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#15 紙一重とドクロいびり

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 カラスマは全力で走る。途中の横断歩道が赤だか青だかも確認せず、轢かれかけながら走る。何がなんでも定時出社しないといけない。ひどいブラック企業だがクビになっては困るのだ。バス停まで残り30メートル。背後からバス独特のエンジン音が響き、大きな影がカラスマに差し掛かる。

「やべっ!」

追い越されてはいけない。カラスマは最後の力を振り絞り、歩幅を広げ死ぬ気で走る。今だけは、カラスマはきっと陸上選手よりも速く走っている。

「間に合えぇぇっ!」

走るバスとの距離を広げ、カラスマは一足先にバス停に到着した。キキーッと両足を揃えて急ブレーキをかける。そこにすぐ追いついてきたバスは、徐々に減速してバス停の前で停止した。

「あぶねぇー…」

そう呟きながら、カラスマはバスの2回に登った。



 社のビルに入り、タイムカードを打刻だこくする。ピッという無機質な音を聞くのが好きだった新人時代もあったが、聞き慣れると何も楽しくないものだ。

「重役出勤だな、ツルツル」

デスクにカバンを置いて一息ついたカラスマに、後ろからチャシチが声をかける。営業成績2位を鼻にかけている彼は、こうやってすぐに人を馬鹿にする。

「始業時刻には間に合ってるだろ」

カラスマは素っ気なく言い返す。

「てめぇみたいな出来損できそこないは俺より早く出社しろっつってんだよ!」

昨日のように言い返して来るカラスマに腹を立てたチャシチは声を荒らげる。

「クロダヌキもてめぇも俺らの言いなりになってりゃいいんだよ!」

言うだけ言った後、チッと舌打ちをして踵を返し、チャシチは自身のデスクに戻っていった。

「…何が気に入らないんだろ?」

“タヌキじゃないのにラクーンたぬきのかいしゃにいること”。この世界ではわかりきっている理由だが、カラスマにとってそれは理解しがたいものである。

「ま、いいか」

カラスマは深く悩むことをやめ、仕事に取り掛かった。
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