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決戦の火蓋は落された もう後退は許されない
ピンヒールという小道具の効果
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ダンには今日の午前休が消えたらしい。
仕事だから仕方が無いけれど、でも、私のこの格好に彼が動揺しているのは間違いないのにと、私は巡り合わせの悪さにがっかりとするしか無かった。
彼に抱きしめられている腕の中で、こんなにも大砲みたいな音で彼の心臓が鼓動しているのがわかるというのに!
「し、仕事だったら仕方が無いわよね。」
ああ語尾が残念風に思いっきり下がっている!
どうしてこんな引き留める様な言葉を言うの!
軍人の理想の奥様を夢見てた私は、送り出す時の素敵な言葉や振る舞いを脳内シュミレーションだってしていたじゃ無いの!
でも、今回はこれで良かったのかもしれない。
ダンは私の言葉を聞くやあの大きくて優しい手で私の顎をそっと支え、なんと、私の右頬にキスをしてくれたのだ。
私はそれだけで天にも昇る気持ちで足元がふわふわになり、膝までガクガクしてしまった。
「ごめん!」
それからダンは私を振りほどくようにして駆け出してしまったが、彼がそんな状態になった私に気が付いているわけなど無い。
だって、振りほどかなきゃいけないぐらいに、私の両手は力強くがっちりとダンの制服を掴んでいたのだもの。
でも、私のふにゃふにゃな状態は状態だ。
私を支えるダンの腕が無くなったどころか、トンっと突き放された衝撃も加わったのならば、骨が消えてしまった今の私は床に転がるだけだった。
「きゃあ!」
「わあ!ごめん!大丈夫か!怪我をしていないのか!」
わお。
玄関の扉の前にいたはずのダンが、これはもう瞬間移動したのではと思うぐらいに、私のもとに戻って来ていた。
戻って来ただけじゃない!
なんと、私は床に座り込んだ彼の膝に抱き上げられている!
「すまない!俺が乱暴をしてしまったばっかりに。足をひねったか?痛いか?ああ、まずはソファに行こう。そこで君の足の様子を調べよう。」
彼は映画の戦士みたいに、私を抱きかかえたまま立ち上がった。
「まああ!」
私は彼の胸に、いや、彼の首にここぞとばかりに両腕を掛けて抱きついた。
なんたる幸せ!
お姫様抱っこ再びよ!
幸せ真っ只中になった私はここで、兄の格言を思い出していた。
――十八歳になった君は狩猟免許を手に入れたも同然でしょう。今後の備えとしてピンヒールと赤い口紅ぐらいは持っていなさい。
そしてジュリアンはそんな台詞を私に言っただけでなく、私をショッピングに連れ出して男殺しのピンヒール(五センチの細いヒールでもリボンみたいな甲ベルトがついているから履きやすいという可愛らしい黒パンプス)と化粧品の数々を買ってくれたのである。
昨夜のメールでは叱咤激励をありがとう、お兄様。
今こそピンヒールを履くべきだって、その通りよ!
ピンヒールのお陰で私は簡単にころりと床に転がり、今はダンにお姫様抱っこをしてもらいながらソファに運んで貰っている!
私はこの素晴らしい展開を受けて心に誓った。
兄がブリオシュが食べたいと言ったら、どんな嵐の日でもブリオシュを買いに行ってあげようと!
「さあ、座って。それで、ええと、君の足の様子を見たいのだけど、ええと。」
私はダンの腕の中からソファに下ろされる事で急に寒々としてしまったが、見上げたダンの真っ赤に染まった顔を見た事で私までなんだか体が熱くなってしまった。
これは、これは、彼だって私を意識しているって証よね!
「え、ええ。ごらんになって。ど、どうぞ、あなた!」
私は取りあえず右足をあげてみた。
ダンの目の前にふくらはぎが行くようにと、膝を胸に引き寄せる様な格好をしただけなのだが、ダンはまるで私に顔を蹴られたかのようにして顔を覆って床に転がってしまった。
「まあ、ちょっと、ダン!どうしたの!」
本当にどうしたの!
ジュリアンだったらわかるかもしれないけれど、ダンをほっぽってメールをするわけにはいかないだろう!
ええと、次はどうしたらいいの!
仕事だから仕方が無いけれど、でも、私のこの格好に彼が動揺しているのは間違いないのにと、私は巡り合わせの悪さにがっかりとするしか無かった。
彼に抱きしめられている腕の中で、こんなにも大砲みたいな音で彼の心臓が鼓動しているのがわかるというのに!
「し、仕事だったら仕方が無いわよね。」
ああ語尾が残念風に思いっきり下がっている!
どうしてこんな引き留める様な言葉を言うの!
軍人の理想の奥様を夢見てた私は、送り出す時の素敵な言葉や振る舞いを脳内シュミレーションだってしていたじゃ無いの!
でも、今回はこれで良かったのかもしれない。
ダンは私の言葉を聞くやあの大きくて優しい手で私の顎をそっと支え、なんと、私の右頬にキスをしてくれたのだ。
私はそれだけで天にも昇る気持ちで足元がふわふわになり、膝までガクガクしてしまった。
「ごめん!」
それからダンは私を振りほどくようにして駆け出してしまったが、彼がそんな状態になった私に気が付いているわけなど無い。
だって、振りほどかなきゃいけないぐらいに、私の両手は力強くがっちりとダンの制服を掴んでいたのだもの。
でも、私のふにゃふにゃな状態は状態だ。
私を支えるダンの腕が無くなったどころか、トンっと突き放された衝撃も加わったのならば、骨が消えてしまった今の私は床に転がるだけだった。
「きゃあ!」
「わあ!ごめん!大丈夫か!怪我をしていないのか!」
わお。
玄関の扉の前にいたはずのダンが、これはもう瞬間移動したのではと思うぐらいに、私のもとに戻って来ていた。
戻って来ただけじゃない!
なんと、私は床に座り込んだ彼の膝に抱き上げられている!
「すまない!俺が乱暴をしてしまったばっかりに。足をひねったか?痛いか?ああ、まずはソファに行こう。そこで君の足の様子を調べよう。」
彼は映画の戦士みたいに、私を抱きかかえたまま立ち上がった。
「まああ!」
私は彼の胸に、いや、彼の首にここぞとばかりに両腕を掛けて抱きついた。
なんたる幸せ!
お姫様抱っこ再びよ!
幸せ真っ只中になった私はここで、兄の格言を思い出していた。
――十八歳になった君は狩猟免許を手に入れたも同然でしょう。今後の備えとしてピンヒールと赤い口紅ぐらいは持っていなさい。
そしてジュリアンはそんな台詞を私に言っただけでなく、私をショッピングに連れ出して男殺しのピンヒール(五センチの細いヒールでもリボンみたいな甲ベルトがついているから履きやすいという可愛らしい黒パンプス)と化粧品の数々を買ってくれたのである。
昨夜のメールでは叱咤激励をありがとう、お兄様。
今こそピンヒールを履くべきだって、その通りよ!
ピンヒールのお陰で私は簡単にころりと床に転がり、今はダンにお姫様抱っこをしてもらいながらソファに運んで貰っている!
私はこの素晴らしい展開を受けて心に誓った。
兄がブリオシュが食べたいと言ったら、どんな嵐の日でもブリオシュを買いに行ってあげようと!
「さあ、座って。それで、ええと、君の足の様子を見たいのだけど、ええと。」
私はダンの腕の中からソファに下ろされる事で急に寒々としてしまったが、見上げたダンの真っ赤に染まった顔を見た事で私までなんだか体が熱くなってしまった。
これは、これは、彼だって私を意識しているって証よね!
「え、ええ。ごらんになって。ど、どうぞ、あなた!」
私は取りあえず右足をあげてみた。
ダンの目の前にふくらはぎが行くようにと、膝を胸に引き寄せる様な格好をしただけなのだが、ダンはまるで私に顔を蹴られたかのようにして顔を覆って床に転がってしまった。
「まあ、ちょっと、ダン!どうしたの!」
本当にどうしたの!
ジュリアンだったらわかるかもしれないけれど、ダンをほっぽってメールをするわけにはいかないだろう!
ええと、次はどうしたらいいの!
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