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優しい命令

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イブの部屋で三人でお茶を囲み、雨乞いの儀の話が終われば、イブの恋の話になってしまう。


「私、平民との恋はおすすめできません」


ニナは黒くて丸い目をぱちりと開いてイブを見つめる。


「そうよね、いけないわよね」

「何がいけないんだい?」

「殿下は全部いけません!」

「何が?僕がニナを好きってことを全否定する気?」


アーサーが隙あらばニナに恋を囁くので、ニナはすぐに両手で耳を塞いでしまう。


そう、平民と高貴な身の恋の困難さはこの二人を見てイブもよく知っている。


好き合ってはいても、その先には進めない。それが身分差の恋だ。


イブはまだ、好きあってすらいないが。


「ニナ、じっとして、王子命令ね。これ」


アーサーが声を低く改めて言えば、ニナは逆らえない。


これもまた身分差の為せる技であり、アーサーの狡いところだ。イブはやれやれと肩をすくめる。


アーサーがニナの耳元に囁く。ニナはぎゅっと目を閉じて耳に集中した。


「イブには時間がないんだよ。

恋なんて何回できるかわからない。

時間がない、の意味わかるよね。押してあげて。命令だよ」


それだけ言ってさっと離れたアーサーはまた、明るい笑顔でニナの背をぱんぱんと叩いた。


ニナは口をもごもご言わせてから、意見を翻す。王子命令だ。


そして、命令で言わされた体を為しているが、実はこっちがニナの本心。


「聖女様、嫌々ながらも殿下に嫁がなくてはいけない十七歳の日まで、もう半年しかありません」


「事実なんだけど、目の前で言われると若干傷つく僕の気持ちとかわかる?」


「好きでもないドしつこい相手と結婚、さらに『交わり』の義務があるなんて悲劇です」


「ニナちゃん?聞いてる?全部事実だけどね?人間、つまり殿下には心ってのがあってね?」


ニナの飾りも隠しもしない言葉にちょこちょこつっこむエドを、ニナは総無視である。イブもニナの言葉にだけ集中した。


喋りまくるアーサーの言葉だけを素通りする機能が幼なじみには育っていた。


「そんな酷い使命をもった聖女様に、

たとえ一時でも!

幸せであってほしいと、私は心から願っています」

「ニナ……!ありがとう!」


ニナの言葉に感激したイブは立ち上がって、ニナと手と手をとって握り締め合った。


「応援します!聖女様!」

「君たちってまるで僕の話聞かないよね!僕、王子なんだけど?!」


ニナとイブがアーサーを総無視して、手を取り合い、書き物をするための机に移動していった。二人で紙に何か書き始めてクスクス笑っている。


「聖女様、想いを伝えるにはまず恋文が常とう手段ですよ」

「そうなの?」

「僕は朝昼晩ってニナに書いてるよ?」

「え、そうなの?!」

「そ!それでですね、聖女様!」


ペッペッと手を振って、ニナはアーサーを会話から追い出した。


「また無視する!いいよ!また目の前で朗読してやるから!」


恋文について語り合う女子たちを眺めて、アーサーは今日の雨乞いの儀を思い出す。


   
   
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