愛するあなたを失いたくないけれど、今のままでは辛すぎる

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一人じゃ進めないからと手を伸ばした

手放したくないと足掻いて知ること

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 どちらがしようと言ったわけではない。
 俺達はティナの部屋の戸口でキスを交わしていた。
 これはティナへの裏切りだと俺の心が罪悪感に騒ぎ立て、しかし俺の頭はダンを手に入れたのだと戦勝をしらじらしい声で唱えていた。

 戦勝報告がしらじらしくしか感じないのは、俺の中ではティナの泣き顔ばかりが大きくなり、そして頭の中で唱えられる戦勝に夢見ていたほどの喜びも湧かないことに気が付いていたからだ。
 愛する男に夢そのもののキスを与えられているというのに、俺は嬉しいはずなのに、どうして身体がこんなにも冷たくなっていくのであろうか。

「ダン、このままキスを続けてさ、君は俺を抱こうというのか?」

 ダンはあからさまにびくりと震えた。

「ダン?」

 ダンは俺から顔を上げたそのまま自分の目元を右手で覆い、何処から見ても落ち込んで進退窮まった姿となって固まった。

「もういいよ。もういいからティナの行ってあげて。いや、君こそ行きたいでしょう?愛する女のもとに走りなさいな。」

 俺に回されているダンの左腕は再び力を取り戻し、俺を再び彼の身体に押し付け、いや、俺はそのまま絨毯の上にダンと一緒に転がることになった。

「俺を押し倒してどうするの?」

「君を抱けるならば、俺は君に捧げる。ティナはまだ若い。俺に縛られることはない。俺はね、君がいない世界こそ考えられないんだよ。」

「ダン。」

「今の俺を作ったのは君だ。そうじゃないかな?」

 ダンの闇夜のような瞳は俺を真っ直ぐに見つめた。
 俺が作った男。
 そうかもしれない。
 俺は彼が知らない上流社会のマナーや抑えるべき教養を教え込み、どんな場だろうと最上の男の振る舞いが出来るように仕立て上げたのだ。
 彼がどんな場所でも輝き人の注目を浴び、出会った誰もが夢の男だと求めるのは、彼が誰の目にも完璧な男性に見えるからだ。
 俺はダンの背中に両腕を回した。

「君はティナと一緒だ。最高の宝石なのに、自分自身に自信が無い。君達は君たち自身が輝けるものを持っているからこそ輝いているって思いもしない。俺は君を磨いたかもしれないが、今の君を作ったのは君自身でしょう?」

「だから、もう独り立ちしろと俺を追い払うのか。」

「君は元々自分の足で立っていた。君に縋ったのは俺の方だ。君に色々と物を与えて教養を教えてあげるという立場を取ったのは、君にしがみ付く方法がそれしか思いつかなかったからだよ。」

「君がしがみ付く?君こそ星みたいな存在だったじゃないか。」

「違うね。俺は貴族でも何でもない、女優の私生児という存在だ。寄宿舎では蔑まれて生きて来たよ。」

 ダンに初めて口にしてみせて、自分がダンに拘り続けていた理由を初めて思い知っていた。
 メイヤーを助けた理由だって。

「ダン?俺は苛め抜かれて蔑まれていた自分の苦しみを、君を使って昇華してきただけかもしれないよ。」

 俺を見つめるダンの瞳は、俺の告白を聞いても輝きを変えなかった。
 それどころか嬉しそうに目尻に笑い皺を寄せた。

「俺が君を助けられた事があるなんて、こんなに誇らしい事はない。」

 俺の唇に再びダンの唇が落ちて来た。
 それは、性的なモノは含まない、家族同士がするマウストゥマウス、だった。
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