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第五章・雨。その帳の向こう
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勇三が勉強に打ち込みはじめ、広基と輝彦がそれにつきっきりになっているのが退屈なのだろう。昼休みになるとしばしばひとり出歩いては、行く先々で調達した土産話を手に戻ってくるのが、最近の啓二の習慣になっていた。
空に長い飛行機雲が伸びていたから明日は雨だとか。トイレの個室での長い戦いの末、その時間より遥かに長い戦利品をひりだしたとか……後者の話をしたときは、食事中だったサエにしこたまひっぱたかれていた。
おおよそ今回の話題も、この場を盛り上げるためのホラ話なのだろう。
「なんだよ、ほんとに見たんだってば」
「どんな幽霊? トイレの花子さん?」なおもぶつくさ言う啓二に広基が訊ねた。こうしたときにフォローしてくれるのはいつだって彼だった。
啓二は首を横に振ると、「たしかに小さな女の子の見た目をしてたけど、あれは違うな。断言できるぜ」
「そもそも花子さんを見たことあるのか?」輝彦が訊く。
「いや、ないよ。でもさっきの幽霊は別館の階段あたりで見たんだ。ほら、屋上に行けるところ。あそこまでちょっと足を伸ばしたんだよ。どうせ教室にいても暇だったし」
「そりゃ悪かったな」勇三が答える。
「どんな幽霊だったの?」
「友香、よしなよ。どうせ福島の嘘だって」鉛筆を放り出して訊ねる親友をサエが諌める。
「本当だってば!」
抗弁した啓二はポケットから取り出した携帯電話のライトを点けると、自分の顔を下から照らした。
「ちょっと薄暗かったけど、間違いない。あれは女の子の幽霊だった。見た目は小学生くらいで髪は肩くらいの長さ。あと白いワンピースを着てた」
「白いワンピースって、典型的だな」と、輝彦。「幽霊なら、やっぱり脚は無かったのか?」
「いや、脚はあったな。ブーツを履いてた。それが踊り場に立ってたんだよ」啓二は言いながら、わずかに身震いした。「それでおれ、幽霊に訊いてみたんだ。『あなたは幽霊ですか?』って」
「変なこと聞くなよ」輝彦は苦笑しながらも、「それで? なにか言ってきたのか、その幽霊?」
「ああ……やべぇよ。おれ、幽霊と話しちゃった」
「ねえ、なんて言ったの?」友香がいよいよ勉強そっちのけで食いついてくる。
啓二は声を落とすと、「こう言ったんだ。『幽霊じゃない。わたしのコードネームは妖精だ』って……」
一堂の場がぽかんとするなか、勇三の手元でシャープペンの芯がへし折れた。
「はい、解散」サエがぽんと手を叩く。
「ええ、市川さん! 信じてくれよ! 本当に見たんだって! そう言ってきたんだって! テル! お前は信じてくれるよな?」啓二が期待を込めた目で振り返る。
「啓二、つくならもう少しマシな嘘つけよ……」輝彦が啓二の希望を叩き壊した。
「広基! 河合さん!」啓二は取りすがるようにふたりに訊ねた。
「うん、面白かったよ。また続きができたら聞かせてね」広基が笑いかける。
「それじゃあ、福島くんが見たのは妖精さんだったんだね」友香の顔からは恐怖が消えていた。
好奇や哀れみの視線を向けらるばかりの啓二が、ついに勇三を見る。
「おまえは信じてくれるよな、勇三? ……って、寝てるの?」
「起きてるよ」
芯を折ったあと机に突っ伏していた勇三は顔をあげると、無言のまま席を立った。
「どこ行くんだ。もうじき授業始まるぞ?」輝彦が声をかける。
「便所。ふたりとも、今日もありがとな。授業にもだいぶ追いつけたと思う」
去り際に手を振って教室を後にすると、勇三は廊下を早足で進んでいった。行き先はトイレなどではない。彼は別館に足を向けると、教室に戻り始めた生徒たちのあいだを縫うように、一目散に駆け出した。
空に長い飛行機雲が伸びていたから明日は雨だとか。トイレの個室での長い戦いの末、その時間より遥かに長い戦利品をひりだしたとか……後者の話をしたときは、食事中だったサエにしこたまひっぱたかれていた。
おおよそ今回の話題も、この場を盛り上げるためのホラ話なのだろう。
「なんだよ、ほんとに見たんだってば」
「どんな幽霊? トイレの花子さん?」なおもぶつくさ言う啓二に広基が訊ねた。こうしたときにフォローしてくれるのはいつだって彼だった。
啓二は首を横に振ると、「たしかに小さな女の子の見た目をしてたけど、あれは違うな。断言できるぜ」
「そもそも花子さんを見たことあるのか?」輝彦が訊く。
「いや、ないよ。でもさっきの幽霊は別館の階段あたりで見たんだ。ほら、屋上に行けるところ。あそこまでちょっと足を伸ばしたんだよ。どうせ教室にいても暇だったし」
「そりゃ悪かったな」勇三が答える。
「どんな幽霊だったの?」
「友香、よしなよ。どうせ福島の嘘だって」鉛筆を放り出して訊ねる親友をサエが諌める。
「本当だってば!」
抗弁した啓二はポケットから取り出した携帯電話のライトを点けると、自分の顔を下から照らした。
「ちょっと薄暗かったけど、間違いない。あれは女の子の幽霊だった。見た目は小学生くらいで髪は肩くらいの長さ。あと白いワンピースを着てた」
「白いワンピースって、典型的だな」と、輝彦。「幽霊なら、やっぱり脚は無かったのか?」
「いや、脚はあったな。ブーツを履いてた。それが踊り場に立ってたんだよ」啓二は言いながら、わずかに身震いした。「それでおれ、幽霊に訊いてみたんだ。『あなたは幽霊ですか?』って」
「変なこと聞くなよ」輝彦は苦笑しながらも、「それで? なにか言ってきたのか、その幽霊?」
「ああ……やべぇよ。おれ、幽霊と話しちゃった」
「ねえ、なんて言ったの?」友香がいよいよ勉強そっちのけで食いついてくる。
啓二は声を落とすと、「こう言ったんだ。『幽霊じゃない。わたしのコードネームは妖精だ』って……」
一堂の場がぽかんとするなか、勇三の手元でシャープペンの芯がへし折れた。
「はい、解散」サエがぽんと手を叩く。
「ええ、市川さん! 信じてくれよ! 本当に見たんだって! そう言ってきたんだって! テル! お前は信じてくれるよな?」啓二が期待を込めた目で振り返る。
「啓二、つくならもう少しマシな嘘つけよ……」輝彦が啓二の希望を叩き壊した。
「広基! 河合さん!」啓二は取りすがるようにふたりに訊ねた。
「うん、面白かったよ。また続きができたら聞かせてね」広基が笑いかける。
「それじゃあ、福島くんが見たのは妖精さんだったんだね」友香の顔からは恐怖が消えていた。
好奇や哀れみの視線を向けらるばかりの啓二が、ついに勇三を見る。
「おまえは信じてくれるよな、勇三? ……って、寝てるの?」
「起きてるよ」
芯を折ったあと机に突っ伏していた勇三は顔をあげると、無言のまま席を立った。
「どこ行くんだ。もうじき授業始まるぞ?」輝彦が声をかける。
「便所。ふたりとも、今日もありがとな。授業にもだいぶ追いつけたと思う」
去り際に手を振って教室を後にすると、勇三は廊下を早足で進んでいった。行き先はトイレなどではない。彼は別館に足を向けると、教室に戻り始めた生徒たちのあいだを縫うように、一目散に駆け出した。
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