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落とし穴はどこにでもある
君を助けなければ良かった
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――成り上がりものの息子だってさ。
――寄宿舎を放校になって公立スクールしか通っていない男だぜ。
――下品な奴と一緒は嫌だよねぇ。
俺に聞こえた下卑だざわめきは、俺を士官学校時代に戻した。
それらはダンが受けていた陰口と同じものだったからだ。
そんなダンが首席で卒業、そして、軍では抱かれたい男として誰もの憧れともいえる存在にもなっているとは皮肉な事だ。
「俺は君を助け無ければ良かったかな。」
メイヤーは何のことかすぐに分かったようだ。
そして俺に向けた瞳は俺の副官になったと挨拶に来た、あの日のおどおどとした眼つきと同じだった。
おどおど?
違うな。
俺を覚えていますか?という不安いっぱいの眼つきだ。
しかしメイヤーは俺によって傷つけられた心を直ぐに隠し、いつものような真面目にしか見えない作りものの表情で俺を見返した。
「あなたが助けてくれなければ、俺の士官学校時代は地獄だったでしょう。」
「そうかな。俺は見てみたくなったんだよ。あの日俺が助けなければ、君はどうやってあの間抜けな二人組をやり込めたんだろうか、ってね。俺の余計な横やりで、せっかくの見世物を台無しにしてしまった気持ちだ。」
メイヤーは両目を大きく見開き、それから本心からの嬉しそうな表情を浮かべて見せた。
これは自分が誇らしいと思った人間が浮かべる顔だ。
俺は何をやっているのか。
撥ね退けなければいけないダンとメイヤー、そのどちらをも俺にさらにしがみ付けようとさせてしまうなんて。
ダンはティナの事で俺を完全に頼りにしたようだし、メイヤーは、俺への想いを再燃したような顔をしていやがる。
「で、気持ちの悪いニヤニヤ顔をしているメイヤー君。どうなんだ?教えたくないならね、次はホタテを俺の口に放り込んでくれ。」
「はいはい。どうぞ、ホタテです。ふふ。あなたに買いかぶって頂けて嬉しいですが、俺は無力ですから。俺はあの日にあなたに救って頂けるなら、バケツ一杯のチーズマカロニだって食べていたでしょう。」
「つまらん返答だ!パスタを!」
「はい。ジュリアン様」
「様は止めてくれ。小馬鹿にされているようで嫌だ。」
「あなたは俺には神様ぐらいの存在ですから。」
「君は神様に突っ込むのか!その考えもやめてくれ!反吐が出る。」
「すいません。では、ジュリアン、口を開けてください。」
「え?」
少佐と呼べと言う意味だったが、メイヤーに勘違いさせたか?
「少佐に突っ込むというのも魅力的ですが、俺の前ではただのジュリアンになってしまうって妄想の方が素敵ですね。」
俺は彼の返答で、俺がメイヤーを助けていなかったら、確実にメイヤーが一人であの監督官二名を地獄に送っていただろうと確信した。
「君を助けるんじゃなかったよ。」
「そうですね。俺が一人で頑張ったら、その時に俺に惚れて貰えたかもしれないのですものね。」
「だからさ、どんな返しをするつもりだったか言えよ。俺はその返答如何によってお前に惚れてやるかもよ。」
しかしメイヤーは俺の口にパスタを入れただけで答えなかった。
ただ、俺の耳に毒を吹き込んだ。
「あなたに愛されなくても、あなたに思い焦がれる事になった一瞬が俺にはとても大事なんです。」
愛する思いが通じなくて辛くとも、俺はダンに出会えない人生など死んでも決して選ばない事だろう。
メイヤーはそんな俺と同じ苦しみを抱いているのかと、俺がメイヤーを思いやってしまう毒を彼は俺に囁いたのである。
――寄宿舎を放校になって公立スクールしか通っていない男だぜ。
――下品な奴と一緒は嫌だよねぇ。
俺に聞こえた下卑だざわめきは、俺を士官学校時代に戻した。
それらはダンが受けていた陰口と同じものだったからだ。
そんなダンが首席で卒業、そして、軍では抱かれたい男として誰もの憧れともいえる存在にもなっているとは皮肉な事だ。
「俺は君を助け無ければ良かったかな。」
メイヤーは何のことかすぐに分かったようだ。
そして俺に向けた瞳は俺の副官になったと挨拶に来た、あの日のおどおどとした眼つきと同じだった。
おどおど?
違うな。
俺を覚えていますか?という不安いっぱいの眼つきだ。
しかしメイヤーは俺によって傷つけられた心を直ぐに隠し、いつものような真面目にしか見えない作りものの表情で俺を見返した。
「あなたが助けてくれなければ、俺の士官学校時代は地獄だったでしょう。」
「そうかな。俺は見てみたくなったんだよ。あの日俺が助けなければ、君はどうやってあの間抜けな二人組をやり込めたんだろうか、ってね。俺の余計な横やりで、せっかくの見世物を台無しにしてしまった気持ちだ。」
メイヤーは両目を大きく見開き、それから本心からの嬉しそうな表情を浮かべて見せた。
これは自分が誇らしいと思った人間が浮かべる顔だ。
俺は何をやっているのか。
撥ね退けなければいけないダンとメイヤー、そのどちらをも俺にさらにしがみ付けようとさせてしまうなんて。
ダンはティナの事で俺を完全に頼りにしたようだし、メイヤーは、俺への想いを再燃したような顔をしていやがる。
「で、気持ちの悪いニヤニヤ顔をしているメイヤー君。どうなんだ?教えたくないならね、次はホタテを俺の口に放り込んでくれ。」
「はいはい。どうぞ、ホタテです。ふふ。あなたに買いかぶって頂けて嬉しいですが、俺は無力ですから。俺はあの日にあなたに救って頂けるなら、バケツ一杯のチーズマカロニだって食べていたでしょう。」
「つまらん返答だ!パスタを!」
「はい。ジュリアン様」
「様は止めてくれ。小馬鹿にされているようで嫌だ。」
「あなたは俺には神様ぐらいの存在ですから。」
「君は神様に突っ込むのか!その考えもやめてくれ!反吐が出る。」
「すいません。では、ジュリアン、口を開けてください。」
「え?」
少佐と呼べと言う意味だったが、メイヤーに勘違いさせたか?
「少佐に突っ込むというのも魅力的ですが、俺の前ではただのジュリアンになってしまうって妄想の方が素敵ですね。」
俺は彼の返答で、俺がメイヤーを助けていなかったら、確実にメイヤーが一人であの監督官二名を地獄に送っていただろうと確信した。
「君を助けるんじゃなかったよ。」
「そうですね。俺が一人で頑張ったら、その時に俺に惚れて貰えたかもしれないのですものね。」
「だからさ、どんな返しをするつもりだったか言えよ。俺はその返答如何によってお前に惚れてやるかもよ。」
しかしメイヤーは俺の口にパスタを入れただけで答えなかった。
ただ、俺の耳に毒を吹き込んだ。
「あなたに愛されなくても、あなたに思い焦がれる事になった一瞬が俺にはとても大事なんです。」
愛する思いが通じなくて辛くとも、俺はダンに出会えない人生など死んでも決して選ばない事だろう。
メイヤーはそんな俺と同じ苦しみを抱いているのかと、俺がメイヤーを思いやってしまう毒を彼は俺に囁いたのである。
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