金髪巨乳妹の胸の谷間に手を突っ込むことで地球を救う話

七色春日

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-6-『ポジティブ思考』

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 その奇怪な姿は、芳野先生のナイスボディがなければ正視することは難しかった。

 ホラーとエロスはよく交じり合うものなのだが、俺にとっては別案件だ。

 そっちの方向で目覚めるとちょっと後戻りできないっていうか、レベルが高すぎるっていうか男子高校生にはまだ厳しい。

 でもでもでも、努力すればいけるかもしれないし、何事も諦める前に頑張るっていう前向きな姿勢は大事だと思う。

 とりあえず、エロい部分を見ておけばコンバインは可能かもしれない。

 だってさ、教師と教え子だし、そもそも背徳がエッセンスだから、ホラーが追加のエッセンスとしても乱入しても連コインするっていうか、ニューゲームするっていうか。まだ男女関係をクリアすることを諦めきれないっていうか……。

「エージェント<ゴールデン・グルメ>。邪魔はしないでもらおうか。私は合意の上で現地人と接触しようとしていただけだ」

 寸前まであった俺の迷いは打ち切られた。

 発せられた声帯は芳野先生のものだったが、明らかに口調が変わっている。

 濁っていて、ザラついた声質は無理やり引き出したような胴間声でもある。うーん、やっぱり無理かな。〝男女のファイト〟のためには声は大事だよ。

 もう、俺はファイティングポーズ取れないよ。
 リングに上がれないよ。

「合意? 眉目秀麗な美人教師の身体をエサにして、男子生徒の脳汁を吸ってるだけでしょ」

「生殖の欲望を失われるが生命活動には支障はない。勉学に集中させるというメリットもある。私は健全な学び舎作りに一役買ってるだけだ」

「健全な学び舎なんていらない。私たちの禁断の不純異性行為を邪魔させはしないから!」

 口論が終わると、芳野先生は地を蹴って駆け出してきた。

 今回はどちらかというと相手方の理が通っていたかもしれないが、これは芳野先生の意思ではないのだ。

 半信半疑ではあったのだが、未知の生命体に乗っ取られていることは間違いない。
 相手を威圧するためか、口を大きく開けての突貫スタイル。
 速さも短距離走の選手と見紛うくらい俊敏だ。

 クーナは宣言したものの、生身の先生を傷つけることがためらわれるのか、迎撃にしては中途半端な構えを取っている。

 どうするか――まあ。

「むっ!」

「なんだかわかんないけど」

 がしっと走ってきた芳野先生の両腕を抑え込んで動きを止めつつ、喉奥を覗き込んだ。

 筒状の生き物にして、触手を繰り出しているイソギンチャクの本体は、喉の奥深くまで根を張ってるようだ。

 奥行はわからないが、視認した限りは五百ミリのペットボトルくらいはある。

 うん、おもちゃじゃねーな。

「なんだ貴様っ! 本当に人間か?!」

 ――ほう。

 操られているにせよ、腕力はあるようだ。

 アームレスリングの学園覇者である俺が、あと一歩で力負けしそうだ。

 華奢な芳野先生の体機能はフルに使われているらしい。

 しょうがねえ。本気を出すべきか。

「芳野先生は俺たちのアイドル。ナマモノのアクセサリなんていらねえんだよ」

「ぬかせ!」

 手を振り落とし、俺の拘束から逃がれる。

 芳野先生は一歩後ろに下がったと思いきや、身体を反転させてハイキックを放った。

 ひゅおっと物騒な風切り音がした。側頭部を狙った一撃をガードする。

 骨がしびれるような重い震動が前腕から首筋にかけて駆け抜ける。

 体育会系の男子生徒以上に強い。対処のために俺は拳を固めたが、ためらった。美人教師を殴打するという選択肢を俺は取れない。

 女を殴るのがどうかって話じゃない。

 ――俺の好感度が下がる可能性があるのが、一番の問題だ。

 信念とかファミニズムには俺はまったくこれっぽちも興味がないが、いずれ俺と出会う美少女が耳にする俺の噂というものは重要だ。

『うっそぉー、緋村君みたいな超絶イケメンで、バファリンを越えるほどやさしさを持った男の人が、女子に暴力ふるっちゃうなんて信じられない。私、ファンっていうか、完全に愛してたのにぃー』

 みたいなことになってしまうことは、絶対に回避せねばならない。

 なんとか――なんとかできないものか。

 誰にもバレないように。
 あざが残らないように、女性を殴る方法はないのだろうか。

「ふぉおお! な、なんだこいつ! 私の宿る生物は格段に強化されているのだぞ!」

「まあ多少は効くけど、元はあんまり運動しない女の腕力だろ」

 身体をひねり、踊るような足運びで浴びせてきた豪脚を手で払いのけ、隙を見て投げつけてきたフラスコもキャッチする。

 化学教師として、実験器具を粗末に扱うのはよくないな。

「こうなれば仕方ない。食らえ!」

「おおっ!」

 イソギンチャクの触手がしゅるっと急速に伸びたかと思えば、俺の手足に巻きついて拘束してきた。

「ふははっ! 私の腕は鋼鉄のワイヤー並みの強度がある。おとなしく……はっ?」

 すぱんっ、と小気味のいい音が鳴る。

 手刀で触手を斬り落とした。

 タコのときと違って、太さも半分くらいだったので楽勝だ。

「俺、空手やってたから」

「鋼鉄並だぞぉおおおおおおお!」

 話を盛ってるな。
 大したことなかったよ。
 精々、ビール瓶くらいの硬さだと思うし。

 それでも、イソギンチャクは負けん気を起こしたようで、数で押す戦法に切り替えてきた。

 連打は人間の身体も使っているが、口から細く伸びた触手も混じってくる。

 ムチみたいな触手によって机が削られ、空中を椅子が宙を舞い、窓や壁に実験用具がぶつかって轟音が響く。

 教室が荒れていく。
 俺は敵から距離を取りつつ、攻めあぐねていた。
 関節技を極めてもいいが、内部のイソギンチャクを撃破しなければ意味がない。

「お兄ちゃん! さぁ、早く私の胸に飛び込んできて!」

 芳野先生の攻撃をぱしぱしと受け流していると、俺の背後でクーナが胸元を盛大にはだけていた。

 大胆にも制服のボタンを外し、ワイシャツを開放し、桃色のブラジャーと包まれたぷるんと揺れる魅惑の爆乳を放り出す。

 羞恥心はあるようで頬がうっすら赤く染まっていた。

「くっそ、またお前の胸に手を突っ込むのかよ」
「いいから早く!」

 逡巡していると、廊下からもざわざわと騒がしい人の声が聞こえてきた。

 騒音を聞きつけてきたのだ。

 理科室の戸口を開けようとするガタガタとした音が俺の焦りを加速させる。
 いかん。このままでは。

「ぬぅん!」
「うぼらぁっ」

 意を決して踏み込み、芳野先生の口の中に手を突っ込んだ。

 ひそんでいるイソギンチャクを握りしめる。ぐにゃりとした不快な触感は、男の子だから我慢した。

 気合を入れて力任せに一気に抜き取く。

 幸いにして、するりと抜けた。

 雑草の根っこみたいなイソギンチャクは、びちびちと手の中で暴れる。

 元凶が離れたおかげか、芳野先生がバタンッと床へ崩れ落ちた。

「おらぁっ!」

 うっとうしいイソギンチャクをぎゅっと引き締めた。

 激しい抵抗の動きは止まり、ふにゃりと息絶える。黄色い体液がぶちゅっと出てるのが気持ち悪い。

 雑魚が、とつぶやいて床にポイッと捨てる。

 これなら、化け物タコの方が三倍は強かったぜ。

「お兄ちゃん。ねえ、私の胸元に入ったテクノロジー満載の武器を使ってよ……いや、強いのは知ってるけどさ」

 いじけた顔のクーナは両肩を落としていた。

 俺としても、二度も妹の胸の谷間に手を突っ込むわけにもいかない。

 いつもそんなことをしていたら、本当に変態だ。

「クーナ。服を整えなさい。それと、どうやって飛び込んできたんだ。ここは三階だぞ」

「屋上からラペリング(ロープを使った下降術)した」

「馬鹿者。危ないことはよしなさいってお兄ちゃんはいつもいっているだろ」

「でも、私が駆けつけなかったらお兄ちゃんの青い性が奪われてた。私のものなのに」

「俺の貞操は俺のものだぞ」

「私のなの!」

 目を斜めに吊り上げてクーナは吠えた。

 気迫の中につまった強い執着心を見せられてたじろいだ。

 さ、さすがは俺の妹よ――胆力が半端ない。

 クーナは俺がドン引きしたのを察知し、胸の前でつんつんと指先を絡ませ、ごまかすように微笑を浮かべた。

「ま、まあ。お兄ちゃんもJGGのメンバーとして目覚めてきたようだから許してあげる」

「いいから、服を着ろよ。人が来る」

「うん……でも、回収しないと……って、あれ」

 クーナが移した視線の先。
 気付かない内に人影が立っていた。
 イソギンチャク型の地球外生命体は、誰かの手に中に収まっている。

「どうしてここに……」

 その赤色のタイは上級生の証。
 麗しの黒髪と一つにまとめた髪束。
 線は細くとも芯を感じる流麗な体躯。
 柔らかさの中に凛とした圧を含ませる女生徒。

 幼さを残しながらも、見つめられるとどきりとするような鋭い目つきを持つ蒼井先輩が、イソギンチャクを凝視していた。

 いつの間に?
 どうして?
 まさか、俺をストーキングしていた?

 三つの疑問が、俺の心を渦巻いた。

 先輩は本当は実はとてもシャイで、俺に素直に愛を告げられなかった公算は大きい。

 俺はいつだって受け入れる準備はできてるし、手作り弁当を作る際にできちゃったバンソウコウに「あっ」といいながら気付くリアクションの練習はこなしている。

 そんな学園青春ドラマを俺が思い描いていると、振り向かないままの先輩は物静かな声音で口火を切った。

「緋村。この生き物だが、私に譲ってもらえないか?」

「でも、先輩……それは地球外生命体らしくて……危険で、得体も知れなくて」

「そうよ! 蒼井先輩、いきなり失礼ですよ。それにそれは私たちの今晩のおかずですよ!」

「止めろクーナ。緋村家の評判を落とすな。先輩、そんなものどうするんですか」

 横で荒ぶるクーナを制止しつつ、問う。

 蒼井先輩は身体を開き、俺たちの正面に立った。

 俺の返答に答えず、落胆に染まりつつある顔。長いまつ毛が悲しみでしおれる。

 速やかに俺は親指を立てた。可愛い女の子を悲しませるのはノーだ。

「あ、でも、俺とデートしてくれるなら全然オーケーです!」

「え? ちょ、お兄ちゃん? 何いってんの? 何その交換条件みたいなの。全然、説明されてないし、意味わからないし、失礼だよ」

「わかった……緋村。デートしよう。前々から、お前に興味があった」

「っは? ちょ、え?」

 クーナは展開についていけなかったようだが、俺はよくわかってる。

 先輩は唇を結んでまるで俺を睨むように熱視線を送ってきている。

 そう、これは恋する乙女の瞳。

 疑う必要もなく、間違いない。

 もしかすれば、俺の肉体を狙っているのかも――俺は純愛路線なのに――ああでも、想定の範囲内だ。

 俺は街で歩いてたら、ダビデ像と間違われてもおかしくないタイプの石膏像系美少年。

 先輩が血迷ってもおかしくない。

 汚ねえイソギンチャクが欲しいのも、俺が直接手に触れたからに決まってる。

 精神的にもイケメンでもある俺には、邪悪な下心とかまるっきりないけど、彼女を苦しみから解き放つために受け入れる準備はある。

「お兄ちゃん。自分で自分の両肩を抱きながら切ない目をするポーズ止めた方がいいと思うよ。ナルシストみたいだし」

「自分を愛せないやつが、果たして他人を愛せるのか」

「確かに蒼井先輩は呆れて帰っちゃったね。そりゃあ誰も周りにいなきゃ、誰も愛せないよね」

 見回すと、先輩の姿はどこにもなかった。

 ふっ、愛はときとして追いかけるものだからな。
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