レナルテで逢いましょう

佐藤遼空

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明の父親

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 ケイトは助手席にいて、僕は後部座席に座っている。朝一番で呼ばれると、国枝の運転する車に乗せられたのが30分ほど前だ。僕は車内で、昨夜調べたアンディ・グレイについて一応披露したのである。けど、二人とも情報機関の人間なので、このくらいの事はとうに知っていたかもしれない。
「私の方は、アンディの自殺について本部に問い合わせてみた」
 ケイトが自分のウィンドウから画像を外へ出す。僕のARグラスにも、それが大きく映るようになった。
 画像は大型の機械と、フロート・ピットのようなヘッドギアの組み合わせである。

「これは?」
「それがアンディ・グレイが自ら装着して死んだ機械。開発中の次世代型フロート・ピットだったらしいわ」
「じゃあ、やはり事故なのでは?」
 運転席の国枝が口を開く。
「ところがAMGによれば、それは試作の段階で欠陥があり、危険だという事は判っていた、というの。敢えて危険と知りつつ、それを装着し、許容量以上の電荷をかけて自殺を図った、というのがアメリカ警察の調べだわ」
「さすが、これは当時、表には出てこなかった映像ですね」
 国枝が感心したように呟く。
「けど、動機については警察の報告書にも、何も書いてない。うつ病等の心の病や、健康面にも問題はなかった。周囲の人間関係も概ね良好。原因らしい原因は判っていない」
「なるほど…。これはやはり、ジェイコブ氏に訊いてみるしかなそそうですね」

「ところで、この車は何処へ向かってるんですか?」
 僕は改めて国枝に訊いた。ジェイコブと面会するのなら、B―Rainの本社がある地区だと思ったのだ。だが、この車は郊外へ向かっている。
「B―Rainに問い合わせてみると、ジェイコブ氏は自宅で面会したいと言ってきたのです。それでジェイコブ氏の自宅がある東成(とうじょう)市に向かっています」
「東成市ーー」
 思わず声が洩れた。僕の様子に、ケイトが後ろを振り向く。
「なに? 東成市に何かあるの?」
「いえ…なんでもありません」
「東成市は、特別な場所ですからね」
 国枝がそこで口を開いた。
「なに、特別って?」
「アメリカのサンディ・スプリングス市を真似たんですよ」
「あの、富裕層の富裕層による、富裕層のための都市?」
 ケイトが少し嫌そうな顔で言った。国枝が苦笑する。

「そう、それの日本バージョンといったところです。住民は年収2000万以上ないと居住権が認められません。日本の警察庁管轄下の警察は此処にはなく、事件・事故・治安維持には住民の税収で雇う警備隊が対応します。役所の仕事も消防隊も、皆、民間企業として都市に雇用されてる立場です」
「サンディ・スプリングスは住民が貧困層への行政サービスに税収を使うのが嫌だという理由で、低い行政サービスを改善するために街を法人化したと聞いてるわ」
「そうですね。サンディ・スプリングス市は街を法人化する手続きを取りましたが、東成市は特別行政地区に選定される事で、行政サービスの民営化が始まったんです。いわば最初から富裕層の囲い込みが念頭にある、上からの選抜ですね。ーーもう、ゲートが見えてきましたよ」
 ゲート、というより巨大な駅ビルのような横長の建物が見えてくる。道路はそこから複数に分岐し、そのどれもに渋滞ができている。その中でも一番空いている後尾に着くと、しばし待った。

 10分後、車がゲートのなかに入る。目の前にはトラ模様のバーが降りており、勝手には進めない。警備服の係員が出てきて、声を出した。
「車を降りてください」
 車を降りると、ゲート横の壁を指さした。ドアがある。
「こちらのエレベーターに一人ずつ乗って、上階の控室でお待ちください」
「私は警察庁の国枝ですが」
「誰であろうと同じです。一人ずつ、お乗りください」
 言葉を発した国枝に、係員はピシャリと断言した。国枝は眉を上げて見せる。
 最初に国枝、次にケイトがエレベーターに乗り込み、最後に僕が乗り込んだ。エレベーターの中で、手首仕込まれたAIチップを読み取っているのだろう。身分証明と、持ち物検査、検疫検査などをこの個室で行っているのに違いない。やがてドアが開くと、控えの部屋にいる国枝とケイトが、ソファに腰かけていた。
 少し待つと、別の制服姿の係員が現れる。

「警察庁の国枝佑一警視様、AMG社員のケイト・コールマン様に関しては、入市の許可が下りました」
 役所の人間のような笑みを浮かべて、男が言う。ケイトがソファから立ち上がって声を上げた。
「ちょっと待って、じゃあ明は?」
「神楽坂明様は、元この都市の住人でしてーーその場合、入市はかなり難しいことになります」
 柔らかい物腰で言っているが、内容は極めて堅い条件である。
「あ、いいですよ。じゃあ、僕は此処で待たせてもらいますから、お二人で行ってきてください」
 僕は国枝とケイトに言った。しかしそれを聞いて、ケイトが怒り出す。
「何を言ってるの! 貴方も行くに決まってるでしょ。それより明、此処の住人だったってどういう事なのよ」
「15歳まで、この東成市の住人だったんです」
「元住人だったら入市できないって、どういう事なの?」
 ケイトは矛先を係員に向けた。係員は涼しい顔で答える。
「警備上の安全対策です」
「此処の住人は、元住人に恨みでも買う連中ってわけ? まったく…」

 涼しい顔のままの係員をよそに、ケイトはARグラスのウインドウを開いている。何処かに電話するらしい。
「ーーケイトです。東成市というところで、捜査協力者が入市できずに……はい、お願いします」
 電話を切る。と、係員の身体がビクリと動いた。自分の電話が鳴ったらしい。
「はい…いえ、決して失礼な事はーーはい。はい。判りました、確認いたします。はい」
 係員が僕らに向き直り、さらに張り付けたような笑顔を見せた。
「此処で、もう少々お待ちいただけますか? すぐに戻ります」
 それだけ言うと一礼して、係員が去っていく。ケイトは僕の方に向き直ると、ソファに腰を降ろした。
「何処に圧力かけたんですか?」
「外交筋よ。ね、元ここの住人だったって事は、明の家も富裕層だったわけね。どうして街を出たの?」
 ケイトの問いに、僕は少し躊躇した。その間を見てか、国枝が口を開いた。
「神楽坂昇さんーーお父上の事件があったからですね?」
「やっぱり……貴方は調べていたんですね」
 僕は国枝を見た。国枝は眼鏡の奥の眼を、静かにこちらに向けている。

「わたしの方からケイトさんにお話ししましょう。18年前、拡大する電子事業に向けて、一つの大きなプロジェクトが立ちあがりました。それは太陽光で無限に電気供給される、超巨大衛星型の量子コンピューターを宇宙空間に建造する事。それがーー」
「インフィニットαね」
 ケイトの言葉に、国枝が頷く。
「それは日本の国家的事業で、様々な企業がそれに関わる事になりました。ロケット開発や、衛星の建造等、専門に分かれ多くの企業がそこに参加した。その中で最も中核になる巨大量子コンピューターの製作を請け負ったのが、当時、最も先進的な技術を持っていたKG電子です。KG電子は高い技術力で、計画も順調に進んでいた。しかしプロジェクト発足から三年後、一つの事件が起こります」
 国枝がちらりとこちらを見る。僕は黙って頷いて見せた。

「当時、プロジェクトの推進を担当していた経産省大臣、加賀浦康平が収賄罪で捕まったのです。同時に、経産省事務次官だった大野公治も捕まりました。この二人はプロジェクトの事業者決定の際に、賄賂によって業者を決めたとされた。その贈賄をしたのがKG電子社長、神楽坂昇でした。三人は揃って事実を否認したが、加賀浦大臣の秘書から2億円の献金が証言され、大野次官からは1億円の送金データが出てきた。そして二人に金を送った神楽坂昇も、部下の証言により贈賄が確定となった。大臣は罷免、事務次官は更迭、そしてプロジェクトからKG電子が外される結果となったのです」
 国枝の話に、ケイトは疑うような眼差しを向けていたが、不意に口を開いた。
「ーーで、その結果、誰が得をしたの?」
 国枝が僅かに微笑む。が、すぐに打ち消して、話を続けた。

「加賀浦は与党派閥の長でしたが、その後は別派閥の長が大臣に就きました。それが現首相、江波義一です。事務次官には次の候補の京極健生が就き、二人はKG電子の後釜としてAMGを選んだ。そういう流れですね」
「明のダディは、その後どうなったわけ?」
 ケイトの問いを受け、国枝は僕を見た。ここは、僕の口から話した方がいいのだろう。
「KG電子は官製事業の撤退により、多くの負債を抱えて倒産しました。会社を整理してその莫大な借金に当てても、まだ借金は残った。そして父はーー自殺したんです」
 ケイトの眼が、少しだけ開かれる。
「自殺でも保険金が降りますからね。遺書を読むと、覚悟の上だったようです。ただし、贈賄に関しては無実を主張してました。結局、状況証拠で有罪が確定しましたが、父は最後まで否認していた……」
 僕がそこで言葉を止めると、場が静かになった。僕はその静けさを打ち消すために、再度口を開いた。

「まあ、今さら判りませんけどね、真実なんて。判ってるのは、うちが東成市に住む資格を失った、という事です。それで僕と母は東成市を追い出され、南成区に越しました」
 南城区は東成市の隣にできた、新しい区だった。此処では東成市に仕事を持つ世帯が多く、複雑な心境を東成市に対して持っている。子供もそうだった。
 東成市から『落ちた奴』として、僕はすぐに学校で知れ渡った。そして無視を初めとする陰湿なイジメを受ける。その多くは話したくないし、思い出したくもない。結局、中学校では友達はできず、僕は独りで過ごしていた。それが高校生になって改善されるかと思いきや、全く状況は変わらなかった。僕は高校時代も独りで過ごし、大学に入り雪人と会うまで、全く友達というものはいなかった。

「ーー南城区に移ったのは住居費が安かったからです。あそこは東成市への労働者への優遇措置として、住居費を安く設定してある。だからそこに移り住んだのですが、東成市から移ってきた僕たちへの風当たりは強かった。母もそうだったんでしょう、ストレスが多く、いつも疲れた顔をしていました。そして僕が高三の受験直前で、進行性の速いガンにかかって死んでしまいます。僕は進学ではなく就職をしなければいけなかったのですが、幸い無償の奨学金がとれたので大学に進学した。後は前に話した通りです」
 僕はそこで、ケイトを見た。ケイトはこちらを複雑な表情で見ている。そうなんだろう。だから、あまり昔の話は人にしたくないのだ。
「前に言ってた借金というのは、その時に受け継いだ借金だったのね」
「そうです。けど、グラードのおかげでそれは返済が終わりました。今では自由の身です。ーーいや、あまり自由でもないか」
 言った後に苦笑したところで、係員が戻ってきた。

「神楽坂明様の入市が許可されました。どうそ、エントランスを通って、車の待機場所に御移動ください」
 僕たちは顔を見合わすと、ソファから立ち上がった。係員について移動する。しばらく歩いたところで、僕の傍に国枝が静かに寄ってきて囁いた。
「貴方は、AMGに恨みはないんですか?」
「まさか。それは別の話ですよ」
 僕は笑ってみせた。
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