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命がけのナンパ

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マスカレードパーティが王宮のフロアで始まった。ダンスの愉快な音楽が響いている。


イブは完璧に貴族に見えるまで飾り立てたニナを物陰でアーサーに引き渡した。アーサーは本日、到底殿下には見えないやや質素な下級貴族風の装いだ。


アーサーは身体的に特徴がないので、装いさえ変えて仮面マスクをしてしまえば擬態ができる。


「ニナ、楽しんで来てね」

「ありがとう、聖女。ニナのことは僕に任せて」

「せ、聖女様もご一緒に!」

「いってらっしゃい」


着飾ったニナは美しく、アーサーにエスコートされていけば立派な淑女に見えた。アーサーはニナを落ち着かせつつエスコートして去っていく。


マスクを外すことは許されないが、二人はとてもお似合いだ。


イブは髪が真っ白なので、マスクで目を隠しても聖女だとすぐわかってしまう。マスカレードパーティを楽しむことすらできない身の上である。


だが、今日はいつもの舞踏会であればできないことをしているのでイブは一人でもご機嫌だった。


(今日の髪飾りは、ネオがくれたものよ。ふふっ)


平民街で贈られたガラスの花飾りを髪に飾っていれば、ネオと一緒の気分だ。


聖女がつける飾りとしては質素過ぎる。だが、マスクをつけているので今日は無礼講だろう。


白いドレスにこの髪飾りは完璧に似合っていると自負していた。


イブがご機嫌に一人で廊下を歩いていると、マスクで目を隠した男性に呼び止められてしまった。


「もしかして聖女様?」


すぐ正体がバレてしまうこの白い髪の特徴が憎い。


「俺、この前の儀式には大変感激したよ!」


イブは立ち止まりふり返って、口元だけで愛想笑いを浮かべる。


「ぜひご挨拶したいと思っていたんだ。体調はもう大丈夫?」


今日は身元を尋ねる質問は禁止なのに、この人はぐいぐい来る。


「え、ええ。お気遣いありがとうございます」


見上げるほどに背が高い彼はくるくると特徴的な癖っ毛で、褐色の肌をしていた。イブは褐色の肌を見て、彼が誰かわかってしまった。


相手の身元を聞くのは禁止だが、彼が先に決まりを犯したのだから問題ない。


「もしかして、クリス様では?」

「せっいかい!よくわかったね。風の国より参りましたクリスでーす!

特技はビッコウですッ!」


クリスは両手でイブを指さして楽しいポーズを取った。随分、元気で明るい人だ。決まりに囚われず人と距離を縮めるところにアーサーと似たものがある。


「ビッコウって何ですか?」

「あとで教えてあげる!良ければゆっくりお話を聞きたいんだ。まずは俺と一緒に踊ろっか?」

「わ、私と?」


イブは口元を手で品よく覆い、仮面の奥で青い瞳を大きくした。


ダメ聖女と呼ばれ続け、さらに王子の婚約者であるイブに声をかけるものなど今まで皆無だったからだ。


「ええ、美しい白い髪を持つ貴女と」


愛想の良いクリスが差し出した手を前にまごついていると、イブの二の腕が後ろから優しく握られた。


「え?」


イブが後ろを振り向くと、煌びやかな男性が立っていた。


まるでどこかの国の王子のように胸元にはいくつもの勲章が飾られていて、誰にも追いつかせないほど立派な装いだ。


「貴方は……」


さらりと流れる前髪がきちんと整っているが、肝心の目はマスクに隠されている。


イブの心臓がドクリと鳴って、確実に彼に反応した。


イブの腕を優しく引いて背中の後ろに囲い隠した男性は、穏やかに口を開いた。


「彼女は私と生涯の終焉を誓っています。

彼女のために今すぐ喉を掻っ切る覚悟がないならば、お引き取りください」


クリスに丁寧にお辞儀をした彼は、イブの手を引いて踵を返した。


「失礼します」

「え?そうなの?ナンパってそんなものすっごい覚悟でするものだった?それはこちらこそ失礼?」


置き去りにされた男は首を傾げ、二人の背中が消えるまでずっと見送った。


「聖女様の婚約者ってアーサーだろ?今のアーサーの声じゃないよな」


今すぐ喉を掻っ切れない男、風の国の王子クリスは口元を両手で押さえてクスクス笑った。


「ということはつまり?へぇー今のが例の?おもしろー」


クリスは仕事に女に、賭け事云々、世界中全ての出来事を面白くするのが大好きだ。

   
   
  
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