愛するあなたを失いたくないけれど、今のままでは辛すぎる

蔵前

文字の大きさ
上 下
43 / 87
落とし穴はどこにでもある

君を助けなければ良かった

しおりを挟む
――成り上がりものの息子だってさ。

――寄宿舎を放校になって公立スクールしか通っていない男だぜ。

――下品な奴と一緒は嫌だよねぇ。

 俺に聞こえた下卑だざわめきは、俺を士官学校時代に戻した。
 それらはダンが受けていた陰口と同じものだったからだ。
 そんなダンが首席で卒業、そして、軍では抱かれたい男として誰もの憧れともいえる存在にもなっているとは皮肉な事だ。

「俺は君を助け無ければ良かったかな。」

 メイヤーは何のことかすぐに分かったようだ。
 そして俺に向けた瞳は俺の副官になったと挨拶に来た、あの日のおどおどとした眼つきと同じだった。

 おどおど?
 違うな。
 俺を覚えていますか?という不安いっぱいの眼つきだ。

 しかしメイヤーは俺によって傷つけられた心を直ぐに隠し、いつものような真面目にしか見えない作りものの表情で俺を見返した。

「あなたが助けてくれなければ、俺の士官学校時代は地獄だったでしょう。」

「そうかな。俺は見てみたくなったんだよ。あの日俺が助けなければ、君はどうやってあの間抜けな二人組をやり込めたんだろうか、ってね。俺の余計な横やりで、せっかくの見世物を台無しにしてしまった気持ちだ。」

 メイヤーは両目を大きく見開き、それから本心からの嬉しそうな表情を浮かべて見せた。
 これは自分が誇らしいと思った人間が浮かべる顔だ。
 俺は何をやっているのか。
 撥ね退けなければいけないダンとメイヤー、そのどちらをも俺にさらにしがみ付けようとさせてしまうなんて。
 ダンはティナの事で俺を完全に頼りにしたようだし、メイヤーは、俺への想いを再燃したような顔をしていやがる。

「で、気持ちの悪いニヤニヤ顔をしているメイヤー君。どうなんだ?教えたくないならね、次はホタテを俺の口に放り込んでくれ。」

「はいはい。どうぞ、ホタテです。ふふ。あなたに買いかぶって頂けて嬉しいですが、俺は無力ですから。俺はあの日にあなたに救って頂けるなら、バケツ一杯のチーズマカロニだって食べていたでしょう。」

「つまらん返答だ!パスタを!」

「はい。ジュリアン様」

「様は止めてくれ。小馬鹿にされているようで嫌だ。」

「あなたは俺には神様ぐらいの存在ですから。」

「君は神様に突っ込むのか!その考えもやめてくれ!反吐が出る。」

「すいません。では、ジュリアン、口を開けてください。」

「え?」

 少佐と呼べと言う意味だったが、メイヤーに勘違いさせたか?

「少佐に突っ込むというのも魅力的ですが、俺の前ではただのジュリアンになってしまうって妄想の方が素敵ですね。」

 俺は彼の返答で、俺がメイヤーを助けていなかったら、確実にメイヤーが一人であの監督官二名を地獄に送っていただろうと確信した。

「君を助けるんじゃなかったよ。」

「そうですね。俺が一人で頑張ったら、その時に俺に惚れて貰えたかもしれないのですものね。」

「だからさ、どんな返しをするつもりだったか言えよ。俺はその返答如何によってお前に惚れてやるかもよ。」

 しかしメイヤーは俺の口にパスタを入れただけで答えなかった。
 ただ、俺の耳に毒を吹き込んだ。

「あなたに愛されなくても、あなたに思い焦がれる事になった一瞬が俺にはとても大事なんです。」

 愛する思いが通じなくて辛くとも、俺はダンに出会えない人生など死んでも決して選ばない事だろう。
 メイヤーはそんな俺と同じ苦しみを抱いているのかと、俺がメイヤーを思いやってしまう毒を彼は俺に囁いたのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

記憶がないなら私は……

しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。  *全4話

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

処理中です...