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細工

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「ニナは今度、僕のお願いも聞いてね」

「そ、そんな約束してませ!」

「で?見せて?」


アーサーがニナの否定を最後まで聞かずに、テーブル上に広がった紙を一つ手に取った。


「へぇ、これ書いたの庭師君?興味深いね」


アーサーはそれを読み始めて、四六時中やかましい口がすっかり静かになった。

散らばっていた紙をかき集めて、貪るように読み始めたのだ。

ニナとイブは二人できょとんと首を傾げ合った。


「殿下は放っておいて、聖女様は、次の恋文を書きましょう」

「そうね。次は何を書こうかしら」


ふふふと楽しそうなイブには悪いが、勝手ながらニナは今回の恋文に細工させてもらうことにした。


イブに恋文を書かせてみたが、任せておけないとハッキリわかった。


イブは手紙を書くのが楽しいだけで、好きだとはどうしても書けない。手紙交換をする楽しさを享受しているだけだ。


だが、そんなことしている場合ではない。


イブには文字通り、時間がないのだ。


「聖女様、ベッドの用意をしてまいります」

「ありがとう、ニナ」


ニナはソファに寝転んでまだ恋文論文を読んでいるアーサーの横を素通りして、寝室へ向かう。


ニナはベッドのシーツを伸ばして整え始める。


「ったく、庭師め……論文書いてんじゃないよもうバカなの賢いのどっちなの」


ニナはぶつぶつベッドに文句を言った。


アーサーなら、ニナが今日も天気が良かったねと一言手紙を書いただけで、好きだと言われたと騒ぎ立てるだろう。


しかし、庭師は論文を返してきた。


おいおい何やってんだよ庭師ィ?!好きだって書いてこいよ!


【リンゴがどうやって生ったか?そんなことより、貴女が好きです】


これくらいの勢いで来いよ庭師ィ!意味不明でいいんだよ恋文は!!リンゴの成り立ちを真面目に論じてんじゃねぇよ!


アーサーの勢い恋文にしっかり染まっているニナは、まどろっこしい二人に苛立っていた。話を聞いているだけでお互い好意があるのがわかる。


好きだと、一言書けばいいのだ。


ニナは、アーサーの恋文に全く返信しない自分のことを棚に上げて、整えた枕をベッドに投げつけた。


「聖女様、お休みの時間です」


ニナが書き物机で紙にリボンを巻いていたイブに声をかける。


「そうね!明日も頑張らなくてはいけないものね」


書き物机の前から立ち上がったイブは、まだ恋文論文を読んでいるアーサーの横を素通りして寝室に入っていった。


イブが寝室に入ったことを確認して、ニナは机の上に置かれた紙に手を付ける。


「たとえ一時でも、幸せになってください。イブ」


親友への想いを告げるニナの小さな声を、アーサーはちゃっかり聞いていた。


   
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