愛するあなたを失いたくないけれど、今のままでは辛すぎる

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取りあえず一歩前進するべき

高級食材店のバカップル

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「駐車場までカートを使われますか?」

「いえ、徒歩で来たもので。」

 スーパーのレジには大量の特売品が並び、私とダンはこれを持って帰るのかと、肩を寄せ合ってがっくりと落ち込んだ。
 私達はデートに出掛けた筈なのに、気が付いたら出来たばかりのスーパーで一か月分ぐらいはあるだろう食材の大量買いをしていたのである。

 本当に料理するのかしら、って品揃えだ。
 ザリガニにブルーシェルクラブの冷凍品。
 ぶった切られた大きな大きな牛の肉片。
 トースターで焼けば焼き立ての味になる、冷凍の半生のシナモンパンやクロワッサンに全粒粉の小型ロールが詰まった無駄に大きな大袋。

 ワインはダンと兄が飲むだろうけれど、ザクロジュースやクランベリージュースは誰の趣味だって話よね、ごめんなさい。
 ダンも次々と目につくものをカートに入れたが、私もダンが押すカートに次々と欲しいものを突っ込んでいたのだ。
 私は自分の考えなさが情けないと顔を両手で覆った。

「すまん。俺がショッピングモールに行こうか、なんて言ったから。君のせいじゃない!」

「いいえ。モールにココスランドなんて首都で人気の高級食材店が入っていたのが悪いのよ。それに、今日が開店日で特売セールなんてしているのだもの。普段買えない高級食材が特売されているのよ!」

「ああ!ごめん!俺の稼ぎが悪いばっかりに!君は高級という言葉に目が眩んでしまったんだね!」

 ここで私は吹き出した。
 ダンも顔を合わせてニヤついた顔をして見せた。

「俺達は何を難しく考えちゃったんだか。買い過ぎた時のいつものことをすればいいんだ。」

「あ、そうよね!いつも行くファミリーミントでいつもやっているものね!」

 ファミリーミントは安いだけでなく痒い所に手が届くってぐらいサービスが良いスーパーだ。
 私達はにっこりと微笑み合い、そして彼は店員に振り返ると、店員が彼にひれ伏すだろう最高の笑顔を店員に向けたのだ。

「全部配送にしてくれ。俺達はこれからデートだ。」

「あの、ウチは配送サービスはしていませんが?」

「え、うそ!」

 私とダンは顔を合わせ、そして、どうしようかと目線だけで語り合った。
 もちろん、同士な私達の意思は一つだ。
 二度とこの店に足を運べないかもしれないが仕方が無い。

「じゃあ、購入を取りやめます。俺達はデート途中ですので荷物なんて持てやしない。」

 私はダンの腕に腕を絡ませ、店員ににっこりと最高の笑顔を作って見せた。

「ごめんなさい。今日はデートだったの。配送してくれないなら諦めるしかないわ。」

「じゃあ、行こうか、君。」

「ええ、あなた。」

 腕を組んだ私達はツンと鼻をあげながら偉そうにレジを離れ、そして、出口の自動ドアを潜ると一気にダッシュして高級食材店から逃げた。
 途中で組んでいた腕を手繋ぎに変え、そのまま私達は出来る限りのスピードで駆け出していた。
 どこに行こう!
 そんなことも考えず、とにかく手を繋いで走っていた。

「ハハハハ、あの店に俺は二度と行けないね!あのワインの品揃えは最高だったのに!ファミリーミントのワインコーナーにもあったメルローだったけどさ。」

「アハハハ。私も二度と行けないわ。ダークチェリーの缶詰を買ってチェリーパイを焼こうと思ったのよ。ファミリーミントでは同じダークチェリー缶を見てもパイを焼こうなんて思わなかったのに!」

 私達は特売と高級食材という言葉に踊らされ、近所のスーパーで買えるがいつもは買わない高い製品を買おうとしていたようだ。

「君は高いお店に行ってはいけない人間だ。安いと買わないくせに高いから買うなんて!」

「もう!あなたこそ!メルローは癖があって嫌いって言っていた癖に!」

 あら、笑っていたダンは笑いを納めて私を真っ直ぐに見つめた。
 笑う事を止めた彼だが、表情が笑っていた時よりも輝いて見えるのはどうしてだろう?

「あの?」

「君は俺を本当によく見ているね。」

 ええ!ほとんどストーカーに近いぐらいにあなたを見ているわ!
 そんなことは口に出せないけれど、ダンは私をそっと引き寄せてくれたから、私は彼に引き寄せられるまま目を瞑って見せた。
 キスをしてもらえると嬉しいなって、そんな望みをかけて。
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