7 / 22
-6-『ポジティブ思考』
しおりを挟む
その奇怪な姿は、芳野先生のナイスボディがなければ正視することは難しかった。
ホラーとエロスはよく交じり合うものなのだが、俺にとっては別案件だ。
そっちの方向で目覚めるとちょっと後戻りできないっていうか、レベルが高すぎるっていうか男子高校生にはまだ厳しい。
でもでもでも、努力すればいけるかもしれないし、何事も諦める前に頑張るっていう前向きな姿勢は大事だと思う。
とりあえず、エロい部分を見ておけばコンバインは可能かもしれない。
だってさ、教師と教え子だし、そもそも背徳がエッセンスだから、ホラーが追加のエッセンスとしても乱入しても連コインするっていうか、ニューゲームするっていうか。まだ男女関係をクリアすることを諦めきれないっていうか……。
「エージェント<ゴールデン・グルメ>。邪魔はしないでもらおうか。私は合意の上で現地人と接触しようとしていただけだ」
寸前まであった俺の迷いは打ち切られた。
発せられた声帯は芳野先生のものだったが、明らかに口調が変わっている。
濁っていて、ザラついた声質は無理やり引き出したような胴間声でもある。うーん、やっぱり無理かな。〝男女のファイト〟のためには声は大事だよ。
もう、俺はファイティングポーズ取れないよ。
リングに上がれないよ。
「合意? 眉目秀麗な美人教師の身体をエサにして、男子生徒の脳汁を吸ってるだけでしょ」
「生殖の欲望を失われるが生命活動には支障はない。勉学に集中させるというメリットもある。私は健全な学び舎作りに一役買ってるだけだ」
「健全な学び舎なんていらない。私たちの禁断の不純異性行為を邪魔させはしないから!」
口論が終わると、芳野先生は地を蹴って駆け出してきた。
今回はどちらかというと相手方の理が通っていたかもしれないが、これは芳野先生の意思ではないのだ。
半信半疑ではあったのだが、未知の生命体に乗っ取られていることは間違いない。
相手を威圧するためか、口を大きく開けての突貫スタイル。
速さも短距離走の選手と見紛うくらい俊敏だ。
クーナは宣言したものの、生身の先生を傷つけることがためらわれるのか、迎撃にしては中途半端な構えを取っている。
どうするか――まあ。
「むっ!」
「なんだかわかんないけど」
がしっと走ってきた芳野先生の両腕を抑え込んで動きを止めつつ、喉奥を覗き込んだ。
筒状の生き物にして、触手を繰り出しているイソギンチャクの本体は、喉の奥深くまで根を張ってるようだ。
奥行はわからないが、視認した限りは五百ミリのペットボトルくらいはある。
うん、おもちゃじゃねーな。
「なんだ貴様っ! 本当に人間か?!」
――ほう。
操られているにせよ、腕力はあるようだ。
アームレスリングの学園覇者である俺が、あと一歩で力負けしそうだ。
華奢な芳野先生の体機能はフルに使われているらしい。
しょうがねえ。本気を出すべきか。
「芳野先生は俺たちのアイドル。ナマモノのアクセサリなんていらねえんだよ」
「ぬかせ!」
手を振り落とし、俺の拘束から逃がれる。
芳野先生は一歩後ろに下がったと思いきや、身体を反転させてハイキックを放った。
ひゅおっと物騒な風切り音がした。側頭部を狙った一撃をガードする。
骨がしびれるような重い震動が前腕から首筋にかけて駆け抜ける。
体育会系の男子生徒以上に強い。対処のために俺は拳を固めたが、ためらった。美人教師を殴打するという選択肢を俺は取れない。
女を殴るのがどうかって話じゃない。
――俺の好感度が下がる可能性があるのが、一番の問題だ。
信念とかファミニズムには俺はまったくこれっぽちも興味がないが、いずれ俺と出会う美少女が耳にする俺の噂というものは重要だ。
『うっそぉー、緋村君みたいな超絶イケメンで、バファリンを越えるほどやさしさを持った男の人が、女子に暴力ふるっちゃうなんて信じられない。私、ファンっていうか、完全に愛してたのにぃー』
みたいなことになってしまうことは、絶対に回避せねばならない。
なんとか――なんとかできないものか。
誰にもバレないように。
あざが残らないように、女性を殴る方法はないのだろうか。
「ふぉおお! な、なんだこいつ! 私の宿る生物は格段に強化されているのだぞ!」
「まあ多少は効くけど、元はあんまり運動しない女の腕力だろ」
身体をひねり、踊るような足運びで浴びせてきた豪脚を手で払いのけ、隙を見て投げつけてきたフラスコもキャッチする。
化学教師として、実験器具を粗末に扱うのはよくないな。
「こうなれば仕方ない。食らえ!」
「おおっ!」
イソギンチャクの触手がしゅるっと急速に伸びたかと思えば、俺の手足に巻きついて拘束してきた。
「ふははっ! 私の腕は鋼鉄のワイヤー並みの強度がある。おとなしく……はっ?」
すぱんっ、と小気味のいい音が鳴る。
手刀で触手を斬り落とした。
タコのときと違って、太さも半分くらいだったので楽勝だ。
「俺、空手やってたから」
「鋼鉄並だぞぉおおおおおおお!」
話を盛ってるな。
大したことなかったよ。
精々、ビール瓶くらいの硬さだと思うし。
それでも、イソギンチャクは負けん気を起こしたようで、数で押す戦法に切り替えてきた。
連打は人間の身体も使っているが、口から細く伸びた触手も混じってくる。
ムチみたいな触手によって机が削られ、空中を椅子が宙を舞い、窓や壁に実験用具がぶつかって轟音が響く。
教室が荒れていく。
俺は敵から距離を取りつつ、攻めあぐねていた。
関節技を極めてもいいが、内部のイソギンチャクを撃破しなければ意味がない。
「お兄ちゃん! さぁ、早く私の胸に飛び込んできて!」
芳野先生の攻撃をぱしぱしと受け流していると、俺の背後でクーナが胸元を盛大にはだけていた。
大胆にも制服のボタンを外し、ワイシャツを開放し、桃色のブラジャーと包まれたぷるんと揺れる魅惑の爆乳を放り出す。
羞恥心はあるようで頬がうっすら赤く染まっていた。
「くっそ、またお前の胸に手を突っ込むのかよ」
「いいから早く!」
逡巡していると、廊下からもざわざわと騒がしい人の声が聞こえてきた。
騒音を聞きつけてきたのだ。
理科室の戸口を開けようとするガタガタとした音が俺の焦りを加速させる。
いかん。このままでは。
「ぬぅん!」
「うぼらぁっ」
意を決して踏み込み、芳野先生の口の中に手を突っ込んだ。
ひそんでいるイソギンチャクを握りしめる。ぐにゃりとした不快な触感は、男の子だから我慢した。
気合を入れて力任せに一気に抜き取く。
幸いにして、するりと抜けた。
雑草の根っこみたいなイソギンチャクは、びちびちと手の中で暴れる。
元凶が離れたおかげか、芳野先生がバタンッと床へ崩れ落ちた。
「おらぁっ!」
うっとうしいイソギンチャクをぎゅっと引き締めた。
激しい抵抗の動きは止まり、ふにゃりと息絶える。黄色い体液がぶちゅっと出てるのが気持ち悪い。
雑魚が、とつぶやいて床にポイッと捨てる。
これなら、化け物タコの方が三倍は強かったぜ。
「お兄ちゃん。ねえ、私の胸元に入ったテクノロジー満載の武器を使ってよ……いや、強いのは知ってるけどさ」
いじけた顔のクーナは両肩を落としていた。
俺としても、二度も妹の胸の谷間に手を突っ込むわけにもいかない。
いつもそんなことをしていたら、本当に変態だ。
「クーナ。服を整えなさい。それと、どうやって飛び込んできたんだ。ここは三階だぞ」
「屋上からラペリング(ロープを使った下降術)した」
「馬鹿者。危ないことはよしなさいってお兄ちゃんはいつもいっているだろ」
「でも、私が駆けつけなかったらお兄ちゃんの青い性が奪われてた。私のものなのに」
「俺の貞操は俺のものだぞ」
「私のなの!」
目を斜めに吊り上げてクーナは吠えた。
気迫の中につまった強い執着心を見せられてたじろいだ。
さ、さすがは俺の妹よ――胆力が半端ない。
クーナは俺がドン引きしたのを察知し、胸の前でつんつんと指先を絡ませ、ごまかすように微笑を浮かべた。
「ま、まあ。お兄ちゃんもJGGのメンバーとして目覚めてきたようだから許してあげる」
「いいから、服を着ろよ。人が来る」
「うん……でも、回収しないと……って、あれ」
クーナが移した視線の先。
気付かない内に人影が立っていた。
イソギンチャク型の地球外生命体は、誰かの手に中に収まっている。
「どうしてここに……」
その赤色のタイは上級生の証。
麗しの黒髪と一つにまとめた髪束。
線は細くとも芯を感じる流麗な体躯。
柔らかさの中に凛とした圧を含ませる女生徒。
幼さを残しながらも、見つめられるとどきりとするような鋭い目つきを持つ蒼井先輩が、イソギンチャクを凝視していた。
いつの間に?
どうして?
まさか、俺をストーキングしていた?
三つの疑問が、俺の心を渦巻いた。
先輩は本当は実はとてもシャイで、俺に素直に愛を告げられなかった公算は大きい。
俺はいつだって受け入れる準備はできてるし、手作り弁当を作る際にできちゃったバンソウコウに「あっ」といいながら気付くリアクションの練習はこなしている。
そんな学園青春ドラマを俺が思い描いていると、振り向かないままの先輩は物静かな声音で口火を切った。
「緋村。この生き物だが、私に譲ってもらえないか?」
「でも、先輩……それは地球外生命体らしくて……危険で、得体も知れなくて」
「そうよ! 蒼井先輩、いきなり失礼ですよ。それにそれは私たちの今晩のおかずですよ!」
「止めろクーナ。緋村家の評判を落とすな。先輩、そんなものどうするんですか」
横で荒ぶるクーナを制止しつつ、問う。
蒼井先輩は身体を開き、俺たちの正面に立った。
俺の返答に答えず、落胆に染まりつつある顔。長いまつ毛が悲しみでしおれる。
速やかに俺は親指を立てた。可愛い女の子を悲しませるのはノーだ。
「あ、でも、俺とデートしてくれるなら全然オーケーです!」
「え? ちょ、お兄ちゃん? 何いってんの? 何その交換条件みたいなの。全然、説明されてないし、意味わからないし、失礼だよ」
「わかった……緋村。デートしよう。前々から、お前に興味があった」
「っは? ちょ、え?」
クーナは展開についていけなかったようだが、俺はよくわかってる。
先輩は唇を結んでまるで俺を睨むように熱視線を送ってきている。
そう、これは恋する乙女の瞳。
疑う必要もなく、間違いない。
もしかすれば、俺の肉体を狙っているのかも――俺は純愛路線なのに――ああでも、想定の範囲内だ。
俺は街で歩いてたら、ダビデ像と間違われてもおかしくないタイプの石膏像系美少年。
先輩が血迷ってもおかしくない。
汚ねえイソギンチャクが欲しいのも、俺が直接手に触れたからに決まってる。
精神的にもイケメンでもある俺には、邪悪な下心とかまるっきりないけど、彼女を苦しみから解き放つために受け入れる準備はある。
「お兄ちゃん。自分で自分の両肩を抱きながら切ない目をするポーズ止めた方がいいと思うよ。ナルシストみたいだし」
「自分を愛せないやつが、果たして他人を愛せるのか」
「確かに蒼井先輩は呆れて帰っちゃったね。そりゃあ誰も周りにいなきゃ、誰も愛せないよね」
見回すと、先輩の姿はどこにもなかった。
ふっ、愛はときとして追いかけるものだからな。
ホラーとエロスはよく交じり合うものなのだが、俺にとっては別案件だ。
そっちの方向で目覚めるとちょっと後戻りできないっていうか、レベルが高すぎるっていうか男子高校生にはまだ厳しい。
でもでもでも、努力すればいけるかもしれないし、何事も諦める前に頑張るっていう前向きな姿勢は大事だと思う。
とりあえず、エロい部分を見ておけばコンバインは可能かもしれない。
だってさ、教師と教え子だし、そもそも背徳がエッセンスだから、ホラーが追加のエッセンスとしても乱入しても連コインするっていうか、ニューゲームするっていうか。まだ男女関係をクリアすることを諦めきれないっていうか……。
「エージェント<ゴールデン・グルメ>。邪魔はしないでもらおうか。私は合意の上で現地人と接触しようとしていただけだ」
寸前まであった俺の迷いは打ち切られた。
発せられた声帯は芳野先生のものだったが、明らかに口調が変わっている。
濁っていて、ザラついた声質は無理やり引き出したような胴間声でもある。うーん、やっぱり無理かな。〝男女のファイト〟のためには声は大事だよ。
もう、俺はファイティングポーズ取れないよ。
リングに上がれないよ。
「合意? 眉目秀麗な美人教師の身体をエサにして、男子生徒の脳汁を吸ってるだけでしょ」
「生殖の欲望を失われるが生命活動には支障はない。勉学に集中させるというメリットもある。私は健全な学び舎作りに一役買ってるだけだ」
「健全な学び舎なんていらない。私たちの禁断の不純異性行為を邪魔させはしないから!」
口論が終わると、芳野先生は地を蹴って駆け出してきた。
今回はどちらかというと相手方の理が通っていたかもしれないが、これは芳野先生の意思ではないのだ。
半信半疑ではあったのだが、未知の生命体に乗っ取られていることは間違いない。
相手を威圧するためか、口を大きく開けての突貫スタイル。
速さも短距離走の選手と見紛うくらい俊敏だ。
クーナは宣言したものの、生身の先生を傷つけることがためらわれるのか、迎撃にしては中途半端な構えを取っている。
どうするか――まあ。
「むっ!」
「なんだかわかんないけど」
がしっと走ってきた芳野先生の両腕を抑え込んで動きを止めつつ、喉奥を覗き込んだ。
筒状の生き物にして、触手を繰り出しているイソギンチャクの本体は、喉の奥深くまで根を張ってるようだ。
奥行はわからないが、視認した限りは五百ミリのペットボトルくらいはある。
うん、おもちゃじゃねーな。
「なんだ貴様っ! 本当に人間か?!」
――ほう。
操られているにせよ、腕力はあるようだ。
アームレスリングの学園覇者である俺が、あと一歩で力負けしそうだ。
華奢な芳野先生の体機能はフルに使われているらしい。
しょうがねえ。本気を出すべきか。
「芳野先生は俺たちのアイドル。ナマモノのアクセサリなんていらねえんだよ」
「ぬかせ!」
手を振り落とし、俺の拘束から逃がれる。
芳野先生は一歩後ろに下がったと思いきや、身体を反転させてハイキックを放った。
ひゅおっと物騒な風切り音がした。側頭部を狙った一撃をガードする。
骨がしびれるような重い震動が前腕から首筋にかけて駆け抜ける。
体育会系の男子生徒以上に強い。対処のために俺は拳を固めたが、ためらった。美人教師を殴打するという選択肢を俺は取れない。
女を殴るのがどうかって話じゃない。
――俺の好感度が下がる可能性があるのが、一番の問題だ。
信念とかファミニズムには俺はまったくこれっぽちも興味がないが、いずれ俺と出会う美少女が耳にする俺の噂というものは重要だ。
『うっそぉー、緋村君みたいな超絶イケメンで、バファリンを越えるほどやさしさを持った男の人が、女子に暴力ふるっちゃうなんて信じられない。私、ファンっていうか、完全に愛してたのにぃー』
みたいなことになってしまうことは、絶対に回避せねばならない。
なんとか――なんとかできないものか。
誰にもバレないように。
あざが残らないように、女性を殴る方法はないのだろうか。
「ふぉおお! な、なんだこいつ! 私の宿る生物は格段に強化されているのだぞ!」
「まあ多少は効くけど、元はあんまり運動しない女の腕力だろ」
身体をひねり、踊るような足運びで浴びせてきた豪脚を手で払いのけ、隙を見て投げつけてきたフラスコもキャッチする。
化学教師として、実験器具を粗末に扱うのはよくないな。
「こうなれば仕方ない。食らえ!」
「おおっ!」
イソギンチャクの触手がしゅるっと急速に伸びたかと思えば、俺の手足に巻きついて拘束してきた。
「ふははっ! 私の腕は鋼鉄のワイヤー並みの強度がある。おとなしく……はっ?」
すぱんっ、と小気味のいい音が鳴る。
手刀で触手を斬り落とした。
タコのときと違って、太さも半分くらいだったので楽勝だ。
「俺、空手やってたから」
「鋼鉄並だぞぉおおおおおおお!」
話を盛ってるな。
大したことなかったよ。
精々、ビール瓶くらいの硬さだと思うし。
それでも、イソギンチャクは負けん気を起こしたようで、数で押す戦法に切り替えてきた。
連打は人間の身体も使っているが、口から細く伸びた触手も混じってくる。
ムチみたいな触手によって机が削られ、空中を椅子が宙を舞い、窓や壁に実験用具がぶつかって轟音が響く。
教室が荒れていく。
俺は敵から距離を取りつつ、攻めあぐねていた。
関節技を極めてもいいが、内部のイソギンチャクを撃破しなければ意味がない。
「お兄ちゃん! さぁ、早く私の胸に飛び込んできて!」
芳野先生の攻撃をぱしぱしと受け流していると、俺の背後でクーナが胸元を盛大にはだけていた。
大胆にも制服のボタンを外し、ワイシャツを開放し、桃色のブラジャーと包まれたぷるんと揺れる魅惑の爆乳を放り出す。
羞恥心はあるようで頬がうっすら赤く染まっていた。
「くっそ、またお前の胸に手を突っ込むのかよ」
「いいから早く!」
逡巡していると、廊下からもざわざわと騒がしい人の声が聞こえてきた。
騒音を聞きつけてきたのだ。
理科室の戸口を開けようとするガタガタとした音が俺の焦りを加速させる。
いかん。このままでは。
「ぬぅん!」
「うぼらぁっ」
意を決して踏み込み、芳野先生の口の中に手を突っ込んだ。
ひそんでいるイソギンチャクを握りしめる。ぐにゃりとした不快な触感は、男の子だから我慢した。
気合を入れて力任せに一気に抜き取く。
幸いにして、するりと抜けた。
雑草の根っこみたいなイソギンチャクは、びちびちと手の中で暴れる。
元凶が離れたおかげか、芳野先生がバタンッと床へ崩れ落ちた。
「おらぁっ!」
うっとうしいイソギンチャクをぎゅっと引き締めた。
激しい抵抗の動きは止まり、ふにゃりと息絶える。黄色い体液がぶちゅっと出てるのが気持ち悪い。
雑魚が、とつぶやいて床にポイッと捨てる。
これなら、化け物タコの方が三倍は強かったぜ。
「お兄ちゃん。ねえ、私の胸元に入ったテクノロジー満載の武器を使ってよ……いや、強いのは知ってるけどさ」
いじけた顔のクーナは両肩を落としていた。
俺としても、二度も妹の胸の谷間に手を突っ込むわけにもいかない。
いつもそんなことをしていたら、本当に変態だ。
「クーナ。服を整えなさい。それと、どうやって飛び込んできたんだ。ここは三階だぞ」
「屋上からラペリング(ロープを使った下降術)した」
「馬鹿者。危ないことはよしなさいってお兄ちゃんはいつもいっているだろ」
「でも、私が駆けつけなかったらお兄ちゃんの青い性が奪われてた。私のものなのに」
「俺の貞操は俺のものだぞ」
「私のなの!」
目を斜めに吊り上げてクーナは吠えた。
気迫の中につまった強い執着心を見せられてたじろいだ。
さ、さすがは俺の妹よ――胆力が半端ない。
クーナは俺がドン引きしたのを察知し、胸の前でつんつんと指先を絡ませ、ごまかすように微笑を浮かべた。
「ま、まあ。お兄ちゃんもJGGのメンバーとして目覚めてきたようだから許してあげる」
「いいから、服を着ろよ。人が来る」
「うん……でも、回収しないと……って、あれ」
クーナが移した視線の先。
気付かない内に人影が立っていた。
イソギンチャク型の地球外生命体は、誰かの手に中に収まっている。
「どうしてここに……」
その赤色のタイは上級生の証。
麗しの黒髪と一つにまとめた髪束。
線は細くとも芯を感じる流麗な体躯。
柔らかさの中に凛とした圧を含ませる女生徒。
幼さを残しながらも、見つめられるとどきりとするような鋭い目つきを持つ蒼井先輩が、イソギンチャクを凝視していた。
いつの間に?
どうして?
まさか、俺をストーキングしていた?
三つの疑問が、俺の心を渦巻いた。
先輩は本当は実はとてもシャイで、俺に素直に愛を告げられなかった公算は大きい。
俺はいつだって受け入れる準備はできてるし、手作り弁当を作る際にできちゃったバンソウコウに「あっ」といいながら気付くリアクションの練習はこなしている。
そんな学園青春ドラマを俺が思い描いていると、振り向かないままの先輩は物静かな声音で口火を切った。
「緋村。この生き物だが、私に譲ってもらえないか?」
「でも、先輩……それは地球外生命体らしくて……危険で、得体も知れなくて」
「そうよ! 蒼井先輩、いきなり失礼ですよ。それにそれは私たちの今晩のおかずですよ!」
「止めろクーナ。緋村家の評判を落とすな。先輩、そんなものどうするんですか」
横で荒ぶるクーナを制止しつつ、問う。
蒼井先輩は身体を開き、俺たちの正面に立った。
俺の返答に答えず、落胆に染まりつつある顔。長いまつ毛が悲しみでしおれる。
速やかに俺は親指を立てた。可愛い女の子を悲しませるのはノーだ。
「あ、でも、俺とデートしてくれるなら全然オーケーです!」
「え? ちょ、お兄ちゃん? 何いってんの? 何その交換条件みたいなの。全然、説明されてないし、意味わからないし、失礼だよ」
「わかった……緋村。デートしよう。前々から、お前に興味があった」
「っは? ちょ、え?」
クーナは展開についていけなかったようだが、俺はよくわかってる。
先輩は唇を結んでまるで俺を睨むように熱視線を送ってきている。
そう、これは恋する乙女の瞳。
疑う必要もなく、間違いない。
もしかすれば、俺の肉体を狙っているのかも――俺は純愛路線なのに――ああでも、想定の範囲内だ。
俺は街で歩いてたら、ダビデ像と間違われてもおかしくないタイプの石膏像系美少年。
先輩が血迷ってもおかしくない。
汚ねえイソギンチャクが欲しいのも、俺が直接手に触れたからに決まってる。
精神的にもイケメンでもある俺には、邪悪な下心とかまるっきりないけど、彼女を苦しみから解き放つために受け入れる準備はある。
「お兄ちゃん。自分で自分の両肩を抱きながら切ない目をするポーズ止めた方がいいと思うよ。ナルシストみたいだし」
「自分を愛せないやつが、果たして他人を愛せるのか」
「確かに蒼井先輩は呆れて帰っちゃったね。そりゃあ誰も周りにいなきゃ、誰も愛せないよね」
見回すと、先輩の姿はどこにもなかった。
ふっ、愛はときとして追いかけるものだからな。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話
水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。
そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。
凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。
「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」
「気にしない気にしない」
「いや、気にするに決まってるだろ」
ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様)
表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。
小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。


プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?
九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。
で、パンツを持っていくのを忘れる。
というのはよくある笑い話。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
斎藤先輩はSらしい
こみあ
青春
恋愛初心者マークの塔子(とうこ)が打算100%で始める、ぴゅあぴゅあ青春ラブコメディー。
友人二人には彼氏がいる。
季節は秋。
このまま行くと私はボッチだ。
そんな危機感に迫られて、打算100%で交際を申し込んだ『冴えない三年生』の斎藤先輩には、塔子の知らない「抜け駆け禁止」の協定があって……
恋愛初心者マークの市川塔子(とうこ)と、図書室の常連『斎藤先輩』の、打算から始まるお付き合いは果たしてどんな恋に進展するのか?
注:舞台は近未来、広域ウィルス感染症が収束したあとのどこかの日本です。
83話で完結しました!
一話が短めなので軽く読めると思います〜
登場人物はこちらにまとめました:
http://komiakomia.bloggeek.jp/archives/26325601.html
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

高校生なのに娘ができちゃった!?
まったりさん
キャラ文芸
不思議な桜が咲く島に住む主人公のもとに、主人公の娘と名乗る妙な女が現われた。その女のせいで主人公の生活はめちゃくちゃ、最初は最悪だったが、段々と主人公の気持ちが変わっていって…!?
そうして、紅葉が桜に変わる頃、物語の幕は閉じる。

冴えない俺と美少女な彼女たちとの関係、複雑につき――― ~助けた小学生の姉たちはどうやらシスコンで、いつの間にかハーレム形成してました~
メディカルト
恋愛
「え……あの小学生のお姉さん……たち?」
俺、九十九恋は特筆して何か言えることもない普通の男子高校生だ。
学校からの帰り道、俺はスーパーの近くで泣く小学生の女の子を見つける。
その女の子は転んでしまったのか、怪我していた様子だったのですぐに応急処置を施したが、実は学校で有名な初風姉妹の末っ子とは知らずに―――。
少女への親切心がきっかけで始まる、コメディ系ハーレムストーリー。
……どうやら彼は鈍感なようです。
――――――――――――――――――――――――――――――
【作者より】
九十九恋の『恋』が、恋愛の『恋』と間違える可能性があるので、彼のことを指すときは『レン』と表記しています。
また、R15は保険です。
毎朝20時投稿!
【3月14日 更新再開 詳細は近況ボードで】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる