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第三章・血斗
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「命中」
空中を停滞するヘリコプターの機体、<特務管轄課>第二局員に所属する室代は、誰にともなくそう呟いた。
覗き込んだスコープからは胸から下を吹き飛ばして死んだ怪物と、その上半身の残骸にのしかかられる哀れな<グレイヴァー>が見えた。
<グレイヴァー>はまだ歳若く、少年とさえ言っていいほどだった。
「さすがですね」インカムを通してパイロットが言う。
「たいしたことありませんよ」言いながらイヤーマフの位置を直すと、プロペラの羽ばたき音が少し和らいだ。
実際にたいしたことではない。
高度三十メートルのここから標的まで、距離は約六〇〇メートル。
もしもこれがただの狙撃銃を使ってやったことなら、褒められてもいいかもしれない。たが、彼女の持つ武器は少々特殊だった。
「<グレイヴァー>のなかには、DMRで一二〇〇の距離から簡単に命中できちゃう人もいるみたいですし、そんな方とくらべたら自分なんて」
「へえ! でもいちおう、そいつもセミオートでしょう?」パイロットが室代の武器をあごでしゃくる。
どうあっても褒めそやしたいパイロットに根負けし、室代は肩をすくめてみせた。その傍らには<特課>で支給される特別な武器が置いてあった。武器、というより、それはむしろ個人用の兵器に近かった。
室代の武器は『鉄処女』の愛称で呼ばれ、大きさと黒塗りで角ばった形状は棺桶そっくりだった。内部には狙撃用武器から小型のミサイルまで、あらゆる兵装が詰め込まれている。にも関わらず、『鉄処女』は羽根のように軽かった。
常に重力に反発しているからだそうなのだが、開発に対する涙ぐましい努力を、少しは支給品のスーツにもまわしてほしいものだ。室代はネクタイとシャツのボタンをはずし、胸元の締めつけをゆるめながらそう思った。
「どれぐらい貰えるんですかね……」
「なんですって?」パイロットが訊き返す。
「あのレギオンを倒したときの報酬ですよ。等級から言って、結構まとまった金が貰えるんじゃありませんでしたっけ?」
「我々は対象外です」
「やれやれ、公務員は厳しいですね」
「お国のために身を尽くせってやつですよ。どうです、せっかくだし寄っていきますか?」パイロットが丘の上を指ししめす。
「やめときましょう。彼らは仕事を横取りされるのを死ぬほど嫌いますし、わたしたちはほんの通りすがりですから。連絡を入れて本来の仕事に戻りましょう。担当者は誰でしたっけ?」
「高岡上級局員です」
「なるほど……」室代は頷いた。他局ではあるが、彼は<特課>のなかでも割と話の通じるほうだ。「無線、まわしてもらえます? 横槍入れたこと、謝らないと」
パイロットがコンソールを操作すると、すぐに高岡が無線に応じた。
室代は救援要請に対応してレギオンを撃破したこと、現地に一名生存者がいること、あとのことは地上部隊に任せることを伝えた。
「新手の反応もないんで、わたしたちはもう行きますね」
高岡が謝辞を述べているのがまだ聞こえたが、室代は一方的に通信を終えた。
彼がこのあと凄惨な現場と対面することを考えれば、自分になどに気をまわす必要はない。こうした<グレイヴァー>の損害自体は日常茶飯事だが、高岡が今回の犠牲者数に大いに責任を感じるはずだからだ。
レギオンにも室代にも殺されずに済んだ者がひとりいたことが、せめてもの慰めになればいいのだが。
「お待たせしました。現場までお願いします」
室代の言葉で、ヘリは東をさして飛んでいった。
空中を停滞するヘリコプターの機体、<特務管轄課>第二局員に所属する室代は、誰にともなくそう呟いた。
覗き込んだスコープからは胸から下を吹き飛ばして死んだ怪物と、その上半身の残骸にのしかかられる哀れな<グレイヴァー>が見えた。
<グレイヴァー>はまだ歳若く、少年とさえ言っていいほどだった。
「さすがですね」インカムを通してパイロットが言う。
「たいしたことありませんよ」言いながらイヤーマフの位置を直すと、プロペラの羽ばたき音が少し和らいだ。
実際にたいしたことではない。
高度三十メートルのここから標的まで、距離は約六〇〇メートル。
もしもこれがただの狙撃銃を使ってやったことなら、褒められてもいいかもしれない。たが、彼女の持つ武器は少々特殊だった。
「<グレイヴァー>のなかには、DMRで一二〇〇の距離から簡単に命中できちゃう人もいるみたいですし、そんな方とくらべたら自分なんて」
「へえ! でもいちおう、そいつもセミオートでしょう?」パイロットが室代の武器をあごでしゃくる。
どうあっても褒めそやしたいパイロットに根負けし、室代は肩をすくめてみせた。その傍らには<特課>で支給される特別な武器が置いてあった。武器、というより、それはむしろ個人用の兵器に近かった。
室代の武器は『鉄処女』の愛称で呼ばれ、大きさと黒塗りで角ばった形状は棺桶そっくりだった。内部には狙撃用武器から小型のミサイルまで、あらゆる兵装が詰め込まれている。にも関わらず、『鉄処女』は羽根のように軽かった。
常に重力に反発しているからだそうなのだが、開発に対する涙ぐましい努力を、少しは支給品のスーツにもまわしてほしいものだ。室代はネクタイとシャツのボタンをはずし、胸元の締めつけをゆるめながらそう思った。
「どれぐらい貰えるんですかね……」
「なんですって?」パイロットが訊き返す。
「あのレギオンを倒したときの報酬ですよ。等級から言って、結構まとまった金が貰えるんじゃありませんでしたっけ?」
「我々は対象外です」
「やれやれ、公務員は厳しいですね」
「お国のために身を尽くせってやつですよ。どうです、せっかくだし寄っていきますか?」パイロットが丘の上を指ししめす。
「やめときましょう。彼らは仕事を横取りされるのを死ぬほど嫌いますし、わたしたちはほんの通りすがりですから。連絡を入れて本来の仕事に戻りましょう。担当者は誰でしたっけ?」
「高岡上級局員です」
「なるほど……」室代は頷いた。他局ではあるが、彼は<特課>のなかでも割と話の通じるほうだ。「無線、まわしてもらえます? 横槍入れたこと、謝らないと」
パイロットがコンソールを操作すると、すぐに高岡が無線に応じた。
室代は救援要請に対応してレギオンを撃破したこと、現地に一名生存者がいること、あとのことは地上部隊に任せることを伝えた。
「新手の反応もないんで、わたしたちはもう行きますね」
高岡が謝辞を述べているのがまだ聞こえたが、室代は一方的に通信を終えた。
彼がこのあと凄惨な現場と対面することを考えれば、自分になどに気をまわす必要はない。こうした<グレイヴァー>の損害自体は日常茶飯事だが、高岡が今回の犠牲者数に大いに責任を感じるはずだからだ。
レギオンにも室代にも殺されずに済んだ者がひとりいたことが、せめてもの慰めになればいいのだが。
「お待たせしました。現場までお願いします」
室代の言葉で、ヘリは東をさして飛んでいった。
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