愛するあなたを失いたくないけれど、今のままでは辛すぎる

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泥まみれでも明日へと進むべき

開放されたのか鎖を付けられたのか

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「俺はちゃんと解放されて外を歩けるんだね。」

「あなたは!当たり前でしょう。俺はあなたの心も体も傷つけることなんかできない男ですよ。」

 真面目顔で言い切ったメイヤーを、俺はあきれ顔で見返すしか出来なかった。
 手錠を嵌めて変態的な行為を強要し、俺の心と肉体を粉々にしたのはこの目の前のメイヤーという男では無かっただろうか。

「さあ、今晩はカーセックスはしませんから、安心して車に乗って下さい。」

 俺はメイヤーに腰を押され、しかし不快感を感じるよりもメイヤーの手の感触にほんの数十分前の行為の快感を思い出して腰がぞわっとした。
 俺は慌てた様に助手席に乗り込み、けれども余裕はまだあるという顔を作って正面を向いた。
 しばし後に運転席にメイヤーが乗り込んできた。

「シートベルトを締めていませんね。」

「些末な仕事は君のモノだからな。」

「ハハハ!俺はあなたのそんな所が好きですよ!」

 メイヤーは身を乗り出して俺にシートベルトを装着させると、俺の首筋をなぞってそのまま俺の唇にキスをした。

「君の性欲は留まることを知らないな。」

「あなたを愛しているからです。俺のする事が嫌なら、あなたが俺に命令をすればいいのですよ。俺は何でも言う事を聞きます。消えろ、という命令以外は。」

 確かに、トイレで俺がイったあと、勿論メイヤーも俺を追いかけるようにして俺を使ってイったが、彼は俺の言うこと全て受け入れた。

 体を洗いたい、一人で。
 どうぞ。

 家に帰りたい。
 お送りします、服は好きなのを着てください。

 そうして案内された彼のウォーキングクローゼットだったが、中にある服は全てハイブランドのものであり、悔しい事に俺から見ても趣味の良いものばかりだったと思い出した。
 俺はその中の柔らかな生地のパンツとトレーナーを引き出したが、彼が差し出した下着が自分が愛用するメーカの新品だったと思い出した事で、嫌な予感が胸に沸いた。
 服にはタグなどついていないが、どれも新品であったと気が付いたからだ。

「服をありがとう。次の出勤日までにはクリーニングに出して返すよ。」

「いいえ。この中の服はどれもあなたの為に俺が買ったものです。あなたが着たらって。あなたが選んで着てくれるならば、これ以上嬉しい事はありません。」

 自宅に帰ったらまずこの服を捨てる事、俺は頭の中にそうメモをした。
 そんな俺の思考を読んだように、メイヤーは若々しい声で大笑いした。
 俺は彼から顔を逸らして窓の外を見る事にし、もともと近所だった事もあり五分もしないで車は俺の部屋があるアパルトメントの地下駐車場に停車された。

「歩けますか?」

「当り前だ。」

 俺は車から飛び出すように降りて、しかし、一歩踏み出した所で崩れ落ちた。
 膝がぐにゃぐにゃになっているかのようなのだ。

「歩けていたのに。」

「俺が腰を支えていましたから。明日はゆっくり過ごしてくださいね。」

「今日だってゆっくり過ごしたかったよ。」

 俺はメイヤーに引き上げられ、まるで恋人が寄りそうにして腰を支えられた。

「部屋まで今度は送らせてください。」

「嫌だと言ったら?」

 メイヤーは俺の右耳に息を吹きかけるようにして囁いた。

「次はあなたを家に帰さない。」

 俺が君の家に二度と行かなければ済む話でしょう、と、俺がこのストーカーに言い切れないのが怖い所だ。
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