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雨乞いの儀

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平民街のど真ん中、民衆広場のさらにど真ん中でイブは祈っていた。


今日のイブは平民服を纏っている。


以前は聖女の祈りの衣装など用意されていた。

だが、干ばつが続き国民の不満が高まる中、聖女だけが豪勢に着飾る風習が怒りの的になる。


その可能性を鑑みて、あえて平民服になった。

聖女も清貧である主張である。


それくらい国民は、雨が降らない現状にイライラしているのだ。


「雨乞いの儀」が始まって、すでに一時間が経過していた。


民衆広場のど真ん中、円形舞台の上につくられた祭壇の前でイブが祈る。


その周りは共に神に祈りを捧げようとする平民で埋め尽くされていた。


日が照りつけ、雨が降る様子など全くない。


平民たちの大ため息と共に、離れた観覧席から王様のため息までイブの耳に聞こえてくる気がした。


イブは大量に汗をかいて、冷や汗も混じらせる。

日照りの中でイブは必死に祈った。


「この晴れの国に、恵みの雨を」


数えきれないほど言葉を唱え、体重を支える膝が痛むことも忘れて、祈りに集中した。


だが、民衆が一人立ち上がり去って行き、また一人立ち上がりため息と共に去っていく。


一人一人に見捨てられ、落胆されていくこの感覚は、絶望と呼ぶにふさわしい。


イブはずっと一人でこの孤独と重圧に耐えて来た。


だって、聖女だから。


この国に一人しかいない。使命を持った聖女だから。みんなを救う雨を降らすことができるのはイブだけ。


イブと呼ばれなくなった限りには聖女として、みんなのためになりたい。


それだけを理由に、イブは膝が真っ黒になるまで一人で祈ってきた。


必死に祈り続けるイブを、ネオは民衆の中で同じように座って見守っていた。


ネオは毎年、雨乞いの儀を楽しみにしていた。平民であれ、赤目であれ、聖女を堂々と見つめて許される時間だったからだ。


赤目がバレないように深くフードを被ったネオは、フードローブの中でリンゴに字を掘っていた。


ネオは祈らない。

聖女の雨に期待などしていない。


(雨なんて降らなくていい)


ネオが持っているのは、貴族学園の中庭で育ったリンゴだ。


この雨の降らない国にリンゴが生るなんてあり得ないことだと、あの学園の何人が気づいているだろうか。


この奇跡の実を、ネオはイブに届けたかった。


雨なんて降らなくていいと知らせたかった。


雨なんて降らなくても、このリンゴは生ったのだから。

  

日の暑さと長き祈りに、とうとう荒くれ者の一人が音を上げた。イブの周りの集まる民衆の中で立ち上がり喚き始めた。


「雨なんて降らねぇじゃねぇか!!なんのための聖女だ!やめちまえ!」


五人隣で喚き始めた汚い男に

ネオはさくっと殺意が湧いた。


ビクターいわく「蚊も殺さない男」と称された名誉はあっさりと捨てられる。


あんなに必死に祈っている聖女を前に卑しいことを言うその口に、毒を詰め込んでやりたい。


薬と毒は表裏一体。裏医務室には大量に毒になり得るものがある。


「そうだ!!全く何年降らなけりゃ気が済むんだ?!」

「私たちが日照りで苦しんでる間に、聖女様は何の不自由もなくお暮しなのでしょう!」

「本気で祈ってないんだわ!」


一人が喚き始めると、あちこちで同じような野次が飛んだ。


「もう限界だ!やめろダメ聖女!次の聖女に力を移せ!」

「ダメ聖女!!死んじまえ!」

「そうよ!それがみんなのためよ!」

「死んで次に力を移せ!!」


聖女が死ぬと、

聖女の力は次へ移る。


誰もが知っている事実だ。


(私が死ねば、次の優秀な聖女に力が移るかもしれない)


イブだってその可能性について、何度だって考えていた。

ダメ聖女は死ぬことでしか国民に貢献できないのではないだろうか。


しかし、酷い野次にもイブは祈りを止めない。


目に涙が溜まって息が喉に張り付いて苦しくても、

今、聖女はこの国に一人。


だから、今はイブが頑張らなくてはいけない。


「もう止めろって言ってんだよ!」

「耳も聞こえねぇのかダメ聖女!!」


最初に声を上げた男がイブに石を投げ始めた。ネオは立ち上がってその男を止めようとしたが、周りの民衆がみんな一気に立ち上がった。


民衆がそれぞれ手に小石を持って、壇上のイブに投げつける。

祈りを捧げるイブに、小石の雨が降り注いだ。


「キャッ!」


尖った小石がイブの額を直撃し、血が流れる。イブは床に這いつくばって、ポタポタと床に落ちる血を見つめた。


「死ね!ダメ聖女!」


やっぱり、ダメ聖女は、死んだ方が良いのかもしれない。


  

  
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