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路地裏の抱擁

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平民街の細道をぐねぐねと入り込み、ローブを被った人はあっという間に見えなくなった。


「ハァ、ハァ、足、速い」


イブが膝に手を置いて息を荒げていると、路地裏のさらに隙間に引っ張り込まれてしまった。


「キャ!」


イブが男の手に一瞬で口を押さえられて、壁に背を押し付けられる。

イブが青い瞳をぱちくりさせると、イブの口を押さえて唇に人差し指をあてているのはネオだった。


「聖女様、こんなところにお一人で来てはいけません。平民街の裏路地は本当に危なくて」

「ネオ!!」


ネオの口を押さえる手が緩んだ瞬間、イブはネオに抱きついた。ネオはイブの勢いに押されて、逆の壁際に背をつけることになった。


「な、せ、聖女様?!」


イブがネオを壁に押し付けて抱きついている。ネオは赤い目を白黒させて両腕を上げて固まった。


イブがネオの胸に顔をすり寄せて、存分に甘えてくる。


「ネオ!雨が降ったわ!ネオのおかげよ!ありがとうネオ!」


興奮冷めやらぬイブは力いっぱいにネオの胸を抱きしめた。だがネオは、イブの長年の努力が実ったことを素直には喜べなかった。


雨なんて降らなくて、良かったのに。


ネオは不本意ながら祝いの言葉を述べた。


「おめでとうございます。聖女様」

「ネオ、リンゴをありがとう、本当にありがとうネオ」


青い瞳を喜びに潤ませて、胸に抱きついたままのイブがネオを見上げる。


「いえ、僕は何も」


ネオはその青い瞳に見つめられるたびに、胸が悲鳴を上げる苦しさを我慢しなければならなかった。

こみ上げる想いは熱くて焦げついてしまって、痛いのだ。


「膝がそんなになるまで努力された聖女様のお力です」

「違うわ!全然違うのよ、ネオ!これはね、リンゴのおかげなの!リンゴがリンゴでね!あったかくて胸がすーってなって雨が降るのよ!でもどうしてリンゴがここに?!」


興奮しているイブが何を言っているのかもはやわからなかったが、ネオの胸に抱きつく女の子はただ可愛い。


ネオはイブの話にうんうんと首を縦に振りながら、イブの額にハンカチを当てて血を拭う。


「それでね!それでね、ネオ!!」

「はい、聞いてます聖女様」


ぎゅうぎゅう抱きついて興奮するイブの背に、そっと手を添わす美味をネオは味わってしまっていた。


どう見ても抱き合っているその光景を、見ている影に気がつかぬまま。

   
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