レナルテで逢いましょう

佐藤遼空

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サガの消えた理由

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 サガの顔には、皮肉な笑みすらない。そして俺には返す言葉がない。俺たちは、しばし見合った。
「……クリアした直後だ。オレたちは体力も魔法力も使い果たし、疲労困憊していた。そのまま地面に寝ころび、二人でクリアを喜んでいた時だーー」
 サガが語り出した。俺はただ耳を澄ます。
「突然、数人の影が現れた。そいつらはヘルメットのようなものを被り、テカテカ光るライダースーツのようなものを身に着けていた。そう、今、デリーターと呼ばれてる連中に似た格好だ」
 サガが眼を鋭く細める。

「そいつらはいきなり、お前の手に手錠のような道具を嵌めた。そしてお前を無理やり立たせて、何処かへ連れ去ろうとしていた。非実体化モードになれない、とお前は言った。強制的に実体化モードにする手錠だったと後から考えて判った。時壊魔法も絶空魔法も、もう使える魔法力がオレたちには残ってなかった。お前は抵抗したが、数人に抑えつけられ連行された」
 サガが少し息を吐く。俺はーー何も言えない。
「オレはお前を助けようとした……。しかし連中の持つ銃で撃たれた。すると、オレの身体に穴が開いた。そこだけ、データが削除されたんだ。オレは身体、脚、顔の半分を次々に撃ち抜かれ、身動きが取れなくなって這いつくばった。オレは動けないまま、連れ去られるお前を見つめる事しかできなかった……」
 横を向いたサガの顔に、苦渋の表情が浮かんだ。俺はそこでようやく、口を開いた。

「俺はーーどうなったんだ?」
「判らない」
 サガが俺の眼を見た。
「ログアウトした俺は、お前 明の下宿部屋へと行った。だが、そこはもぬけの空で、PCやフロート・ピット一式も無くなっていた。オレはお前が、本体も拉致されたことを理解したんだ」
 サガが、俺から目を逸らした。
「オレは恐ろしくなったんだ……。何か大変な事が起きたことだけが判った。そして丸一日が経ち、翌々日だ。お前はなんでもなかったように、学校に現れた。そして言ったんだ。『運営から警告を受けた。もう時壊魔法は使えない』と。それだけだ。それだけだった。拉致されて何処へ行ったのか? 何があったのか? お前は全く、何もなかったように振る舞っていた。オレは悟ったんだ。『お前の記憶が消されている』と」
 サガは息をついた。

「……連中の狙いはお前だけだった。そしてそれは、オレが公開してしまった動画が元になったのだろうと判った。あの動画では、時壊魔法を使ってるのはお前だけだったからな。だが、拉致して記憶を消すほどの事が出来る組織があるという事に、オレは心底震えた。もしその連中が、オレの持つスカイ・エンダーも、グラード同様の能力と知られたら ーーそう考えると、オレはもう恐怖で立っていられないほどだった。オレは逃げたんだ。……記憶を失った、お前を置いてな」
 サガが悲しみに満ちた目で、俺を見つめた。サガの苦悩を思いやってやる以上に、俺は自分の身に起きた事に衝撃を受けていた。
 予感はあった。雪人がいなくなった日、俺は曜日をあちこちで間違えていた。勘違いしてたのだろうと思ったが、そうではなかったのだ。

 俺は丸一日、何処で何をしていたのだろう。俺を拉致したのは、デリーターの前身者なのか? だとしたら、俺を拉致したのはAMGなのか? そうだとすると、AMGは今回、俺に何をさせようとしている?
「……すまない。ショックだよな、いきなりこんな話されて」
 サガの声で、俺は我に返った。いつものような皮肉っぽい笑みが浮かんでいる。俺はサガを見つめた。
 右手を差し出す。
 サガの顔に、驚きの表情が浮かんだ。が、すぐに意を察して、サガは俺の手を、親指を握り込むように掴んだ。

 サガに引かれて、俺は立ち上がった。
「だが、俺を助けてくれたんだろう? それだけで十分だ」
 俺は言った。サガの眼に少し涙が潤み、サガは笑った。俺は手を離すと、少しかがんでクロノス・ブレイカーを拾い上げる。サガが背を向けて顔を拭く間に、剣を鞘に納めた。
「だが、お前にまだ訊きたいこともある。お前、『リベレイト』という組織に属しているのか?」
「そんな事まで知っているのか?」
 振り返ったサガは驚いてみせた。
「確かにーー俺はその一員だ」
「反NISの組織、だったな? どうしてお前が中東辺りの反政府組織などにいるんだ?」
 俺の問いを聞くと、サガは静かに俺を見つめた。
「グラード、お前には判ってるはずだ。お前と俺のーー力の意味を」
「……それは判る。が、何故、NISなんだ?」
 サガは少し息をついた。

「ーーNISでは色んな人たちが弾圧を受けている。異教徒や同性愛者などの性的マイノリティーと呼ばれてる人たちはその例だ。俺は学生の時にその事を知って、それに対抗する救済組織があるのを知った。それがリベレイトだ。まあ、そこに入ったのは  色々あってさ」
「失踪してから……色々あった、という事か」
「まあ、そうだな。一言で話すのは難しい。今現在も、俺は中東のある国にいる」
「そうなのか」
「お前が……キアラという名でノワルドにいるのも知っていたよ。何事もなかったかのように…仲間がいて、楽しくやれていそうで、オレはそのままでいいと思ったんだ。だが再びグラードが現れた。それでオレは動向を探ってたんだ」
 俺は、サガに話すことにした。

「俺はAMGから、アンジェラの捕獲を依頼されている」
「何故、お前が?」
「アンジェラが時壊魔法を使うからだ」
 サガの眼に驚きが浮かんだ。
「だが、そもそもは『フォッグ』という犯罪組織がアンジェラの捕獲を狙っているという情報を得たことが契機なんだ。お前、何か知らないか?」
 俺がそう訊ねると、サガは苦々し気に言った。
「フォッグは、NIS内で麻薬を生産し、それを世界中にばらまいてる組織だ。フォッグとNISは提携関係にある」

「俺の聞いた話では、民間軍事会社アームド・スペルの裏の顔という事だが」
「そうだ。つまりNISは麻薬と戦争を資金源にしている。そして国内の女子供を麻薬生産に従事させ、男は傭兵にする。そのNISはアンジェラを捕獲しようとしていた。だがそれは、アンジェラが新興宗教の教祖だからだ」
「新興宗教?」
 全く思いがけない言葉の登場に、俺は訊き返した。が、それにサガが頷く。
「そうだ。電子涅槃教ーー『デジタル・ニルヴァーナ』と呼ばれている教義だ。人は電子世界において生まれ変わり、救済され、真の自由になるーーという教えだと聞いている」

「どうしてその電子涅槃教を、NISが弾圧しようとする?」
「NISはイスラム原理主義の中でも最も古いタイプの教えに固執する組織だ。女性には教育を与えず、常にスカーフで顔を隠すこと義務付けている。同性愛も禁じられていて、発覚したら死罪になる。そんな古い風習を残そうとする連中にとって、自由の救済を謳う電子涅槃教は、排除すべき異教だ」
アンジェラが……新興宗教?
「俺が会った時は、そんな印象は受けなかったが…」
「電子涅槃教は、あちこちのレナルテのワールドで、急速に広まっている。彼らは『転生の日』を待ちわびてる」
「なんだ、それは?」

「詳しい事は判らん。が、それが近づいているらしい。それでアンジェラの活動が活発になり、NISはそれに弾圧を加えようとしていた。俺はアンジェラが、俺たちの活動に益する存在かどうか見極めようと、アンジェラを探していたんだ。ーーが、オレはアンジェラと会うことはなかった。だからオレの方は、アンジェラが時壊魔法を使うなんて知らなかった」
「俺たちはお前本人がアンジェラか、お前からスカイ・エンダーを買ったのがアンジェラだと考えていた。しかしお前は今もスカイ・エンダーを持っている」
「ああ」
「じゃあ、あのアンジェラはどうやって時壊魔法を手に入れたのか?」
 サガは俺の眼を見た。

「それは、お前が連れ去られた空白の一日と関連があるかもな」
 不意にサガはウィンドウを開いて、一枚の画像を俺によこした。そこには、一人の白衣を着た男が写っている。黒髪で彫りの深い中東系の顔立ち。
「これは?」
「AMGの技術管理官だったアリ・モフセンだ。こいつはAMG時代に密かにNISに技術提供していた事が発覚して社を追われた。今はNISの技術顧問をしている」
「こいつがAMGを追われたのは何時だ?」
「二年前だ。関連があるかどうか判らんが、デリーターの技術は、こいつが開発した可能性もある」
 俺はある可能性に気付いて、眼を合わせた。
「俺を拉致したのは、NISの可能性もあるという事か……」
 俺の呟きに、サガは頷いた。
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