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-22-『美人でもクレーマーとなると歓迎できない』
しおりを挟む観光ホテル《ロストアイ》は正式にオープン日を迎えた。
エントランスには、開店祝いの花が敷き詰められた。
砲門台を備えた城壁は真新しく、柔らかいクリーム色の塗装が施された。鋼鉄の城門には金縁の看板が立ち、玄関口までの庭園は整然としながらも、明るい色の花が咲き乱れていた。
魔王の牙城して、ふさわしい凶悪な雰囲気は粉々に消え失せ――見事にリゾート地へと激変したが――各地から足を運ぶ訪問客は気にしたりはしなかった。
ぞろぞろと団体で足を運びながらも、誰もがその頂点を見定めるように城を見上げ、ため息をつく。これから宿泊する建築物の中身を期待して目を輝かせ、自分たちが楽しめるのかどうかを知りたがっていた。
「いっ、いらっしゃいませー、
ご予約はございますでしょうか?
ええっと、こっ、こちらの空き部屋でしたらご用意できますが……」
フロントで接客するドライアドの仕事ぶりを眺めながら、壮一はモップ掛けに勤しんでいた。
小型モンスター然としてミニサイズのモップを持っているが、いざというときは問題をカバーするつもりである。
(なんか、予想よりも多いな……珍しい生き物もいるし)
高級ホテル路線で強気な値段設定にした。
しかし、それでも宿泊客は津波のように押し寄せてきた。
予約客は想定していたが、当日客も数多く、来訪する種族もまた人間だけではなく多岐に渡った。
各地に点在する有力魔族はもちろんのこと、亜人族や小人族の姿まである。
<ロストアイ>は元魔軍の巣窟だけあって、対応できるキャパシティはあるが、ロビーやラウンジに至るまで客でごった返し、がやがやと混雑していた。
「はっ、はいー。
宿泊料金は部屋の単位となります。
でも、ベッドの数は決まってます。ええ、シングルとダブルです。
いえ、種族間のサイズで値引きはできなくてー……申し訳ありませんー」
(受付は〝花がある人〟がいいって会議でいったけど、
なんか間違って解釈されたのか、
物理的に花が咲いてる人になったんだよな)
頭上に桃色の花を咲かせるドライアドは、外見上は美人ではある。
稀にシャンデリアを見つめ、口を半開きにしながら光合成していることがネックだが、要領はいい。
両腕を案内の身振りに使いながらも、つる草に万年筆を持たせ、器用に宿帳を記入している。
複数の怪腕を操作する壮一としてはなんとなく、同種を見るような気持ちになった。
「おい。
何をデレデレしてんだ?」
背後から、ドスが突き刺さるような声。
ひゅううっと風鳴りが聞こえてきた。凍てつく風が首筋を流れていく。心臓に寒気が走った。マクラの肌が冷気になぶられ、パリパリに氷結していく。
「はい」
「はい、じゃねえよ。
あーん……? もしかして次の獲物を探してンのかぁ?
いい度胸だよなぁ……?」
現れたのは氷温系少女、シフルだ。
ガンを飛ばしながらのジト目。腰に両手を当て、前屈みになってにらみつけてくる。
壮一としては、誰にデレデレしようが怒られる筋合いはない。
が、若干のうしろめたさはあったのでへりくだった。
「い、いえ、滅相もありません……あっ、そっ、そうそう……!
人員の配置とか大丈夫かな?
人が足りてないところとかある?」
「あん?
そうだなぁ……。
接客の練習したかいもあって、そこそこ順調だが、
客商売に慣れてないせいか、愛想よくはできる奴は限られるな。
そのうち、不満も出てくるだろ。
まあ、人員が足りないところはガイコツ兵を回す。
あいつらを表情筋がないから無愛想でも通じるし、
死んでるから24時間酷使もできる」
「おおっと、ブラック労働はだめだよ。
不満が出そうなら、ひとりひとり、相談に乗っていくよ。
まだまだ仕事は色々あるんだ。
食糧調達班とか、イベント企画とか、設備管理とか、
やってほしいことは山ほどあるよ」
「ふーん……まあ、いいけどさ。
その頼みをきいてやるから、人型形態になれよ」
「シフルちゃん、俺が人間の姿になると無駄にベタベタ触ってくるから……
なんか、セクハラ受けてるみたいな気分になるんだよなぁ……」
「軽いスキンシップじゃないかよー」
シフルは素早く壮一の背後に回った。しゃがみ込み、わしゃわしゃとマクラ生地を揉みほぐす。憮然しながらも壮一は温熱系スキル『保温効果』を発動させた。
気分としては、動く冷凍庫にじゃれつかれているのと変わらない。
「あたしが触ろうとするとさー、
みんなして逃げるから、寂しいんだよ……」
本音がぽろりとこぼれた。
彼女は体質ゆえに苦労を重ねている。
気落ちさせるのは本意ではなかった。少しだけ労力をさけばいいだけの話だ。壮一は目を伏せ、呪文を唱えた。
「……『人魔の術』……っと、これで満足ですか」
「んっ、そうそう……
あたしはその姿の方が断然いいな。
マクラの状態だと、足もとのいい位置にいすぎて、蹴っ飛ばしたくなるしな」
光が弾け、壮一の姿は青年のものに変化した。
途端にうきうきし始めたシフルは壮一の胸板をタッチしては「むふぅーっ」と満足げな吐息をついていた。
手つきはエスカレートし、セクハラのソレへ変化していく。
細指が股間がぎゅうと握ったところで、壮一は制止をかけようとシフルの両肩に手を置いた。無駄だった。色っぽい流し目で挑戦的に見返される。
「ちょっ、待ってくださいよ」
「おいおい。まさか、いやだとは言わないよな」
(やだっ、強引――って、男と女の立場が逆ぅ!)
突っ込みも口にできず、ぐいぐいと勢いに押された壮一は腕をつかまれ、物陰へと連行されていった。目指す先は清掃用具の詰め込まれた倉庫だ。
そのまま二人は密室での情事に及ぶかに思われたが、急にフロントから大声が響きたので、足を止めざるをえなかった。
「いえ、ですから……当ホテルでの戦闘行為は一切禁止されておりまして。
それにアポイントメントのない方がオーナーに会うことはできません」
「挑戦しにきたわけではありません!
わたくしは魔王ネムエルを退治にきたのです。許可など求めませんわッ!
ていうか、オーナーとはなんですか!?
わたくしを馬鹿にしてるんですの!」
困った顔のドライアドは頬をかき、がなり立てる女性客を応対していた。
騎士装束を身にまとった巻き髪の女だ。年齢は二十歳そこそこか。テーブルに握り拳を叩きつけ、激憤していた。
周囲の客たちの視線が、徐々に集まっている。
トラブルは接客業つきものだが、長く放置していい問題ではない。
「シフルちゃん。
俺、いってくるね」
「チッ、なんだよ。
いいところだったのによ」
毒づくシフルの横をすり抜け、壮一はフロントに速足で向かう。
途中で限定スキル『衣装チェンジ』を唱え、服装を平服からタキシードに変化させる。ドライアドが壮一の接近に気付き、助けを求めるように控えめな手振りをした。
「お客さま。
何かお困りのことでもございましたでしょうか?」
鋭く、切り込むように発言した。
ビジネスライクな口調は相手の気勢を削ぐ効果がある。
「むっ……わたくしは異世界勇者として魔王退治に参ったのですわ。
ここが邪悪な万魔殿(パンデモニウム)、魔王城《ロストアイ》なのは明白。
どうしてホテルのふりなどしているかは知りませんが、わたくしには小手先のまやかしなど通じませんわ!」
豊満な胸を反らす騎士装束の女。
恰好は物々しいが、メリハリの利いたわがままボディだ。
しかし、見惚れる余裕はない。
「……さようでございますか。
では、こちらへどうぞ。
その件につきましては私、タチバナが対応させて頂きます」
「望むところですわ」
壮一は手を斜めに向け、女騎士を応接間の方に促した。
一刻も早く、客の目から不愉快な騒動を消すためだ。経営側に過失がなくても、オープン初日からの悪評判は避けたい。
(自分本位で話を聞かなさそうなタイプだし、
客じゃないなら、テキトーにお茶を濁して帰ってもらおう。
あっ、警察とかいないし、やばいときはどうしよ)
接客業の最終手段が空白している。
安全を保障する国家権力に相当するものがない。魔軍の者たちを呼び寄せて強制排除してもいいが、それでは女騎士の望んでいる闘争に持ちこむだけだ。
(物騒なモン持ってるし……俺も身の安全を護る保険がほしいな)
女騎士の腰には、黒塗りの鞘が差さっていた。
西洋式の鎧とはミスマッチだが、刀剣の類だろう。意思の強そうな面構えを見る限り、抜くことにためらいなどなさそうだ。
魔物の生存本能は、相手を〝格上〟だと告げている。
壮一は壁際で腕を組むシフルに目線を送った。
ちょいちょいと手招きする。魔界で指折りの実力者の背中が壁から離れた。薄氷色の目が警戒心を帯びた。
「あなたは存じませんけど、四魔将は知ってますわ。
前哨戦の相手としては、不足なしですわ」
女騎士はどうも、戦いの場所に連れて行かれると思っているようだった。
クレーマーの思考は独りよがりだな、と壮一は冷めた感想を抱いた。
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