9 / 204
第一章・墓標を立てる者
6
しおりを挟む
Ⅲ
「じゃあ、また明日な!」
男子高校生はつねに腹が減るもんだ、そんな勝手な持論を押しつけてきた啓二に付き合い、学校帰りに立ち寄ったお好み焼き屋から出た頃には、日もすっかり暮れていた。
駅前の商店街で友人たちと別れた勇三は、飲み屋の建ち並ぶ帰り道をひとり歩いていた。
電車に乗ろうかとも思ったが、徒歩で帰れない距離でもない。腹ごなしにはちょうどいいだろう。叔母夫婦から離れてひとり暮らしをしてからはたまに自炊もしたが、大抵はこうして外食するか、買ってきた惣菜で済ませていた。
三人の友達にはそれぞれ家族がいる。啓二はお好み焼きを三枚もたいらげたが、きっと家族とも食卓を囲むのだろう。
そう考え、勇三はふと口元を緩めた。両親のいない自分に向けた冷笑ではなく、なんの気遣いもなく接してくれる友人たちに向けた親しみのあらわれだった。
帰りがけに食材の買い出しでもしようか、そんなことを考えていた勇三が不穏な雰囲気を感じ取ったのは、賑やかな街灯の光から切り離された裏路地の奥からだった。
またヤクザの喧嘩か、顔をしかめながらその場を通り過ぎようとする。
最近はこうした連中が増え、このあたりもずいぶん治安が悪くなっている、なるべく関わり合いにならないのが身のためだった。
無視して立ち去ろうとしたにも関わらず、裏路地に視線を注いだのは何故だったのか……はっきりとした理由こそわからない。
だがまるで磁石が引き合うような感覚のもと、勇三はそちらに目を向けていた。
裏路地の手前には殺気だったヤクザたちが数人立っていたが、彼の視線を惹きつけたのはその奥に立つひとりの少女だった。勇三だけではない、強面の連中の誰もが、剥き出しの敵意とともにその少女を凝視していた。
いっぽうの少女のほうも泣いたり怯えたりもせず、堂々とさえ言える態度だった。
「捜したぜ」ヤクザのひとりが少女に言う。その声は凶暴な喜びにいろどられながらも、子供ではなく野獣でも相手にしているような緊張感を帯びている。「おれから盗んだ金を返しな。そうすりゃ半殺しで済ましてやる」
「そのあと外国にでも売り払うつもりだろう? 信用できないな」
この返答に数人のヤクザが聞き取りづらい恫喝を口々に飛ばしたが、少女は依然として涼しい表情をしている。
「お嬢ちゃんよ。それだけわかってるんなら、もう少し聞き分けが良くてもいいんじゃねえか?」
最初に話したヤクザが甘ったるい声で呼びかける。どうやらこの男がリーダー格なのだろう、格好も他の連中とは違ってこざっぱりしたスーツ姿だ。
「いやだと言ったら?」少女が平然と訊き返す。
そのとき、背後から忍び寄っていたヤクザのひとりが、少女を捕まえようと両手を構えていた。
危ない。勇三がそう口を開きかけた直後、少女が視界から消え、一瞬後には相手の下あごに鋭い蹴りを突き刺さしていた。
「気をつけろ! ただのガキじゃねえぞ!」
言うが早いか身構えるヤクザたちだったが、蹴りを食らった男が昏倒するまえに別のヤクザがさらにもうふたり、獣のような素早い身のこなしの少女によって打ちのめされていた。
地を駆け、壁を跳び、空を舞う。そのあざやかな動きに勇三は目を奪われた。
だがダメージが軽かったのか、倒されたうちのひとりがゆらりと立ちあがった。
その正面に、さらに三人を倒した少女が着地する。よみがえった男は少女を背後から羽交い絞めにした。
少女はもがいたが、さすがに大人の力には敵わないらしい。
「じゃあ、また明日な!」
男子高校生はつねに腹が減るもんだ、そんな勝手な持論を押しつけてきた啓二に付き合い、学校帰りに立ち寄ったお好み焼き屋から出た頃には、日もすっかり暮れていた。
駅前の商店街で友人たちと別れた勇三は、飲み屋の建ち並ぶ帰り道をひとり歩いていた。
電車に乗ろうかとも思ったが、徒歩で帰れない距離でもない。腹ごなしにはちょうどいいだろう。叔母夫婦から離れてひとり暮らしをしてからはたまに自炊もしたが、大抵はこうして外食するか、買ってきた惣菜で済ませていた。
三人の友達にはそれぞれ家族がいる。啓二はお好み焼きを三枚もたいらげたが、きっと家族とも食卓を囲むのだろう。
そう考え、勇三はふと口元を緩めた。両親のいない自分に向けた冷笑ではなく、なんの気遣いもなく接してくれる友人たちに向けた親しみのあらわれだった。
帰りがけに食材の買い出しでもしようか、そんなことを考えていた勇三が不穏な雰囲気を感じ取ったのは、賑やかな街灯の光から切り離された裏路地の奥からだった。
またヤクザの喧嘩か、顔をしかめながらその場を通り過ぎようとする。
最近はこうした連中が増え、このあたりもずいぶん治安が悪くなっている、なるべく関わり合いにならないのが身のためだった。
無視して立ち去ろうとしたにも関わらず、裏路地に視線を注いだのは何故だったのか……はっきりとした理由こそわからない。
だがまるで磁石が引き合うような感覚のもと、勇三はそちらに目を向けていた。
裏路地の手前には殺気だったヤクザたちが数人立っていたが、彼の視線を惹きつけたのはその奥に立つひとりの少女だった。勇三だけではない、強面の連中の誰もが、剥き出しの敵意とともにその少女を凝視していた。
いっぽうの少女のほうも泣いたり怯えたりもせず、堂々とさえ言える態度だった。
「捜したぜ」ヤクザのひとりが少女に言う。その声は凶暴な喜びにいろどられながらも、子供ではなく野獣でも相手にしているような緊張感を帯びている。「おれから盗んだ金を返しな。そうすりゃ半殺しで済ましてやる」
「そのあと外国にでも売り払うつもりだろう? 信用できないな」
この返答に数人のヤクザが聞き取りづらい恫喝を口々に飛ばしたが、少女は依然として涼しい表情をしている。
「お嬢ちゃんよ。それだけわかってるんなら、もう少し聞き分けが良くてもいいんじゃねえか?」
最初に話したヤクザが甘ったるい声で呼びかける。どうやらこの男がリーダー格なのだろう、格好も他の連中とは違ってこざっぱりしたスーツ姿だ。
「いやだと言ったら?」少女が平然と訊き返す。
そのとき、背後から忍び寄っていたヤクザのひとりが、少女を捕まえようと両手を構えていた。
危ない。勇三がそう口を開きかけた直後、少女が視界から消え、一瞬後には相手の下あごに鋭い蹴りを突き刺さしていた。
「気をつけろ! ただのガキじゃねえぞ!」
言うが早いか身構えるヤクザたちだったが、蹴りを食らった男が昏倒するまえに別のヤクザがさらにもうふたり、獣のような素早い身のこなしの少女によって打ちのめされていた。
地を駆け、壁を跳び、空を舞う。そのあざやかな動きに勇三は目を奪われた。
だがダメージが軽かったのか、倒されたうちのひとりがゆらりと立ちあがった。
その正面に、さらに三人を倒した少女が着地する。よみがえった男は少女を背後から羽交い絞めにした。
少女はもがいたが、さすがに大人の力には敵わないらしい。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟、その異世界を巡る叙事詩――《第一部完結》
EPIC
SF
日本国の混成1個中隊、そして超常的存在。異世界へ――
とある別の歴史を歩んだ世界。
その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。
第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる――
日本国陸隊の有事官、――〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟。
歪で醜く禍々しい容姿と、常識外れの身体能力、そしてスタンスを持つ、隊員として非常に異質な存在である彼。
そんな隊員である制刻は、陸隊の行う大規模な演習に参加中であったが、その最中に取った一時的な休眠の途中で、不可解な空間へと導かれる。そして、そこで会った作業服と白衣姿の謎の人物からこう告げられた。
「異なる世界から我々の世界に、殴り込みを掛けようとしている奴らがいる。先手を打ちその世界に踏み込み、この企みを潰せ」――と。
そして再び目を覚ました時、制刻は――そして制刻の所属する普通科小隊を始めとする、各職種混成の約一個中隊は。剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する未知の世界へと降り立っていた――。
制刻を始めとする異質な隊員等。
そして問題部隊、〝第54普通科連隊〟を始めとする各部隊。
元居た世界の常識が通用しないその異世界を、それを越える常識外れな存在が、掻き乱し始める。
〇案内と注意
1) このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。
2) 部隊規模(始めは中隊規模)での転移物となります。
3) チャプター3くらいまでは単一事件をいくつか描き、チャプター4くらいから単一事件を混ぜつつ、一つの大筋にだんだん乗っていく流れになっています。
4) 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。ぶっ飛んでます。かなりなんでも有りです。
5) 小説家になろう、カクヨムにてすでに投稿済のものになりますが、そちらより一話当たり分量を多くして話数を減らす整理のし直しを行っています。

最強の職業は付与魔術師かもしれない
カタナヅキ
ファンタジー
現実世界から異世界に召喚された5人の勇者。彼等は同じ高校のクラスメイト同士であり、彼等を召喚したのはバルトロス帝国の3代目の国王だった。彼の話によると現在こちらの世界では魔王軍と呼ばれる組織が世界各地に出現し、数多くの人々に被害を与えている事を伝える。そんな魔王軍に対抗するために帝国に代々伝わる召喚魔法によって異世界から勇者になれる素質を持つ人間を呼びだしたらしいが、たった一人だけ巻き込まれて召喚された人間がいた。
召喚された勇者の中でも小柄であり、他の4人には存在するはずの「女神の加護」と呼ばれる恩恵が存在しなかった。他の勇者に巻き込まれて召喚された「一般人」と判断された彼は魔王軍に対抗できないと見下され、召喚を実行したはずの帝国の人間から追い出される。彼は普通の魔術師ではなく、攻撃魔法は覚えられない「付与魔術師」の職業だったため、この職業の人間は他者を支援するような魔法しか覚えられず、強力な魔法を扱えないため、最初から戦力外と判断されてしまった。
しかし、彼は付与魔術師の本当の力を見抜き、付与魔法を極めて独自の戦闘方法を見出す。後に「聖天魔導士」と名付けられる「霧崎レナ」の物語が始まる――
※今月は毎日10時に投稿します。
レベルが上がらない【無駄骨】スキルのせいで両親に殺されかけたむっつりスケベがスキルを奪って世界を救う話。
玉ねぎサーモン
ファンタジー
絶望スキル× 害悪スキル=限界突破のユニークスキル…!?
成長できない主人公と存在するだけで周りを傷つける美少女が出会ったら、激レアユニークスキルに!
故郷を魔王に滅ぼされたむっつりスケベな主人公。
この世界ではおよそ1000人に1人がスキルを覚醒する。
持てるスキルは人によって決まっており、1つから最大5つまで。
主人公のロックは世界最高5つのスキルを持てるため将来を期待されたが、覚醒したのはハズレスキルばかり。レベルアップ時のステータス上昇値が半減する「成長抑制」を覚えたかと思えば、その次には経験値が一切入らなくなる「無駄骨」…。
期待を裏切ったため育ての親に殺されかける。
その後最高レア度のユニークスキル「スキルスナッチ」スキルを覚醒。
仲間と出会いさらに強力なユニークスキルを手に入れて世界最強へ…!?
美少女たちと冒険する主人公は、仇をとり、故郷を取り戻すことができるのか。
この作品はカクヨム・小説家になろう・Youtubeにも掲載しています。
鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる