ReaL -墓守編-

千勢 逢介

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第七章・世界は優しい嘘に包まれて

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 だが、霧子に動じた様子は見られなかった。灰色がかった瞳には、彼女本来の性質がよみがえっていた。

「撃てるさ、まだもう一発。試してみるか?」

 ふたりは彫像のように、微動だにしないまま見つめ合った。
 蹴られたときに生まれた鈍痛はなおも腹の奥に居座り続けている。無理もない、女剣士が目の前にあらわれてからまだ二分も経っていなかった。
 それでも濃密な二分間だった。特に幾重もの死線をくぐり抜けた彼女たちにとっては。しかしその時間は、いま終わりを告げようとしていた。

「ひさしぶりね、入江霧子」女剣士が言いながら刀を鞘に収めると、悲鳴のような音は文字通りなりを潜めた。
沢城蒔子さわしろときこ……」苦々しい表情を浮かべながら霧子が応じる。「生きていたのか」
「あなたこそ。死んだと聞いたわ」
「そうなればよかった……そう思ってるんだろう?」霧子が自嘲するように目を細める。
「まさか」蒔子と呼ばれた剣士は首を横に振ると、「生きていてくれて嬉しいわ。それがいまみたいな姿でもね。噂は聞いていたし、ひと目見てすぐにわかった。だから嬉しい……生きてさえいればわたしがあなたを殺してやれるのだから」

 蒔子の目にふたたび殺気が宿っていた。さきほどまでの荒々しさこそなかったものの、輝彦を身構えさせてしまうほど、周囲をどろりと歪めるような情念に満ちていた。

「けど……今日は挨拶代わりってことにしとくわ。ゆっくりしすぎると邪魔も入りそうだしね」そう言って蒔子が輝彦と勇三のほうを見る。「勝負はいずれ、ね」

 そう言って蒔子が踵を返して来た道を引き返すと、オーディオのボリュームをしぼるように殺気は消え去った。

「そうそう」と、数歩進んでから蒔子が足を止める。「いちおう教えておこうかしら……もうすぐ先生が帰ってくるわ」
「先生が?」霧子が目を見開く。
「ええ。わたしの先生……あなたとっては元先生、だけど。また会いましょう」

 あらわれたときの激しさとは違い、蒔子は闇に溶けていくように音もなく立ち去っていった。目の前に人面竜の死骸が横たわっていなければ、あの彼女との邂逅は夢としか思えなかった。

「ふたりとも無事か?」蒔子の気配が消えると同時に、霧子がこちらを振り返った。
「なんだったんだ、あいつ?」勇三が輝彦の拘束を解きながら立ち上がる。

 輝彦も身を起こした。蒔子がいなくなっただけで、鈍痛を伴う息苦しさはだいぶましになっていた。

「霧子さんに用があったんだろうな。おれたちにはまったく殺気を向けてこなかった。霧子さんを引っ張り出すために、おれたちをいたぶってたんだろう」

 言いながら、輝彦はひとり佇む霧子を見た。無言のまま俯く彼女の髪が、その表情を覆い隠している。
 輝彦は続けた。

「手加減もされたしな。とはいえ……とんでもない蹴りだった。こりゃ二、三日痛みそうだ」

 軽口で取り繕ってみたものの、輝彦は屈辱を噛みしめていた。とはいえ、無理矢理決闘の場に引きずり出された上、煙に巻くような幕引きまでされたのは霧子や勇三も同じだ。

 霧子は無言のまま両断された拳銃をスカートの中のホルスターにしまうと、地面に転がった残骸を拾い上げた。
 身体を起こすと頬のあたりの髪がこぼれ、少女の横顔があわらになる。ただ一点を睨むような瞳は、怒りに満ちていた。だがそれが、なにに対する感情なのかはまったく見当がつかない。

 それからトリガーが通信を入れてくるまでのあいだ、輝彦と勇三は一度も霧子に声をかけられなかった。
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