理解が追いつかない様子で、複雑な顔をした。

「小さい頃から、自分は女の子じゃないって思ってました。けど、お母さんやお父さんに女の子の服を着せられる度、『可愛い』って褒められる度、それに嬉しそうにしなきゃって思って振る舞ってた。けど本当は嫌だった。ある程度年齢がいって、男の子っぽい服でもよくなって、やっと安心できた。けど思春期になって、自分が好きになるのが女の子ばかりだって気づいて、自分が少し違うんだって判り始めた。けどお母さんは離婚して離れてしまって、お父さんも仕事で忙しそうだった。何より、周りと違う自分が恐かった……」
 学が、大変な勇気を振り絞って話しているのが判った。マサオもそれを受け止めようと、真剣に聞いている。

「周りには話せなかった。ずっと女友達でいるように振る舞ってた。女の子同士は手をつないだりとかするし、ぼくは女の子にモテたから、ちょっと気分が良かった。けど、そういう子たちの気持ちとは別に、自分は本気で女の子しか好きになれないし、自分は女じゃないっていう想いがいつもあった…。けど、高三の時、本当に好きになった友達がいて…告白した。けどそしたらーー」
 学はそこまで話して、息を呑んだ。苦しいのに違いなかった。僕もマサオも、ただ黙って学の様子を見つめていた。
「ーー気持ち悪いって。そう言われた。凄く冷めた眼で、僕を見てた。それからその子は口もきいてくれなくなった。けど…それだけじゃ済まなかった。ある日、下校途中で……私は男三人に…乱暴された……」
 マサオが息を呑んで、学の両肩を掴んだ。学は俯いて、視線を合わせる事ができない。けど、必死で言葉を続けた。

「乱暴された後で…男の一人が言ったの。『自分が女だって教えてやれって、あいつに言われたんだぜ』って。あの子が…男たちをたきつけてた……。私は…もう、学校に行けなくて……」
 涙ぐむ学を、マサオが強く抱きしめる。
「判った! そうだったんだな。何も知らずに学校をサボるな、なんて言って悪かった。オレが悪かった…ごめんな、美那。辛かっただろう。一番つらい時に、ちゃんと傍にいてやれなくて、本当にごめんな」
 マサオは泣きながら、学を抱きしめている。けどその身体を、学はそっと遠ざけた。

「…私は女じゃないって、ずっと思ってた。けど、あんな男みたいな生き物になりたいわけじゃない。私は何にもなりたくないし、何処にも居場所がないの。だから私は…別の場所にいく」
「お前の居場所はある! オレの傍だ! それに何処へいったって、あった事を無かったことにはできない。…それはお前にも、本当は判っているだろう?」
 マサオの言葉を聞いて、学は膝から崩れて顔を覆った。
「私は……どうしたら…」
「どんな人生だって、支えてくれる人間がいればやり直せる。オレだって、少年院から出たオレを拾ってくれた社長がいなかったら、まっとうに生きることもできなかった。だけど人に助けられたおかげで、人間はやり直せるんだって判ったんだ。美那、お前がオレが支えてやる。だから自分の足で立って、自分自身を胸張って生きていけ。そうしたらきっと…幸せになれる」

「私でも……?」
「当たり前だ。お前が娘でも息子でも、とにかくオレの子だ。お前はオレの…宝物なんだ」
 マサオはそう言いながら、膝をついた。学が、マサオを見つめる。
「お父さん……」
 マサオが開いた両腕の中に、学は顔を埋めた。マサオはしっかりと、学を抱きしめた。
 親子のいい光景だ。…見かけは両方男子の不良と委員長だけど。いや、それよりさっき少年院とか言ってなかったか? 『疾風のマサオ』の話は本当だったのか。
 そんな社長だからこそ、訳アリの僕を拾ってくれたのかもしれない。きっと、そうなんだろう。
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