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-4-『友情ブレイクショット』
しおりを挟む部活というのは、青春の一ページに貢献する。
生徒たちは将来の夢のため、日々の享楽のため、はたまた単なる暇つぶしのためにクラブに入部する。
うちの学校は規定が緩いせいか、様々な部活があり。
その中でも、部員獲得のために最初の暴挙に出たのが『男子は全員痴漢だから合気道部』だ。
この悪意と偏見に満ちた名称は、高等教育の現場を震撼させかねない危険性を孕んでいたが、教育委員会を手中に収める委員長クソババアが認可してしまった。
一つの前例ができれば当然後追いの二つ目が発生して。
『コスプレできちゃうんだもん演劇部』や『夜のバッドが熱い野球部』等と改名競争が始まった。
ちなみに俺の隣の席に座る堂本君は『爽やか殺人空手部』に所属しており。
ホームルームが終わると同時に起立し、突然、俺の横で正拳を突きを開始した。
「はっ!」「はっ!」「ほわたぁっ!」と最後のかけ声は中国拳法になっていたが、日焼け肌の上を滑ってきらりと光る汗が爽やかだった。
「なあ、鉄次君。よかったら空手部に入らないか? 前から思っていたんだが、君の筋肉はしっとりとしていて柔軟で硬く、まるで棒型鉄筋のように滑らかだ」
俺はスルーして鞄から現国の教科書を取り出した。
こういう手合いには関わってはいけない。
人生をうまく生きるコツの一つだ。
うーん、早く席替えにならないかな。
「ところで、鉄次君。空手とは関係なくて残念な話なのだが、エロ神が配給を止めるらしい」
「は?」
特に残念とは思わなかった俺は、ぐるんっと顔を動かして食いついた。
見事に会話に誘うことに成功して満足したのか、堂本君は嬉しそうな顔で刈り上げた髪をひとなでした。マッシブな肉体に白い歯をキラーンと光らせている。
「なんでもこれからは勉強やボランティアに励むらしい」
「なんだそりゃ……いつからそんな軟弱者になっちまったんだっ!」
俺は握りしめた両拳を振り上げ、ダンッと机を叩いた。
ギリギリと歯軋りしながら席を立ち、エロ神――絵野上君の席に向かった。
案の定。
絵野上君の周りには、人だかりができていた。
クラスではおとなしいタイプの絵野上君は『パソコンバンザイ部』に所属しており、日夜ネットサーフィンでけしからん動画や静止画を収集し、厳選した物を月の始めにクラスの餓えた男子生徒に無料で分け与えてくれる現代神に等しい存在だ。
本当にけしからん。
「頼むっ、考え直してくれよ!」
「お前しかいないんだ!」
クラスメートの悲痛な声は、俺の心情を代弁してくれていた。
たまらずに輪の中に割って入り、自分を抑えた低い声音で質問した。
「絵野上君。君にも色々と事情があると思う。でも、突然すぎる。猫耳っ娘が大好きで、最終的にはなぜか自分で猫耳をつける選択をした君ほどの人がどうして?」
「鉄次君……ボクは目が覚めたんだよ。欲望にかられることの悲しさ、愚かさ、虚しさをね……」
悟ったような口ぶりは、完全に賢者モードに入っていた。
俺はいら立ち、動揺し、歯を噛みしめた。
かつての絵野上君の尋常じゃないほどエロい男だった。
クラスの女子の水着が消えたとき、真っ先に疑われ――しかも、ちゃんと犯人でもあった男であり、「盗ったけど、ボクはちゃんとお金を置いておいた。二万だ。充分だろうが!」と逆ギレしたほどの逸材だ。
そんな益荒男こんな情けない有様になっている。
俺もクラスメートも無念で、仕方なかった。
恐怖と畏敬さえ抱いた男が失墜するのは見ていられず。
俺は無力感に襲われてうつむき、自分の足元を見ることしかできなかった。
「ごめんね鉄次君……ある人のおかげで、ボクの魂は救済されたんだ。そうだ、一番注文がうるさくてほとんどクレーマーだった君には、ボクの宝物をあげるよ」
絵野上君は机の側面にあるフックに引っかけた鞄に手を突っ込み、ごそごそと動かしたかと思えば黒いビニールで包まれた物を差し出してきた。
俺は袋の中身がちらりと見えただけで瞬時にブツを理解できた――艶かしい肢体を晒しながらも獣の耳や尻尾のアクセサリーを身につけた女性が映るパッケージ、幻のアダルトDVD『飛び出せケダモノの森~お隣さんは淫乱メスウサギさん~』だ。あまりにもひどすぎるタイトルで世の中から速攻で消えた一品だった。
「あっ、ありがとう。嬉しいよ」
「うん」
こぼれる友情の涙を指先でぬぐった。
俺は感極まりながら、絵野上君から差しだされた包みを受け取ろうとしたが。
「うん……? 離してくれない?」
「あ、ごめん」
ぐぃっと引っ張るとなぜか彼の手がついてきた。
ぐい。ぐい。ぐい……どうにもこうにも埒が明かない。
力ずくになるが両手で引っ張ったが、取れない。
渡すと宣言したはずの彼も両手になっていて、グググッとお互いの力がせめぎ合った。
「え、絵野上君?」
「はぁーはぁー……は、早く持っていってよ緋村君!」
なぜか息遣いが荒くなっている絵野上君。
真っ青になりながらも血走った目だけは本気だ。
ラリってるかと疑うほど危険な輝きを帯びた瞳はギラギラしている。
「わ、わかってるよ。ちょ、さっさと手を離してくれない?」
「う、うん。わかってるんだけど、てっ、てっ、手がいうことを聞かないんだ……ああ、ど、どうして!」
己の行いが、信じられないといった具合だ。
絵野上君は苦悶しているけど、しっかりと力だけは入れている。
ふざけている場合じゃない。
俺は一刻も早く、ブツを受け取ってしまいたかった。
もうすぐ一限目の授業をしに現国の教師が来てしまう。
俺たちの国語を、彼は理解できないふりをするに決まっている。
一秒だって、惜しいのだ。
俺の切実な思いとは裏腹に、絵野上君は両足を踏ん張って本格的に抵抗をし始めた。
なんて奴だ。
渡すのがそんなに惜しいのか。
「絵野上君っ! 人にあげるといった物を渡さないほど不人情なのかい!」
「ちっ、違うんだっ! 心は渡したいんだけど不思議と手が拒否するんだっ! ボクは煩悩を捨て綺麗な心になったはずなのにっ! より高位な次元に昇華した気高きエンジェルのボクがどうして!」
意味不明なことを叫びながらも、絵野上君はその細腕に似合わない剛力を発揮していた。
仕方なく、俺は片手を離した。
もちろん、諦めたわけではない。
拳をギュウギュウに硬くし、絵野上君の懐に一歩踏み込み、肋骨辺りに寸勁を放つためだ。
「ぐぼらぁっ!」
ほぼ零距離からの強打によって、絵野上君の足元は浮いた。
確実に骨を粉砕した手応えが拳に伝わってくる。
ごめんね、絵野上君。
でも、君が抵抗したからいけないんだよ。
俺は一瞬の筋肉の緩みを衝き、包みを抜き取った。
彼は崩れ落ち、頭から机に激突した。
ガコンッと派手な音がしたけれど、ちゃんと周囲に見えないように隠れて打ち込んだので、俺の評判には傷がつかないはずだ。
「ありがとう絵野上君」
「げぼっ……うごぉあ」
口泡を噴いた絵野上君はゲロを撒き散らかし、机に突っ伏してそのまま失神した。
俺は踵を返して意気揚々と窓際の席に戻り、ブツを鞄にしまいこんで着席する。
横に座る堂本君が「寸勁なんて初めて見たよ」と小声でつぶやいたが俺は聞こえないふりをした。
購買は校舎の北西に位置する通用口を渡った先にある。
三角屋根の下を歩きつつ、昼飯のために購入したパンをぽんぽーんと中空に浮かべてお手玉をしていた俺は中庭をこそこそと横切っていく二つの人影に偶然、気付いた。
校内だというのに手を繋いだ女教師と男子生徒だ。
ショートカットにルージュの唇が麗しい女教師は確か化学を担当している芳野先生。
均整の取れた肉体を持った知的な美人で、男子生徒たちの人気者。
何を隠そう俺も熱狂的な信者の一人でもある。
手を引かれているのは初心そうな男子生徒で緊張した面持ちだ。腰が引けているが、戸惑うような顔にはどこか期待感が浮かんでいるのは気のせいか。
あのまま歩いていくとすれば――人気のない校舎の裏山側に向かっていくだおう。
顎に指をあてながら俺はしばらく考えたが、いそいそと懐にパンをしまいこみ、ヤキソバパンを巻物ごとく口に咥え、忍者のように校舎の壁に貼りつきながら追跡を試みる。
「……美人教師とメガネ男子の密会とは、怪しげな臭いがするでござるよ」
まさかとは思う。
まさかとは思うが、ハイスクールという神域でお色気空間を作ろうともくろんでいるのではないか。
馬鹿な。
教師は聖職だ。
芳野先生に限ってそんなことはありえない。
きっと、お説教か何かに決まってる。
彼女は生徒の教育にも熱心だし、授業中でのおしゃべりはご法度。
ふざけた態度は許さないキャラだ。
校内ランキングでは今一番ハイヒールで踏んで欲しいランキング一位にも輝いている。
ちなみに俺もちゃんと一票を投じた。
「ニンニンニン……」
伊賀忍者と化した俺の追跡に気づかない二人は、こそこそとしながらも校舎を壁にした空間にたどりついた。
メガネ君はしきりに周囲を気にしてるのか、せわしなく首を振っている。
何かに警戒した顔。
俺は巧妙に視線をかわし、壁に隠れながら様子を窺う。
「芳野先生……ボク、ボク……」
「いいのよ」
何がイイんだろうか――俺の疑問はすぐに解消された。
あろうことか、芳野先生はメガネ君ににじり寄るとぶちゅっとキスをした。
舌がねぶり回る熱烈な接吻だ。
ぶちちゅううううううううう! と、壮絶な濁音がこちら側まで聞こえてきている。
芳野先生は餓えた狼のごとく、貪るのように口をぴったりつけてメガネ君の後ろ首を手で支え、逃さないようにしている。
強引に唇を奪われたメガネ君は恍惚としていた。
体はぐったりと弛緩し、頬から耳にかけて真っ赤にしている。
身体がびくんびくんと痙攣しているが、そこまで喜びに震えるものなのだろうか。
しかし――これは紛れもなく教師と生徒の熱愛シーンである。
硬直していた俺は驚愕し、次に妬み、次に激しい怒りに燃えた。
すぐさまスマートフォンで二人を撮影し、学園SNSに投稿する。
反応は高速だった。
<緊急集会>の文字を見て俺は目を細め、満足するように頷いた。
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