Luxlunae

夏日和

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第一章

初節:いつもの朝

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「アアッー!!」
 大声と共に、俺は体を起こした。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 激しい息遣いと脈動する鼓動が耳元で響く。
「はぁ、はぁ――ハッ!?」
 ある事を思い出し、すぐさま額に手を当てた。
 だが、触れたところで、当然その場所に穴みたいなものは空いておらず、指を離して見ても、汗で濡れてる以外は何も付いていなかった。
――辺りを見渡し、部屋を確認する。
 ベッドの左側。狭いリビングの真ん中には、白の机が相変わらずその場所を占拠していた。
 卓上にはベル付きの時計とチャンネルが座っており、その奥には押入れと繋がる襖が見える。
 顔を右へと向ける。部屋の角で窮屈そうに居座るテレビが目に入る。
 その横にある窓からは、眩い朝日が白のカーテンを通り、床に寝ているシャツと皺《しわ》だらけズボンを暖めていた。
 この散らかった部屋……。何度見渡してみても、当然そこには誰もいなかった。
 伸ばした右手にほんのり暖かい壁が触れる。
「……ったく夢かよ……」
 ふとため息をつき、俺は額から流れ落ちる汗を袖で拭った。しっとりと湿る生地に、新たな水気が染み込んでくる。
「あぁ……」
 今度は口を半開きにし、ぼやけた視界で前の壁を見た。
 なんだろか……、やけに体が重たい……。
 リンゴを丸呑みするぐらいの大きな欠伸を上げ、俺はゆっくりとベッドから立ち上がり、天高く片手を伸ばした。
 天井に近付くにつれ、絞り出したような声が口から漏れる。
 その後、首を左右に数回ひねり、未だハッキリとしない曇った頭と滲んだままの視界で、窓の向かい側にある引き戸を開き、洗面所へと向かった。――足が重い……。
 蛇口の前に姿を移すと、鏡に自分の顔が映りだされた。
「あっちゃ……」
 それは酷いものだった。
 髪はボサボサ……。まぁ、それはいつもの事だが……、なんだか妙に疲れている感じがする。まるで重労働をさせられた後のようだ。
「……よしッ!」
 俺は気分をリセットする為に、蛇口の栓を開き、手に降り注いでくる冷水を勢いよく顔にぶつけた。
 このままにして置くと、またあいつがやかましく言ってくるのは確実だからな。
 近くに掛けてあるタオルで顔を拭き、確認の為にもう一度鏡に目をやる。
 映り出された顔は、やはりどこか疲れたような表情をしている。……最早、その気でカバーするしかない。
「うっしッ!」
 心と体に押し掛かっている重苦しい気を打ち払う為、全身に軽く意気込みを掛け、
「はぁ……」
すぐに肩の力を落としては、再び口からこぼれ出すため息と共に鏡の前から離れた。
「――ん?」
 リビングに戻るなり、机の時計が目に入った。
 規則正しく針を駆け巡らせるアナログ式。小気味良い音を鳴らしては、今か今かとその瞬間を待ち望んでいる。
……後一時間ぐらいか。俺はベッドの上に腰を下ろし、時計の横に置いてあるテレビのリモコンを手に取った。
 本当はもう一度寝たい。だが残念な事に、決められた時間に起きれるほど、俺にはそんな自信も器量もない。だから、もし寝てしまったら最後……結末は言わずとも分かっている話だ。
 いつもと変わりなく、俺はリモコンのボタンを押し、テレビを点ける。
 同時に聞こえる人の声、暗闇の画面から映り出されたのは、一人の女性だった。
 凛とした表情で真っ直ぐと背筋を伸ばし、透き通った声と滑らかな弁舌で、手元に置かれてある原稿を慣れた手付きで次々と読み上げている。
 俺は再び時計に目をやり、時間を確認した。――まだ五分程度しか進んでいない。
 突然、腹の虫が鳴いた。その音に思考を遮られ、溜め息を吐きながら俺はベッドに倒れた。しばらく腹部に手を当て無心になるも、虫は鳴き続ける。
 その音に耐えきれず、ベッドから起き上がるなり、食べ物を探しに台所を目指した。
 数歩足を進める、と同時にテレビからある一つの甲高い音が部屋中に鳴り響いた。
「えっ?」
 その音に思わず立ち止まり、そして――。
――――――――――――――――――
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 公園に備え付けられたアーチ型の車止めを過ぎた辺りで俺は一度立ち止まり、両膝で両手を支えた。
 額からはポタポタと汗が滲み出し、地面に奇妙な斑点を付けては、すぐに姿を消していく。
 ま、まさか、ここまで体力が落ちていたとはな……。
 ひとまず肺に一呼吸だけ大きく空気を押し入れた後、右手で額から滴り落ちる汗を拭い、振り返った。
 視界に、先ほど通り過ぎた車止めと、誰もいない公園に一人たたずむ時計が目に入る。
 動く針。それを見た瞬間、俺の心は安堵に浸り、大きなため息が口から溢れ出た。――どうやら、間に合ったようだ。
 家の中で時報を聞いてから、ここに着くまでに数十分は掛かると覚悟を決めていたが……。今俺の目に映っている時計は、まだ数分だけしか足を進めていなかった。さすがに走って来た甲斐があったものだ。
 しかし、それと引き替えに俺は、あまり迎えたくない現実を知る事になる。
――数十メートル。たかが、数十メートル、たったそれだけの距離を走っただけで、肺が大量の酸素を要求してきたのだ。それに釣られたのか、静かに巡回していたはずの血液までもが今や一変し、体中を火照らせている。
 どうしたんだ……? 以前なら、これぐらい走った所で息切れなどしなかったのに……。
――常日頃、運動をしていなかったから?
――それとも、体育の授業をサボっていたから?
――単に、いつもより鞄が重いから?
――歳……いやいや。
 『体力が落ちた原因は何か?』を題目に、過去を振り返るも、当てはまりそうな節が次から次へと浮かび上がってきて、正直キリがない。
 俺は自問自答の論弁会を一時閉会させ、両腕を数回大きく広げては、深呼吸を繰り返し、体を落ち着かせた。
 再び時計に目をやる。
 まだ……、大丈夫だな。今の時間帯なら歩いて向かっても、余裕で間に合う。
 最後に俺は、肺一杯に空気を吸い込み、惜しむようにゆっくりと吐き出した後、足を進めた。
 公園から住宅地を抜け、さらに丘を登った所に目的とする場所がある。
『天渡三枝《あまとみえ》高等学校』
 天渡《あまと》市の中でも、それは二番目に大きな高校だった。
 その知名度で言えば、県内では、一、二を争う程の人気で、毎年数多くの入学希望者が殺到している程だった。
 その理由としては、俺の知る限り二つある。
 まず一つ目は『景色』。
 この高校に入学してくる半分の生徒が、その景色とやらに魅せられ入学届けを出している。
 しかし、この辺りは住宅街に囲まれており、景色と言われても、校舎の窓から見えるものは瓦屋根ばかりと味気はなく、景色だ! と威張れる程のものでもなかった。
 それじゃどこの景色を見て、ここに入ろうと思うのか? その答えは、ある一つの書物に書かれていた。
『天渡分かつ丘陵の獄、迫りし虚空仰げば色発つ高天原』
 ある作家が全国を自由気ままに放浪し、道中、点在する絶景ポイントに立ち寄っては、その場所の風景などを文字で書き記した物だ。
 昔、この辺りの丘から見える景色と言えば、広大な平地に色鮮やかな木々が生え並び、見事な紅葉の絨毯を描いていたそうだ。
 今では家が立ち並び、瓦屋根しか見えないが、一応学校の屋上に上がれば、裏の山にある紅葉や桜がよく見える為、その景色に魅かれる生徒も多い。
 ちなみに、その書物を書いた作家が、全国的にも有名であり、その人の書物に、この場所――今ある天渡三枝高等学校の丘の事が書かれていた為、その存在を知った街がそれを大々的に宣伝目的で広めるようになっていた。
 おかげで、街の中ではその場所が一つの有名場所となり、そこに立つ学校も鼻高々とそれを自慢にしている。
 そして二つ目の理由。それは、この天渡三枝高等学校そのものにある。
 大きさでは県内二位を誇る天渡三枝高、その言葉だけに、それだけ見当たった分の土地を持っている。その見た目はある意味、山の中にある孤城のようなものだ。
 校舎の周りには大型のプールや二階建ての大きな体育館、更には何もないただっ広いだけの運動場など、その土地に置けるだけの施設を敷き詰めていた。
 この十分過ぎる設備や施設のおかげで、部活などの選べる数が多く、その方面からも色々な生徒達が集まるようになっていた。
 ちなみに俺の場合は、最初にその事は聞かず入ったので誰よりも驚いていたが、入学してからも更にある話を聞いて、驚かされる事になる。
 実はこの高校、今、かなりの金欠状態……らしい。
 先輩から聞いた友達の話では、施設や部活などの維持費としての必要経費が底を尽きたらしく、そして今、ありとあらゆる金策に走っているという事だ。
 まるで嘘のような噂話。しかし、それを証明するかの様に、それは様々な現象として俺達の前に現れ、強く実感させられることになる。
 例えば、身近な所で言えば、高校にある食堂での値上がりがそれにあたる。
 俺達が入る前は五十円か百円ぐらい安かったのに、今ではその倍は取っているらしく、売店の横に置かれている自販機では、外のコンビニと比べて三十円は高かったりと、目に見張るものがある。
 あと、学校全体でと言えば、体育祭などの行事関連が影響を受けている。
 特に、修学旅行や研修旅行など、長距離旅行は前年よりも行く場所が大幅に減っているらしく、二、三年生はそれを嘆いていた。が、代わりに文化祭の時は非常に盛り上がるらしく、学校自体もそれには乗り気らしい。
 その理由として、一部の噂ではあるが、各クラスが売店や出し物を教室で行なうため、外からの来客での収益が一気に入るためだと言われている。
 このように、公立校としては十分過ぎる施設や設備、そして魅了などを十二分《じゅうにぶん》に兼ね備えている素敵な高校ではあるのだが、その裏ではかなり悪どい噂も流れている。
 その話は当然、先輩の口から俺たち後輩へと伝えられ、そして保護者の人にまでも噂話として広がっている為、表では言われないものの、陰ではひそかに一部の人から『一夜城』と呼ばれていると聞いたことがある。
 ちなみに、俺の耳に届いた差出人不明の風の便りによると、毎年新入生確保の為に、学校側はいまも設備の拡張や人集めの為の行事などを計画中らしいのだ。――もはや、取り憑かれていると言ってもいい。
 だが、もしこの話が本当の事で、今も計画案が出されているとしても、それが叶うのは、数百年ぐらい先の話だと思う。――現状では不可能に近い話だ。
 しかし、それでも人を集めたがる学校の想いも、なんとなくは分かるような気もする……。
 なぜなら天渡三枝高はあくまでも、県内で二番目に大きい高校でしかない。
 つまり、更に大きい高校がこの市内にもあったのだ、それも近くに。
 高校から向かって数キロ右側、住宅街を抜け、人が混み合う駅前を過ぎた先、それは見えていた。
 まるで街全体――天渡三枝高すらも見下ろすように、山の一部としてその高校はあった。
 全校生徒――約七百人。天渡三枝高よりも大きく、そして圧倒的な土地面積を所持する最大の高校『私立椚高等学校』だ。
 椚《くぬぎ》高は、その土地の広さは山一つ分とも言われており、そのためこの高校には、魅力的な所が多くあった。
 まるでどこかの豪華宮殿のような広い中庭に、学校の一部と化す裏山から舞い落ちる季節。
 敷地内には大型の食堂と寮があり、そして驚くべきは、授業料がなんとタダ。
 さらには、卒業生大学進学率及び就職率が百パーセント! と、完璧の打ち負ける所の見られない、受験生にとってはまさに理想郷のような場所である。
 そんな楽園を、当然受験生達がただ茫然と傍観している訳もなく、毎年数多くの入学希望者が現れる。
 その事に警戒した天渡三枝の校長は、新入生の目を向かせる為に設備の増加で気を惹かそうとしているのだ。
 だが、その夢のような話にも、当然のように怪しい噂もある。
――夜な夜な外出する椚高の学生徒の目撃例。
――学校内に鳴り響く謎の爆発音。
――そして、黒服を身にまとった不気味な男達。
 これこそまるで大げさで嘘のような話ではあるが、これに関しては実際に見た人が何人か居たらしく、その信憑性は高いらしい。
 夢のような表と裏の話。初めてそれを聞いた俺は興味を持ったのだが、しかし、残念な事にこの高校に入って、それを直接確かめた人は誰一人いなかったようだ。
 実は、椚高等学校には一つだけ実証されている噂がある。それは『入試試験に合格した者は誰もいない』。
 椚高等学校は少し変わった所であり、当時、中学生だった俺は高校を決める際、先生からこう言われた事がある。
『この高校は試験を受けても受かりませんよ』
 過去にどんな成績、登校日数であっても、入試試験を受ける事が出来ると言われた椚高。そのせいあってか、入学希望者第一希望の殆どが私立にもかかわらず椚高をあげていた。
 だが、入試試験のハードルが高いのか? 椚高の受験者達のほとんどが合格する事はなく、やむなく第二希望の天渡三枝高に雪崩れ込む現象が恒例となっていた。
 それは昔から繰り返されている事であり、先生達はそれを知っていた為、出来るだけ第一希望を変えるよう事前に伝える様になっていたのだ。 
 なお、授業料や寮で住む際のお金に関しても、全て必要らしく、あくまでも、タダ、というのは誰かが言った噂であり、他の進学や就職に関しても真実ではないらしい。
 それ故に、天渡三枝高校はこれ以上施設を増やさなくても、勝手に生徒の方から集まってくるのわけなのだが……、それでもなお建てようとしているその姿勢から、先輩たちの話ではそれこそ数年後には、『立派な要塞が立つ』とまで言われる所まできていた。
……まあ、本当に要塞ができるなら、それこそ県内一番として注目を浴びれるかもしれないが……。
「ん?」
 ふと耳元に、誰かが騒いでいる声が入ってきた。その声に釣られ顔を上げ見回すと、視界に学校の校門が現れた。
 校内ではカサカサと落葉樹の葉が揺れ動き、俺の横を何十人もの生徒達が挨拶を掛け合いながら、奥へと足を進めていく。
 ……この様子からして、やはり遅刻にはならずに済んだようだ。俺はその流れに乗るように、足を前へと進めた。
「龍麻君、おはよー!」
 玄関に足を踏み入れた時、後ろから名前を呼ばれた。すぐさま立ち止まり振り返ると、遠くから長い黒髪を大きく揺らし、こちらに向かって走ってくる一人の女子生徒がいた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 女子生徒は俺の前に着くや否や膝に手を置き、髪を揺らしながら、何度も深呼吸を繰り返す。
「霧崎? 何をそんなに慌てて……」
「は、ははっ……、いや~ちょっとね!」
 そう言って霧崎は顔を上げ、頬から流れる汗をそのままに、笑顔で親指を立てた。
 この様子……、どうやらこいつも、俺と同じ被害者みたいだな。
 しばらく待っていると、霧崎は胸元に手を当てて、深呼吸を数回繰り返した後、何事もなかったように微笑んできた。
「あれ?」
 しかし、目があった瞬間、その微笑みは消え、今度は不思議そうな表情に切り替わり、俺の目を見つめてきた。
「何だよ? 俺の顔に何か付いているか?」
「い、いやね、龍麻君の顔、ちょっと元気ないかな~って」
「…………」
――するどい。
 これで当てられたのは何度目か、霧崎の『体調当て』が始まったのは、小学生の時からだった。
 ある日の事、俺は風邪にかかり、自宅で安静するようにと告げられ学校を休んだ。
 しかし、当時はまだ小学生。あの頃は、牢獄のような窮屈な部屋にジッとしていられる訳もなく、すぐに飽きては家から飛び出し、夕暮れまで友達と外で走り回っていた。――その中にはもちろん、霧崎の姿もあった。
 しばらく走り回っていると、ふと霧崎が近づいてきて、『やっぱり龍麻君、体悪いでしょ。顔色悪いからすぐに分かったよ。早く帰って寝なきゃダメだよ』と無理矢理、家に帰された事がある。
 それ以来、少しでも体調が悪い時に外へ出ると、ギャーギャーと喧しく言い寄ってくるので、今日、それが嫌だから、冷水をかぶったのだが……やはり、無駄だったようだ。
 俺はこの体調の理由を病気ではないと、霧崎に伝えることにした。
「まぁ、病気とかじゃないんだ。ただ……ちょっと変な夢を見てな」
「変な夢?」
 右手で髪を掻き上げ、霧崎が詳しく聞きたそうな表情で俺を見てきた。
 この表情……、そうこの目。心配そうに見つめてくるこの目が、なんか見ていてこっちも苦しくなるんだよな……どうしても言わなきゃいけない感じがして……。
 靴に履き替えるまでの間、俺はその夢の話をした。
「――あぁ、場所は夜の公園……ほら、俺んちの近くにあるだろ。多分、そこだとは思うんだが……、まぁ、その場所で一人座っていてさ。目の前に誰かがいるんだよ」
「へぇー、誰か……それで?」
「それで、そいつは真っ赤な目をしていて、俺をじっと見ていたんだよ」
「へぇ……その後は?」
「おしまい」
「へぇ?」
 霧崎が唖然としたような表情をする。
「おしまい。この後に目が覚めて、そしてこの有り様」
「そ、そうか……、確かに何だか少し気味が悪いね。ははっ……」
 いつもと同じ笑顔を浮かべる霧崎だが、どこか期待はずれな感じの横顔も見せる。
 確かに霧崎がそう感じるのも仕方ないが、所詮はただ見た夢の話なんだから、当然、オチなど無いときもある。
 だから、そう困ったような顔されても正直俺はどうしろと言うのだろうか……。
 ……だが、今思い返しても、あれは不思議な夢だった。
 大抵は目が覚めると、その内容の殆どを忘れているものが多く、例えそれが印象強く覚えていたとしても、ぼんやりとして実感は無く、徐々に薄れてくものだが、今回ばかりは違っていた。
 霧崎には伝えれないが、俺の中ではあの感覚をしっかりと覚えている。あの瞬間、あの時の雰囲気を……。
――薄暗く息もしない静寂。
――目に焼き付いた奇妙な光。
――腹部に残るあの痛み。
――何かがハマったような大きな音。
――声。
 まるで実際に起きたような感覚、全部が全部、本当に気味が悪い……。
「どうしたの? 大丈夫?」
「――っ!?」
 突然横から聞こえた声に、ふと我に返った。
 声のした方に振り向くと、そこには眉をひそめ、濁りのない黒き瞳で俺の顔を見つめてる霧崎がいた。
――やばい……少し気にし過ぎだな……。
「……あぁ、大丈夫だ。それより、早く教室入らないと遅刻だぞ」
 俺は頭の中にこびり付いている夢を振り払い、靴を履き替えては、急ぎ教室へと向かう生徒達の中へと紛れ込んだ。
 後ろから響く声をそのままにして――。
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