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恋心

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宿舎に帰り、ビクターの治療を受けて、身体を温めたイブは、ニナの淹れたマズ茶を飲んでやっと一息ついた。


窓の外からはさあさあと細い雨が降り続ける音がしている。


この音が、雨が、国民を癒すのが、イブには嬉しかった。


「ニナ、隣に座ってくれる?」

「はい、聖女様。喜んで」


ソファの隣に座ったニナの丸くて可愛い黒い目を、イブは見つめた。


ニナの手を両手でぎゅっと包み込む。


空に吸い取られた後も、ずっと胸に残る温かい思いの正体を聞いて欲しかった。


「ニナ、私、恋をしたみたい」

「えぇえ?ま、まさか庭師さん?!」

「え、どうしてわかったのニナ!」


ニナはイブがしっかりつかんでいる手に、さらに手を重ねて前のめった。


「だって聖女様は、殿下のことこれっぽっちも好きじゃないの知ってます」

「そうね、アーサーはちょっと」


ニナの好きな相手だから深くは言わないが、イブはアーサーの蛇みたいに細い目が苦手だ。


にこにこしてるが腹の中で何を考えているのかわからないところが距離を置きたくなる。


ニナには優しい。だが、その他には胡散臭い。それがイブから見たアーサーだ。


「そんな聖女様の周りに男っ気がまるでなかったのに、

この前から聖女様のお話には庭師庭師庭師です!

もう見当がつきますよ!」

「そ、そうだったかしら」


イブはニナの手を握っていた手を離して、両頬を両手で覆った。そんなにわかりやすかっただなんて顔の熱が上がってしまう。


イブ自身は雨乞いの儀を受けてやっと自覚したというのに、ニナにはすっかりバレていたらしい。


こうなるときっとアーサーにはバレバレだっただろう。アーサーは人の感情に敏いから。


「一目惚れだったと僕は思ってるよ!」


ソファで肩を寄せ合って座っていた二人の後ろから、突然声がした。


「「アーサー!?」」

「あ、今月名前2回目ラッキー」


アーサーがニナの鼻先をちょんと突くと、ニナはその手を叩き落とす。


「殿下!いつの間に聖女様のお部屋に入られたのですか!」

「僕って人の背後に立つのも得意なんだよね」

「何が得意ですか!淑女の部屋に無断で入るなんて無礼ですよ!」

「いや実は君たちは知らないかもしれないけど、僕ってこの国の王子って奴でね。

入っちゃいけない場所とかないんだ」


両手で空を押し上げてハハハと王子的に微笑むアーサーには誰も敵わない。


「血に貴賤はないけど、くだらない身分制度はまだなくならないんだから。

高い身分の旨味だけはもらうよね」


頭も回れば、口も回るアーサーに、イブは笑って済ますしかない。こういうところが距離置きたくなる理由だ。


ニナも口で敵わないのでぷんぷん怒って立ち上がり、奥に引っ込んで行った。


お茶を淹れに行ったのだ。怒っていても世話を焼いてくれるニナにアーサーは惚れ込んでいる。


アーサーはイブの隣のソファに座り直して、イブの頭をぽんぽんと叩いた。


「話は聞いた。庭師君と恋していいよ?そういう約束だったでしょ?

お互い恋愛自由だって」

「え、ええ、でもまさか私がそんなことになるなんて」

「誰にも、どうしようもないことだよこれは。僕が一番、よく知ってる」


アーサーがソファに深く背中を預けて、ニナが姿を消した扉の向こうに視線を送る。


「応援する」

「お、応援って、私は何をがんばればいいの?」

「告白すれば?即成功、間違いなし」

「告白って?」

「告白知らないの?見てて」


アーサーは颯爽と立ち上がって、ニナがお茶を淹れに行った扉を堂々と開けて入っていく。

イブはアーサーの後について、扉の側で二人の後ろ姿を見守った。


「殿下!また勝手にこんなところに入って来て!いけません!」

「シー!ニナ大変なんだ!よく聞いて、静かに!」

「え、何かあったんですか?」


ニナはきょろきょろして慌てて口を手で押さえた。すぐアーサーに騙されるところがニナの可愛いところだ。


イブがその光景にクスッと笑った次の瞬間、アーサーがニナの耳元で囁くのを聞いた。


「ニナ、好きだよ」


ニナは顔を一瞬で沸騰させて、アーサーの胸を力いっぱい押しやった。


「殿下!お戯れが過ぎます!」

「全く戯れではないけど、その顔も大好き」

「殿下ぁ!!」


ニナが頭からシューシュー湯気を出して地団太を踏むたびに、アーサーがケラケラ笑う。


イブは告白なんて初めて見たが、あまりに自然でびっくりしてしまった。これを参考にしろとでもいうのか。無茶が過ぎる。


  
  
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