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最後の聖女

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アーサーとニナはまさか降ると思わなかった雨に、平民街の宿屋で雨宿りをしていた。


雨乞いの儀の後片付けと、馬車の帰り支度が整うまで皇太子夫婦はここで待機中だ。

着替えて平民服のニナが木の椅子に座り、しとしと雨がふる外を眺めていた。


一階の窓からは先ほどまで祈っていた祭壇が見える。


「お疲れ、ニナ」


アーサーがお茶を運んで来て丸いテーブルに置いた。テーブルを挟んでニナの前に座る。


「イブがいなくても、本当に雨が降りましたね」

「もう待たせてくれたよねほんと。騙されたかと思った」

「誰にですか?アーサーは騙し騙されな人生ですからね」

「そんな僕を愛してるくせにー」


アーサーが運んできたハーブティを二人で同時に飲み、同時にホッと一息ついた。


二人で一つの窓をゆっくりと見上げる。


「ねぇニナ、たぶんだけど。

もう聖女は生まれてこないんじゃないかな。呪いとかじゃなくてさ」


窓の向こうの雨を見上げるアーサーの言葉に、ニナも頷いた。


「聖女は、役割を終えた。ということですね」


雨を祈りで降らせなくても、晴れの国はもう生きていける。


人の力で、経済で、技術で、仕組みで、生きる力をもぎ取った。


聖女頼りの国では、その努力を怠っていただけだったのだ。


テーブルの上にアーサーが手を差し出すと、ニナがその手に手の平をそっと重ねる。


アーサーの細い目がニナに優しく微笑んだ。


「イブは、歪だった聖女制度に、命をもって異議を訴え、終わらせた。


最後の聖女だ」


すぐに黒い瞳を潤ませたニナはアーサーの手をぎゅっと握り返す。


「ダメ聖女なんかじゃない」


ニナの大きな黒い瞳から、親友を想う涙がこぼれた。


「イブは歴史に名を残す、偉大な聖女だ」


ニナは王太子妃になると決めたあの日から、一度も泣かなかった。

でも、今日だけは泣いてもいい。


だって、あんなに努力し続け

悲劇に終わったイブが

やっと、やっと本当に

聖女の役目を終えた日だから。



「僕らが語り継ごう。イブの功績を」

「もちろんです。そのために生きます」

「イブ愛が過激だなぁ」

「アーサーなんて全然及ばないですよ」

「ひどい」


アーサーが細い目をさらに愛しく細めてニナの濡れた頬を指で拭う。


「あいにくハンカチを持ってない。何か拭くものもらってくるよ」


アーサーが立ち上がり、ニナは両手で顔を覆って涙を流した。

  
    
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