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喜んで

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アーサーが王城の地下にある牢獄にビクターを伴って、入って行く。


「人をあと五人呼んで来て。僕、密通男に話あるんだよね。わかるでしょ?」

「承知しました!」


アーサーは見張りに雑用を与えて下がらせた。ビクターは牢獄の壁に背中を預けて立ち、険しい顔をしてローブのポケットに手を突っ込んだままだ。


見張りが去った牢獄で、アーサーとビクターそして檻の中のネオの三人になる。ネオの檻の前にアーサーが雅な立ち姿を見せた。


「殿下!」


投獄される際に暴行を受けたネオの顔は酷いもので、汚れた貴族の服はみすぼらしかった。


「話が違います!」


ネオは檻の柵を両手に握って叫んだ。


「あの男があんなに執拗に僕らを尾行したのはなぜですか?!イブと僕の情報が漏れていたとしか思えません!」


檻の中で取り乱して叫ぶネオを前にアーサーはため息をついた。


「そうだね。言う通りだ」

「二人で国外に逃がしてくれると約束しましたよね!」

「わかってる。僕だってそのつもりだった。国外にツテも頼っていた」


そのツテがこの事態を引き起こしていた。みんな幸せになれたらそれが一番良かったのに、なぜかいつもうまくいかない。


「じゃあどうしてこんなことに!!僕は条件を満たしましたよね?!」

「庭師君には感謝しているよ。晴れの国が生きていける道が見えた。

君は歴史に名を残さないが、紛れもない天才だ」

「そんなことどうでもいい、約束はどうなるのですか?」


ネオの赤い目がアーサーに強く訴える。

逃がして欲しいと、イブとここから逃げたいと言わずとも聞こえてくる。


だが、アーサーがきっぱりと覚悟を示す。時に残酷な決断もできる。


それが一国の王子だ。


「イブは生かすと約束する。

でも君は見つかった以上、死ぬしかない。国王は君を許さないからね」

「は、はははは……」


ネオが脱力して、檻の柵を握ったまま冷たい石の床に両膝をついた。


ネオの赤い目に涙が溜まっていく。ビクターは辺りを伺いながら、二人の話を石の壁の側で聞いていた。


「イブとずっと一緒にいられるなんて、やっぱり僕には贅沢過ぎる夢でしたね」

「申し訳ない」

「僕の死はイブのためになりますか?」

「もちろん」

「殿下、人が来ます」


ビクターの注意を聞いて、アーサーは腰に携えた剣をすらりと抜いた。


「庭師君には感謝してるから、拷問を受けて苦しまないように配慮するよ」


檻の鍵を開け、檻に入ったアーサーがネオの首に剣を突き付ける。跪いたネオをアーサーが見下す。


「言い残すことは?」


ネオの脳内に、イブと過ごしたかけがえない日常が駆け巡った。


蔑まれ石を投げられてきた

くだらない人生の中だった。


でもイブと出会えて

心が通じ合って

大好きが大好きを越えていく感覚を知った。


イブが泣いて、イブが笑って、

イブが何度も

「ネオ」と名前を呼んでくれた。


それはネオにとって、何よりも愛しい時間だった。


この結末は酷い。


いないと確信している神を殺したいほど恨みが湧いた。



でも、

でも、

イブに出会えたことだけは、

少しだけ、死んだはずの神に感謝してしまう。


生涯最後に残すなら、ネオにはこの言葉しかない。



「イブのためなら、喜んで死ねます」



ネオの赤い目から、一粒だけ涙がこぼれた。アーサーが剣を振り下ろすと、派手に血が舞った。

   
    
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