レナルテで逢いましょう

佐藤遼空

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マリーネの涙

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 場所を変えて近くのカフェに入ると、僕らはマリーネから話を聞いた。
「ーーもう、ノワルドの新エリアが攻略されたのはご存じですよね」
「ああ、昨日、一位攻略チームが出たんだよね、随分と早い。それが関係してるの?」
「わたしが入ったアルティメット・フレイムももう攻略が終わったんですが……300位に入れなかったんです。それが……わたしが攻略に参加しなかった責任だって言われてるんです」
 僕はあのリーダーのドーベルの顔を想い出した。奴ならそう言う事を言い出しそうだ。
「え? 攻略に参加しなかったって…どういう事?」
「わたし、Vドルとしてのデビューが忙しくなって、チームにはレンタルキャラで攻略してもらう事にしたんです。能力は変わらないし、サブリーダーのゼストさんも『それでいい』って言ってくれたんで安心してたんですが…。そのわたしのレンタルキャラが十分に働かなかった事で、攻略が遅くなったとドーベルさんが言ってきたんです」

「あんな奴の言う事、気にしなくていいよ」
「…あんな奴って、キアラさん、ドーベルさんをご存知なんですか?」
 しまった。ドーベルを知ってるのはグラードで、マリーネはまだ僕がグラードだって知らない。
「あ、ああ…ううん。ちょっと知ってるんだよ。で、まあそういう難癖つけてきても、無視しておけばいいじゃない」
「それが…チームに加入する時に書いた規約の中に、『行為または不行為によりチームに損害を与えた場合、プレイヤーはチームにその損害額を賠償する』っていう条項があるって言うんです」
「はぁ? 何それ!」
 あまりにも暴虐な話に、有紗の方が声をあげた。しかし、それが正式な契約条項でマリーネが同意の上に加入したんなら大変な事になる。
「それで、幾ら賠償しろって言ってるの?」
「……2000万レナル…」
「えぇ!」
 有紗が声をあげた。その一方で、マリーネは俯いて涙ぐみ始めた。

「わたし……そんな大金持ってません…」
「ちょっと! そんなの詐欺じゃない! そんなの払う必要ないよ。そんなチームさっさと辞めて、弁護士に相談した方がいいよ」
「それも手だと思うけど、加入契約書に記入する時、その条項には気づかなかったの?」
「こういう条項もあるけど、それが該当するケースなんてほとんどないから、って言われました」
 まずいな、一応、説明を受けてる。
「けど、なんで今回はそれが該当するケースだって?」
「あの…新エリアは他チームのキャラへの攻撃が認められてますけど、わたしのキャラが、他チームのキャラをほとんど攻撃しなかった事がチームの敗因になったって……」
「そうか…マリーネのキャラじゃあ、そんな事しないよなあ…」
 そうする事が得になると判っていても、マリーネはそんな事をする子じゃない。それが裏目に出たのか。
「なんにしたって、もう辞めちゃいなよ、そんなチーム」
「実は…メンバーに対しても借金があって…」
「え? どうしたの?」

「トップチームに入るなら、相応の戦力が必要だって言われて、アイテムをチームから買ったんです。結構な高額アイテムだったんですけど、上位クリアしたらその報酬ですぐに返せるからって言われて…」
「買っちゃった訳ね。それは幾ら分くらい?」
「50万レナルくらい…正直に言うと、わたし仕事を辞めて東京に出てきたので、その借金だけでもしんどいくらいなんです。…それで、借金が返せない以上、脱退は認められないって…」
「ーーで、どうしろって?」
「チームに在籍して、次からの攻略分で借金と賠償金を払うか、一括で返す方法がある、って言われました」
「一括? その高額賠償金を?」
 マリーネは頷いた。そして震える声で、言った。
「マリーネのアバター権利を売れって……」
 ……そういう事か。僕はリスティとグレタが話してくれた、アルフレのメンバーが、仮想歓楽街の『ベルベット・タウン』で働いているという話を想い出した。
 これは罠だったんだ。多分、最初から。

「……お前自身には、何の傷もつかないからって言われましたけど…」
 マリーネは涙声で呟いた。
「マリーネのアバターは…もうわたし自身の一部で……それがどんな風に扱われるかと思うと…わたし…」
 マリーネは堪えきれずに、両手で顔を覆った。
 判るよ、マリーネ。アバターはもう自分自身そのものだ。それを人の好きにされるのは、言いようのない程、心苦しい事だと思う。
 そんな人の心を踏みにじり、食い物にする奴らが許せない。
 腹の底から怒りが込み上げてきたが、僕はそれを押し隠した。
「マリーネ、僕はさっきも言ったけど、ちょっとドーベルと知り合いなんだ。彼と少し話してみるよ。少し待ってくれないかな」
 僕はそう言って、マリーネに微笑んだ。マリーネは赤くなった目を、驚いたようにこちらに向けた。
「はい…」
 どうやらずっと使わなかったクロノス・ブレイカーの真の力を、使う時が来たようだ。

   *

「ーーまったく、あんな地味な眼鏡女のどこがいいんだか」
 せせら笑いを浮かべながら、ドーベルはそう言った。大きなソファに身を沈め、左右には肌も露わなドレスの美女アバターが座っている。
 そのドーベルの斜めに座る男が、いやらしい笑いを浮かべながらそれに応えた。
「ああいうお子様ぽいのが好みの奴がいるんだよ。それにあの女、すぐ泣くだろう? ああいう泣き虫娘を、さらに泣かすのが好きな奴がいるのさ」
 そう言って男は、掌を上に向けて手を出してみせた。

「泣かすって、どういう意味でだ? いい声出さすのか、それとも本当に痛めつけるのか?」
「両方だよ。女を痛めつけないと興奮しないって変態さ」
「何にしろ、じゃあ需要はある訳か」
「あんな女でも使いようはあるんだよ。てか、あいつ、あれで人気あるんだぜ。前のチームのログ・ビューは結構な再生回数だし、あの女自身のレンタル率も高い」
「はあん、世のなかには物好きな奴がいるもんだなあ」
 ドーベルはそう言うと、下卑た笑い声をあげてみせた。そして相手の男は、ドーベルに訊ねる。
「それで、マリーネはキャラを売りそうなのか?」
「まあ、売るしか道はないさ。チーム残留でチビチビ返却なんて言いやがったら、さらに借金漬けにして追い込んでやる」
 ドーベルが残忍な笑みを口元に浮かべた。相手の男が笑う。

「恐いねえ、女を食い物にする男は。今度はどんな手を使うつもりだい?」
「幾らでもやりようはあるさ。まあ、今回は本当にVドルなんかになりやがったおかげで、ラクに話が進めたけれどもよ。お前、裏から手廻したのか?」
「いや、特に何も。どうせ受かると思ってなかったら、レッスンの準備をしてたのさ。それで攻略に参戦させない手筈だった」
「それが本当にオーディションに受かったわけか。まあ、あんな地味眼鏡に、需要がある事の証拠かよ」
 ドーベルがクックッといやらしく笑う。ドーベルはウィスキーのグラスを取り上げると、思い出したように相手の男に訊いた。

「そういや、ラミアはどうしてる。稼いでるのか?」
「ああ、前の女か」
 相手の男もグラスを傾けると、可笑しそうに笑った。
「あいつは胸があったからな、人気者だぜ。この間は、多人数プレイ好きの変態チームにやられてたよ。1人で6人相手にしてたぜ」
「そりゃ大変だな」
 ドーベルが言葉とは真逆の笑みを浮かべて言う。相手の男も肩をすくめた。
「なに、所詮AIアバターだからな。元の本人は痛くもかゆくもないし、知らないところで人気者なだけさ。…本当は、本人が入ってる方が、金がとれるんだがな」

「別のチーム使って追い込めないのか?」
「ツテでもあるのか?」
「ああ。知り合いがやってるチームがある。そいつらに頼んでもいい」
 ドーベルの言葉に、相手の男は苦笑した。
「やれやれ骨の髄までしゃぶられるか。マリーネもラミアと同じ運命を辿るのかな、可哀そうに」
「お前が目ェつけてきたんだろうが」
 ドーベルの言葉に、相手の男は薄笑いを浮かべた。
「ログ・ビューを見たら一生懸命歌ってるんだよ。こいつは、すぐに引っかかると思ったね、夢がありそうだったからな。トップチームに入って、芸能活動もできる。そんな甘い夢を見てそうな顔だと思ったよ」
「馬鹿は夢を見るな。それがオレの格言だぜ」
 ドーベルが偉そうな口をたたいた瞬間に、俺は姿を現した。

「ーーならば、お前は夢を見るな」
 ソファの二人は一瞬、何が起きたか判らずに固まっていたが、やがてドーベルは立ち上がって怒気を露わにした。
「てめぇはグラード! 何で此処にいる? いや、どうやって入った!」
「ずっと此処にいたのさ。お前たちの話を聞いていた」
 そう。俺は小さな虫のアバターで、この部屋にずっといた。そしてアバターをグラードに変えて姿を現したのだった。
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