55 / 87
決戦の火蓋は落された もう後退は許されない
兄だった男が男の顔を見せた時
しおりを挟む
男の人が服を脱ぐ姿が格好良いと惚れ惚れしたのは、それがダンであり、ダンの振る舞いが軍人そのものだったからであろう。
ダンは私に背を向けたまま起き上がるや、マントを脱ぐみたいにしてパシッと上着を脱いだのだ。
上着を脱ぎ捨てて現れた背中、ピシッとアイロンが掛かった白シャツを着た筋肉質の背中は神々しいと見惚れる程だ。そして彼はそのまま軍人が号令を受けたそのものの動き、方向転換!そのまま着席!といった風にしてソファのはじに座ったのである。
無表情に近い真面目な顔でそんな動きをしたダンは、まるで初めて出会った人のようにも見えた。
でも、怖いなんて思わない。
父の葬式の時のダンとジュリアンを思い出しただけだ。
真っ白の士官学校の詰襟制服姿だった彼らは、真っ黒な服だらけの世界において私には救いの天使そのものに見えた。
実際に救いの天使であっただろう。
兄は自分の母親のマンションの部屋は広すぎると私に笑い、ダンはその兄の言葉を受けて私の返事も聞かずに私に手を差し伸べた。
――居候仲間が欲しいな。俺がジュリアンに虐められそうな時は助けてくれ。
「さあ、君の足の様子を見ようか。その可愛い足で俺やジュリアンを蹴れなくなったら困るだろう?」
ダンは私に手を差し伸べていた。
あの日と同じぐらい、私を信用させる素晴らしい笑顔で。
彼の膝に彼の上着が敷かれていた。
私の足をそこに乗せるために脱いだのね!
この行為は私がお姫さまに感じてしまうものであるが、ダンが私を見つめる顔、その皆のお兄さん的な素晴らしい笑顔に対して反発心だけが湧いてしまった。
私に欲望なんてダンが感じることなどないとわかっているのに、そう、魅力のない自分が一番いけないのだと思っているのに、その憤懣を全部ダンに向けてしまったのだ。
私はダンの手にではなく、ダンの膝にドカンと右足の踵を打ち付けていた。
で、私の踵が固いものに当たった感触に、しまった、と思ったがもう遅い!
「あっ……つ。」
ダンが二つ折りになってしまった事で、性知識の少ない私でも何をしてしまったのか理解するしかない。
「きゃあ!ごめんなさい!だ、大丈夫だった?」
慌てて身を起こして自分が攻撃してしまったところに手を当ててしまったが、足や腕なら当たり前の行為だとしても、私が手を当てたそこは気軽には触ってはいけない場所だ。
私の手の平は固い何かに触れている!
「ご、ごごごごめんなさい。」
すぐに手をそこから引こうとしたのだが、私の手首はダンの手に掴まれていた。
「ダン?」
「……まって、動かない。今君に動かれたら俺達は大変な事になる。」
「た、大変な事って?」
「俺は男なんだ。女性に触られた事でおかしくなっている。俺は君を脅えさせたくない。大体、俺達のこれは契約結婚だっただろ?」
天に舞い上がらせといて地に落とすとは、ダンってなんて残酷な男なの。
でも、私が契約なんて言ったのだ。
どうしてあの日、あなたを愛しているから離れたくないって、私は彼に告白しなかったのだろうか。
「で、でも、あなたは結婚だったら、普通の夫婦関係がしたいって。だ、だから、それは別に。」
私こそ本当の夫婦になりたいのだもの。
それに私はあなたを愛している。
「あの、私は、あなたを……。」
何も言えなくなったのは、ダンが私をじっと見つめていたからだ。
その顔が、いつも私に向けている信頼できる兄、という表情では無かったからだ。
そこには私が向けて欲しいと望んだ男の顔があった。
「ダン?」
「俺は愛し合う相手とじゃ無きゃ嫌なんだ。」
ダンは私に背を向けたまま起き上がるや、マントを脱ぐみたいにしてパシッと上着を脱いだのだ。
上着を脱ぎ捨てて現れた背中、ピシッとアイロンが掛かった白シャツを着た筋肉質の背中は神々しいと見惚れる程だ。そして彼はそのまま軍人が号令を受けたそのものの動き、方向転換!そのまま着席!といった風にしてソファのはじに座ったのである。
無表情に近い真面目な顔でそんな動きをしたダンは、まるで初めて出会った人のようにも見えた。
でも、怖いなんて思わない。
父の葬式の時のダンとジュリアンを思い出しただけだ。
真っ白の士官学校の詰襟制服姿だった彼らは、真っ黒な服だらけの世界において私には救いの天使そのものに見えた。
実際に救いの天使であっただろう。
兄は自分の母親のマンションの部屋は広すぎると私に笑い、ダンはその兄の言葉を受けて私の返事も聞かずに私に手を差し伸べた。
――居候仲間が欲しいな。俺がジュリアンに虐められそうな時は助けてくれ。
「さあ、君の足の様子を見ようか。その可愛い足で俺やジュリアンを蹴れなくなったら困るだろう?」
ダンは私に手を差し伸べていた。
あの日と同じぐらい、私を信用させる素晴らしい笑顔で。
彼の膝に彼の上着が敷かれていた。
私の足をそこに乗せるために脱いだのね!
この行為は私がお姫さまに感じてしまうものであるが、ダンが私を見つめる顔、その皆のお兄さん的な素晴らしい笑顔に対して反発心だけが湧いてしまった。
私に欲望なんてダンが感じることなどないとわかっているのに、そう、魅力のない自分が一番いけないのだと思っているのに、その憤懣を全部ダンに向けてしまったのだ。
私はダンの手にではなく、ダンの膝にドカンと右足の踵を打ち付けていた。
で、私の踵が固いものに当たった感触に、しまった、と思ったがもう遅い!
「あっ……つ。」
ダンが二つ折りになってしまった事で、性知識の少ない私でも何をしてしまったのか理解するしかない。
「きゃあ!ごめんなさい!だ、大丈夫だった?」
慌てて身を起こして自分が攻撃してしまったところに手を当ててしまったが、足や腕なら当たり前の行為だとしても、私が手を当てたそこは気軽には触ってはいけない場所だ。
私の手の平は固い何かに触れている!
「ご、ごごごごめんなさい。」
すぐに手をそこから引こうとしたのだが、私の手首はダンの手に掴まれていた。
「ダン?」
「……まって、動かない。今君に動かれたら俺達は大変な事になる。」
「た、大変な事って?」
「俺は男なんだ。女性に触られた事でおかしくなっている。俺は君を脅えさせたくない。大体、俺達のこれは契約結婚だっただろ?」
天に舞い上がらせといて地に落とすとは、ダンってなんて残酷な男なの。
でも、私が契約なんて言ったのだ。
どうしてあの日、あなたを愛しているから離れたくないって、私は彼に告白しなかったのだろうか。
「で、でも、あなたは結婚だったら、普通の夫婦関係がしたいって。だ、だから、それは別に。」
私こそ本当の夫婦になりたいのだもの。
それに私はあなたを愛している。
「あの、私は、あなたを……。」
何も言えなくなったのは、ダンが私をじっと見つめていたからだ。
その顔が、いつも私に向けている信頼できる兄、という表情では無かったからだ。
そこには私が向けて欲しいと望んだ男の顔があった。
「ダン?」
「俺は愛し合う相手とじゃ無きゃ嫌なんだ。」
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる